2009年、小さな地球(1)
制作チームに私が加入してから半年が経った。作業も最初は手こずることもあったのだが、だいぶ慣れてきた。私のモンスター制作作業は小さな人形に嘘をつくのだ。素材はちょうど子供の頃に流行っていたキャラクターをかたどった消しゴムのようなものだった。これが結構顔の形や手足、その他詳細にわたって精巧に作られている。デザイナーが起案したモンスターの姿を、私はイメージ画と見比べてそっくりそのままの嘘をついていくのだ。毛皮やうろこの質感、見た目本物の姿を作っていく。
そしてそのよく出来た嘘をミニチュアに適当に置く。すると青木君が数式によって私の作った人形にうその上塗りをする。それによってこの嘘の姿はモンスターとしてミニチュアを駆け巡っていくのだ。ゲーム上のイベントモンスター、つまりボスモンスターのようなタイプには阿部さんが作った物語によって意思を持ち、喋りだすのだ。
現在、予定されているモンスターの二五五種類のうち一〇〇種類ほどの制作が完了した。とくにトラブルもないので進捗状況は至って順調だろう。私はこの作業に加わってから、事務所で抱えている仕事との両立でネクストと事務所、そして得意先を行ったり来たりしていた。事務所を開業して三年。今が一番忙しいときだ。そして私の嘘つきとして充実した毎日を送っている。
チームのメンバーとも打ち解けて、加入した当初は青木さん、神谷さんだったが今では青木君、神谷君と私は呼んでいる。国見さんは阿部ちゃんと呼んでいるが、私は何か照れくさい感じがするので彼女は今でも阿部さんのままだ。その国見さんはミニチュアの制作がとりあえず一段落で特に作業は多くない。だが、よく制作部に来ては私たちの様子を見に来てくれていた。それともうひとつ、神谷君といったネクスト社員と一緒によく打ち合わせや会議に参加していた。そしてその内容を私たちに伝えてくれた。ここ最近は作業というよりその会議の出席が非常に多くなっている。
さて松浪さんはというとトスターの街の制作をしているが、私たちとの作業よりもだいぶ進んでいて作業完了の目途が立っていた。ただやはり街の建設計画書はやはり空き地が多いままだった。私も実際に街に何回かログインしていたが、家々が立ち並ぶ中に空き地がところどころに目立った。それはやはりどうにも不自然な気がした。松浪さんは私たちにあの空き地はあのままでいいのかたびたび話題にした。もちろん国見さんや神谷君にもそのことを聞いていたが、満足のいく回答は得られていないようだ。そんな中で松浪さんはやや疑問を感じながらも作業を黙々とこなしていた。
*
今日も私は制作部に行き、モンスターの制作をする。今回のモンスターのデザイン画をチェックする。それにはレーベタイガーと書かれていた。設定が詳細に書かれていて、デザイン画がさまざまな角度から描かれていた。たてがみを生やし、胴体はトラのような縞模様がついている。そして私はいつもどおりレーベタイガーのゴム製の小さな人形に嘘をつく。このモンスターの人形、同じものに十体嘘をつくのだ。真っ白のゴム人形に色がついて、毛並みの質感を映し出した。ひとつあたり二十分ほどの作業だった。何回も作ったものなら四,五分で嘘をつけるが、初めて作るものだし、人形が小さく細かいのでやや時間がかかる。ここまで細かい嘘はこの仕事で初めてだった。
「青木君、レーベタイガー十体できたよ」
私は青木君に声をかける。
「ありがとうございます。じゃあ、適当にその辺の草原にでも置いてくれますか」
そう言って青木君はパソコンに入力をし始めた。私は彼の言うとおり、人形をミニチュアの草原の部分に置いた。しばらく人形を眺めていると、モンスターたちはあくびをしたり、うろうろと歩き始めた。彼の嘘の上塗りである。そして青木君の数式によってレーベタイガーたちはミニチュアの定められた所定の生息分布地域に移動をし始めた。いつかテレビ番組でみたアフリカのサバンナを走る動物の群れのように見えた。私の視点はヘリから下を撮影しているカメラのようだった。
「いつ見ても面白いですね。赤羽さんの嘘は」
いつの間にか私の隣に立っていた阿部さんが言った。私もいつもそう思ってみていた。リアルな体験が出来るRPGがウリのこのゲームの完成が少しずつだが私は楽しみになってきた。
そんなとき、国見さんが制作部に入ってきた。
「画伯、来ているかな?」
どうやら松浪さんに用があるらしい。松浪さんはちょうど作業を終えてミニチュアから戻ってきたところだった。
「松浪さん、作業終わったところで悪いけど、ちょっと上に来てくれるかな?」
珍しく十五階のネクスト本社に用件があるようだった。ネクスト本社は私たちのチームでは国見さんしかほとんど用がないのだ。国見さん以外のメンバーがときどきデザイナーさんと打ち合わせする他は行くことがなかった。
「ええ、行きます」
松浪さんは少し驚いた様子でいったが、自分のバッグから手帳とペンを取り出し国見さんと一緒に制作部から退出した。やはり街の空き地のことだろうか。あそこには何か建つのだろうと私は思っていた。トスター街には民家や教会といったゲームの世界観を演出する建物が建っている。しかしRPGでは定番の武器屋や防具屋といったショップが無かった。これらのアイテムの制作が何も進展していないのである。まだデザインはもちろん、大雑把な概要さえ知らされていない現状である。松浪さんの作業はだいぶ完了してから武器、防具のデザイン、そしてショップのデザインを担当するのだろう。おそらくそのような話なのだろうと私は予想した。
「赤羽さん、阿部さん。今、空いていますか?」
青木君が聞いてきた。
「うん、大丈夫だよ」
「はい、大丈夫です」
私と阿部さんは答えた。
「少しお手伝いをお願いしたいのですよ」
青木君はウムラウトを指差した。話はあっちの世界でということだ。私も阿部さんもログインの準備をする。青木君は細長い箱を持っている。
「それなんですか?」
阿部さんが笑顔で興味ありげに青木君に聞いた。
「武器が出来たんだ。今日午前中に出来上がったんだよ」
青木君はどうだ、すごいだろという表情で答えた。
*
私たちはあの丸太小屋の前に転送された。青木君は箱から剣を取り出した。
「刃を触ってみてください」
私と阿部さんで刃を触ってみてみる。プラスチックで出来ているようだった。剣の柄の部分にガラス球のようなものが埋め込まれている。
「見た目は本物でしょう。今日松浪さんと僕とで作ってみたのですよ」
「へえ、すごいですね」
阿部さんは驚いて言った。
「振りまわすと危ないから、三十センチに抑えましたけどね。剣というか短剣といってもいいかな。まだこれ試作段階ですけど、いろいろとその上塗りしているのです」
青木さんはそう言った。いつの間にか武器の制作も始まっていたらしい。彼は次に箱からもう一本、取り出した。それは杖だった。やはり先端に剣と同じようなガラス球がついている。
「これが魔法の杖。仮名ですが。これを持つと魔法を使えます」
「おお、すごいですね!私、魔法少女に憧れていたんですよ!」
阿部さんが興奮し始めてきた。
「じゃあ、阿部さんが魔法使い、赤羽さんは戦士の役でお願いします。実際に戦ってみましょう」
青木さんはこの武器のテストをしたいようだ。阿部さんは楽しみで仕方が無いという感じだ。もちろん私も実際に戦闘がどのように行われるのか楽しみだった。
「じゃあ、この付近に生息しているエビルラビットと戦ってみましょうか」
青木さんの誘導で私たちは近くの草原を歩いてみることにした。
草原をしばらく歩いてみると、遠くの草むらの影で何か走っているのが見えた。エビルラビットだろう。三匹いるようだ。
「あ、あれエビルラビットですよ」
阿部さんが詳しく話す。よっぽどこの仕事が好きなのだろう。楽しそうに自分の作った詳細な設定を教えてくれた。自分のやってきた仕事をよく覚えている。
「でもあんなに可愛いのに剣で斬りつけるなんてかわいそう」
彼女がそう話す。私も多少それが気にはなっていた。プレイヤーはリアルな体験ができるRPGで作り物とはいえ、剣で斬りかかるとかそう言うことは出来るのだろうかと思った。
「大丈夫です。赤羽さん、そこからエビルラビットに向かって剣を振り下ろしてみてください」
「ここから?」
「そうです」
青木君がそう言うので私は言われたとおりに剣を振り下ろしてみる。すると剣の刃から光の衝撃波といえばいいのだろうか、マンガで見たような三日月形の光の衝撃波のようなものが発射された。その衝撃波はエビルラビットから大きく外れ、やがて消えて見えなくなった。
「外れちゃいましたね。もう少し近寄ってみましょう。まだモンスターはこっちに気付いていませんから」
私たちはもうちょっと近寄ってみて、さっきと同じように振りかざした。衝撃波はまっすぐエビルラビット向かって飛んでいって命中した。その瞬間エビルラビットはその紫の体が赤く発光した。特に衝撃波が当たって苦しそうには見えない。
「あれがモンスターにダメージを与えたという合図です」
「なるほど、これなら残酷ではないね」
青木君に話しかけていると私に向かって何か赤い光の玉が飛んできた。
「赤羽さん、攻撃されていますよ!」
エビルモンスターの三匹が私に向かって火の玉を吐いている。もちろん嘘だから熱くはない。火の玉は私に当たると弾けたように消える。怖くは無かったが、私は戸惑ってしまった。阿部さんは少しおどおどして私の方を見ている。
「赤羽さん、ゲームオーバーです。ブレスレット見てください」
青木君にそう言われてブレスレットを見ると緑のランプが赤に変わっている。
「ブレスレットの色が緑なら正常、それが危険になればなるほど黄色、オレンジと変わっていって最後赤になればゲーム上の死亡です。あっという間にゲームオーバーになっちゃいましたからゲーム難度を調整しましょう」
「攻撃されちゃうと、どうしたらいいか戸惑っちゃうね」
私は青木君に言った。
「防御は剣を盾にしてください。それで攻撃を防げます。」
「それじゃあ防具の方の盾とかは?」
次は阿部さんが青木君に聞く。
「ああ、今回防具は結局作らないらしいですよ。そう言う風に決まったらしいです。」
青木君はちょっとがっかりした感じで答えた。
「そうなんですか。楽しみにしていたのに」
阿部さんも残念そうに言った。
「盾とか装備すると荷物が多くなるでしょう?ですから省いたわけです。まあ、この世界を渡り歩くには荷物多くてしんどいとかなると、プレイヤー面倒くさがって遊べなくなりますからね」
青木君はそう言った。なるほどそうかもしれない。いつでも気軽に自宅からログインして遊べるゲームにするには荷物が多いのは難点なのだろう。
「それじゃあ、冒険に必要なキーアイテムはどうなったの?」
私は荷物が多くなるのは困るということから、キーアイテムも廃止されるのかと思った。
「キーアイテムはさすがにね。排除するとRPGらしくないですからね。ただしカギとかポケットに入るような小さなものです。何とかの壷とか重たいものはありません。そういうのを用意しちゃうとやはりプレイに不便ですから。テレビゲームにはアイテムの所持数とか数の概念がありますが、重さや大きさの概念は無いのです。リアルではやはり邪魔になってしまいます」
リアルを追求して本当にリアルな話になってきたと私は思った。
「鎧とか服とかは?」
不安そうに阿部さんは聞いた。
「残念ながら廃止だね。さすがに身に着けるのはプレイヤーが恥ずかしがってしまうと。デザインとしては全然まずくないけど、実際に着てみるとでは全く違うからね」
「私、コスプレは全然気にはならないけどな」
阿部さんは不満そうに答えた。私は青木君の言うことがもっともかもしれないと思った。ただ仮想パーティーのようにみんなが同じ格好をしている場所で恥ずかしがる人がいないように、ゲームの世界でみんな同じような格好していたら問題無いような気がした。恥ずかしいという意見もわかるが、そういうのもひとつの楽しみという意見もありだと思った。
「さあ、まだテストしたいことはありますが、とりあえず戻りましょうか」
青木君の提案に従い、私たちはログアウトすることにした。