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小さな地球 / 卓上の世界  作者: 板日優子
小さな地球の始まりと卓上の世界の終り
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1997年、卓上の世界(1)

 気がついたとき、僕はどこかの民家にいた。どこかの民家とは言ったけれど、これが僕の家なのだと思った。窓の外を眺めていると風光明媚な村の風景が広がっている。体を傾けて周りをもう少し観察すると風車があり、ちょっとした牧場があった。僕以外にも誰か住んでいるのは明らかだった。しかし誰もまだ村の外を歩いている様子ではなかった。僕は外に出たいとは思ったが、何故か外に出たいとは思えなかった。とりあえず僕は今の状況を冷静に分析しようと思った。だけど僕にはこの民家にやってくるまでの記憶がきれいさっぱり無いようだった。自分の生まれとか、友人とか、恋人、嫌いな奴などそういった人の記憶も無い。以前の記憶というより、本当に今始まった新鮮な二十分間の記憶だけがある。


 そうしている間に多分三時間くらいが経ったのだろう。僕は家の外に出てみようという気がした。それはそうしたいと思ったわけではない。何故かそうしないといけない気持ちになったからだ。家の外を出てみると僕以外には誰も居ないようだった。念のため他の民家も窓を覗いたり、庭を覗いたりしながら近辺を探索した。それでもやはり同じ結果だった。民家は私の家以外に四軒ある。他には先ほどの風車やちょっとした牧場くらいしかなかった。そういえば家畜も居ない。村全体が全てどこかに出かけている感じであった。もともと私以外に誰も居ないことも考えたが、それだともっと村全体が荒れているはずだと思った。私は村の北の端っこまで歩いてみた。村の出入り口のようなアーチ状の門があり、そのまま門を出てまっすぐ歩けば小高い丘が続いているようだった。僕は門を出て村の外を出てみようかと思ったが、やはり村の外へは出て行けないようだった。

 私は次に反対の南の方向へ歩いてみた。南の方にも似たような門があった。村を南の方向にまっすぐ進むと石造りで出来た建物があった。それは小さい規模の建物で城というよりは砦のような感じであった。兵士がそこに駐在して何かを見張っているのだろうか。北の方角と同じく私はやはりそこから村の外へ出られなかった。もちろん扉が硬く閉まっているとかそんな障害は無い。しかしそこから外へ出る気がないのだ。

 僕はあきらめて北の方角へと振り返った。すると村の西の方角に教会のようなものが見えた。ここからだと民家や木々に隠れて全体が見えないが教会の屋根と十字架が見えたのだ。僕にはさっきまでその教会は見えなかった。不思議に思い、僕はその教会の方角まで行ってみた。するとさっきまで無かったはずの小道が村の西へと延びている。僕はその小道を進むとさっき遠くから確認した教会へとたどり着いた。教会には人が居る気配は特に感じられなかった。一応教会の周りを一周してみたが同じことだった。

 僕はもう自分の家に帰ろうと思った。村の集落に戻ろうとすると大きな家が建っていた。それは教会の正反対、つまり村の東に位置していた。ほんの数分前まで何も無い空き地だったはずである。この村は僕の知らないうちにどんどん姿を変えているのだ。僕はその大きな家を確認してみようと思った。この流れだと多分誰も居ないだろうとは思ったし、調べてみるとやはりその通りだった。しかし短時間で教会とこの大きな家が建ったこと。そして数時間前に僕がこの村に来たこと。それらを考えると、これから誰かこの村にやって来るのかもしれないと思った。


 だんだん日が暮れてきた。僕は他にこの村に何らかの変化が無いかずっと外に出ていたがあれ以来特に目立った変化は無かった。僕はまた村の中を一周しようと思い南のアーチの方へと進むと石造りの砦から誰かがこちらへやってくるのがわかった。それは男性だった。その人は村に向かってというより、私に向かって歩いてきているようだった。だいたい十メートルくらい近付いてからだろうか、彼は少し大声で僕に話しかけてきた。

「こんにちは。どう? 具合は?」

彼の表情にはやや笑みがこぼれている。僕のことを知っている人なんだろうか。僕はどう返事したら良いかわからず、黙っていた。

「少しまだ状況を把握できていないみたいだね」

今度は独り言のような話し方をした。そしてしばらく考えていたかと思うと私に質問してきた。

「最初ここへ来てどう思った? 混乱しているのはわかるよ。でも率直に聞かせてほしいんだ。君が最初ここへ来たときから今まで何をしていたか」

彼は僕について明らかに何かを知っていそうだったので彼の質問に出来るだけ詳しく説明した。まずは民家に居たこと。それは何故か自分の家だと感じたこと。村ではいつの間にか教会や大きな家が建っていたこと。そして何故か村の外へ出られない事を彼に話した。そんな説明をしながら僕は気付いた。僕は初めて自分の声をそのとき聞いた。僕はこんな声をしているのかと思った。

「なるほど。どうやら君はしっかり物事を判断できるようだね」

彼は満足そうに答えた。僕にはまだよくわからない。

「あとあとわかると思うけどね。自分が何故ここにいるかその役割がわかると思うよ。あとまだ緊張しているようだから、次回はもっとリラックスして仕事が出来るようになるからね」

僕は自分の声に違和感をしながら、彼に質問した。

「僕は何でここに来たのでしょう? そしてあなたは誰なのですか? あなたは僕の何を知っているのですか?」

彼はアゴの辺りを右手でさすりながら少し考え込んでから答えた。

「君はここの一番目の村人なんだ。僕はこれからこの村を作り上げていくんだ。そして君にはこの村の建設に手伝ってほしい。あの大きな家には長老が住むんだ。教会には牧師さんがやって来る。他の家には家族連れとか住むようになる。だから彼らがやってくるまでこの村を守っておいてほしいんだ」

僕には何故そんなことを自分がしなければいけないのかよくわからなかった。でも彼の言うことは協力してあげないといけないと思った。それで僕はそれを承諾した。

「ありがとう。うれしいよ、協力してくれて。あ、そうそう今日から君の名前はタツヤだ」

僕の名前はタツヤという名前らしい。

「あなたはなんと言う名前なのですか?」

僕は彼に聞いた。

「僕? 僕の名前もタツヤなんだ。君と同じなんだ」

僕はなるほどと思った。彼は僕に似ているなと思ったからだ。僕は鏡で自分の顔をまだ見たことも無いのに、そう思ってしまった。

辺りはもうだいぶ暗くなっていた。

「それじゃ、今日は帰るから。君も家に帰って休むといい」

そう言って彼はあの石造りの砦の方へ歩いていった。あそこで彼はずっと僕を見張っていたんだろうか。そう言う疑問はあったが僕はあまり気にはならなかった。

 僕は家に帰って休むことにした。あとからわかったことだが、僕は夢を見ることが出来ないのだ。



 翌日、目が覚めると僕は昨日よりも頭がさえていた感じがした。僕が何故この村にやって来たかやっぱりわからないことだったけど、昨日より戸惑うことはなかった。僕には過去の記憶と言えば、この村にやってきたごく短い間のものしか無い。でも僕には言葉があり、目の前の状況を認識する力があり、特別異常のある人間ではないのだと思う。ひょっとすると村に来るまでの記憶がなんらかの原因で一時的に失っているのかも知れない。タツヤという僕と同じ名前の人は僕が何故ここに居るのかあとでわかると言った。彼は僕と似ているし信用できると思った。だから僕がここに来た理由が記憶喪失でわからないとしてもあせる必要はないと思った。でも不思議なこともあった。僕が昨日この村へ来たとき、それは日曜日だった。そして翌日、つまり今日だ。今日も日曜日だった。僕に暦を詳しく調べる術なんて無い。太陽、星の動きで細かく調べることなんて出来ない。でも今日も日曜日と気付いたのだ。何でそう思うのかはわからない。これもそのうち僕自身でわかる日が来るのだろうか。


 今日も僕は昨日と同じく、午前中は家の中に居た。何故か家の中に昨日まであるいは先週の日曜には無かった鏡があった。僕はそれに自分の姿を映した。初めて僕は自分自身を見た。もともと自分がそういう姿をしているとも思ったし、あのタツヤという人とも似ていると思った。全く違う顔をしているけど似ていると思った。それ以外には別段何も変わったことは無かった。たまに窓の外を見てみるがやっぱり昨日と様子が同じだった。午後になると家から出て村の中をまた一通り散歩することにした。まず僕の家から一番近い突然建った大きな家に行く。そして教会へと赴き、そこをぐるっと一周する。次に北の門へ行く。北の門の向こうに見えている小高い丘の方も注意深く見てみる。特に人影も、生き物も確認することは出来なかった。最後に南の門へと向かう。昨日タツヤという人が出て来た石造りの砦もついでに観察する。可能性といって変化があるとすれば、その石造りの砦に一番可能性が高いのだ。しかし今のところ誰かが来る気配無いようだ。しばらくそこで石造りの砦を眺めていたが、僕はあきらめて一旦家に戻ろうと思った。

 そのとき、ふと僕は南の門のアーチを見上げた。そのアーチには「Schtalt(シュタルト)」という文字が刻まれていた。この村の名前なのである。僕が昨日ここへ来たときは間違いなくこんな文字は刻まれていなかった。僕はタツヤという人の言葉を思い出した。彼は僕にこの村の建設を手伝ってほしいと言った。この村は村になろうとしているのだ。昨日突然教会と大きな長老の住む家が建った。それは足りない村の部分を補っている作業だったはずだ。タツヤという人がそれをやったらしいが、それをどういう方法にやっているかはわからない。僕の頭では考え付かなかった。しかしこの名も無い村は漠然とした姿から、シュタルトという名前の村に具体的な姿になろうとしている。そして僕独りで住んでいる村にこれからいろんな人がやってくるのだろう。僕はこの村にどんな人が来るか少し考えた。おそらく僕と同じく何故ここにやってきたかわからないだろう。そしてそれを説明するのは僕の仕事なのだ。僕にもこの村のことはわからないことだらけだが、この村が村になりきろうとしている。僕もこの村の住人になりきろうと思うのだった。

 そしてその日は特に村に名前がついた以外に変わったことは無かった。日が沈み、また僕は眠りについた。



 翌日も日曜日だった。特に変わったことは無かった。その翌日もまた日曜日だった。相変わらず何も無かった。数日が過ぎた。でもいつもそれは日曜日だった。毎日午前中は家にいて、午後からは村の中をうろうろする日々が続いた。珍しく雨が降ることがあった。村に名前がついた日以来の変化だった。でも変化はそれぐらいでタツヤという人も最初の日以来やってくることは無かった。そうして日曜日が一週間続いた。


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