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小さな地球 / 卓上の世界  作者: 板日優子
小さな地球の始まりと卓上の世界の終り
5/44

2008年、小さな地球(5)

 打ち合わせでだいたいゲームの概要が把握できた。プレイヤーはトスターの街を拠点に洞窟や塔などのダンジョンを攻略していく。そしてシナリオが進むと魔王がいる世界へと行く。この魔王の世界は今作っているミニチュアとはまた別に作るらしい。そして魔王を倒せばエンディングというわけだ。ゲームの本編以外にもギルドイベントなどやりこみ要素もこめられていた。だいたい要約するとそんな感じなのだろう。

 最初の顔合わせが終わると、私たちは現実の世界へ帰ることになった。ブレスレットについている小さなスイッチを押すと一瞬でまたあの同じ部屋に着いた。目の前にはあの大きなミニチュアが置いてある。ふとウムラウトの本体を見ると二台に増えていた。カード差込口が足りなくなったから、急遽どこからか持って来たのだろう。青木さんと神谷さんが少し遅れてきた理由はその準備をしていたからだと思う。みんな自分のカードをウムラウトから抜き取る。私もそれに倣ってカードを抜き取った。その後国見さんの提案によりみんなで飲みに行こうという話しになった。私の歓迎会も兼ねているらしい。神谷さんが電話をかけてお店の予約をしてくれた。運よく近いところで予約が取れたらしく、私たちは歩きでそのお店まで行くことになった。



 街中で途中、阿部さんが何やら興奮して独り言を言っている。

「ああ! ああ! イクス!」

上を見上げて何か叫んでいるようだったので、私も上を見ると街頭スクリーンにアニメ映画の宣伝が流れていた。それを見て両手で口を覆って興奮しているのだ。それは街中で男性アイドルをみて興奮する女性と同じような反応だった。イクスとは確か人気のアニメシリーズでもうすぐ映画が公開されるとか聞いた。私には大雑把にロボットが戦うというストーリーということしか知らない。しかし彼女の興奮している様子から相当すきなのだろう。彼女は見た目どおりアニメオタクだった。私はそういう人が本当にいるとは思わなかったので彼女の様子を見ていたら、青木さんが話しかけてきた。

「いつもどおりの彼女なんで。すぐになれると思いますよ」


 お店は和風居酒屋だった。予約された座席は掘りごたつ形式の席で、すでに周りのお客さんで店内にはガヤガヤしていた。座席には通常上座、下座とかあるがあまり席順にはこだわりは無く、私が真ん中という以外はバラバラに座った。最初は飲めない阿部さん以外は生ビールを注文し宴会が始まった。さて飲み会が始まったものの、会話は国見さん、松浪さん、神谷さんの三人で何やら仕事の内容の会話になっていた。私には何のことかわからず黙って聞いていた。青木さん、阿部さんも同様に黙って聞いていた。つまりさっきの会議と同じような展開になっていた。青木さんも阿部さんも興味があるのか無いのか、それとも話についていけないのか私にはわからなくなった。会話が盛り上がっている三人とそうでない三人とにすっかり別れてしまった。

「イクスがすきなの?」

私は黙っているのもつらかったので、阿部さんに話かけてみた。特に会話の内容が浮かばなかったのでさっきの出来事からそんな話題を振った。

「え? ええ、大好きです! 赤羽さんも好きですか?」

さっきまで黙っていたのに急に元気な表情に変わってはしゃぐ様に聞き返してきた。私は全然イクスというアニメなんか知らないのに、こんな話題を振ってしまったと思った。私は何か答えようとしたが、彼女は私の返事関係なしにいろいろとしゃべっている。

「おいおい、暴走しすぎ。大好きなアニメのことになるとこうなるんです」

青木さんがそう言ってフォローしてくれた。

「すごいね。阿部さんは全然しゃべらないかと思ってたよ」

「アニメのことならバリバリしゃべりますよ」

阿部さんはニコッと笑って話した。彼女の話題には乗れなかったが、どうやらこれで私との距離感もやや近いものになったらしい。

「二人は今いくつなの?」

「僕が二十四歳で、阿部さんが二十三歳です」

青木さんが答えた。やはり二人とも私より若い。

「赤羽さんはおいくつなんですか?」

次に話したのは阿部さんだった。

「三十歳だよ」

「じゃあ、このチームでは二番目ですね。国見さん三十六歳ですよ」

私も国見さんがだいたいそれくらいの歳ではないかと思っていた。あれだけの嘘の作品と今回のゲーム制作のチームリーダーを任されている点で、今まで様々なキャリアを積んでいると考えたからだ。

「赤羽さんはどんな嘘をつくんですか?」

私のことをあまり聞いていないらしく、阿部さんが聞いてきた。そういえばあまり彼女には詳しく説明していなかったかもしれない。

「前に言ってたじゃん、人形に嘘をつくって」

青木さんが阿部さんにあきれたように言った。

「君たち二人は嘘の上塗りをするんだろ?察するに阿部さんはアニメが好きだからシナリオを作るような仕事がしたいと思って嘘つきになったんじゃないかな」

「ええ、そうです。無茶苦茶アニメとかマンガとか好きで自分でよくお話とか小説とか書いたら嘘つきになれました」

シーザーサラダを小皿に分けながら阿部さんはそう答えた。

「ということは、青木さんは数学とかパソコンが好きとかそういうものかな」

「はい。昔から数学とか好きでしたね。小一で小五の算数は出来ましたね」

それを聞いてやはり青木君は秀才なのだと私は思った。この年齢であそこまで大きな嘘をつけるのもたいしたものだ。

「あれだけの数式が出来るわけだから何でも出来るわけだね」

私がそういうと、彼は即座に否定した。

「いえ、そういうわけじゃないんですよ。僕も阿部さんも嘘の上塗りをするんです。だから他人の嘘がないと私たちは嘘をつけないのです」

私は今日最初に青木さんに会ったときのことを思い出した。

「私がロボットを作り、青木さんがコントローラーを作る… …」

「そうなんです。コントローラーだけでは何も出来ません。その命令を受けるロボットが無いといけないんです。だから私たちの嘘は誰かの嘘が無いといけないんです」

 私は嘘つきを八年ほどやっているが、こんな話ははじめて聞いた。今まで簡単な仕事ばかりであったからだ。人形に嘘をついて簡単な動きを加えるだけだった。私はこの八年あまり活発に動いていないかもしれない。嘘つきにこんな人がいるなんて全然知らなかった。考えてみればこんな飲み会も久しぶりだった。大迫さんの事務所で働いていた頃は同僚と飲みに行くことはあった。しかし独立してからはせいぜい武田君と滝本さんと三人で飲みに行くくらいで、こんな同業者の人と飲みに行って情報交換することはあまり無かったのだ。


 その後も青木さんと、阿部さんとで今までどんな仕事をしたかで話をしていた。ほかの三人も相変わらず三人で会話している。そんな時だった。阿部さんが私に聞いてきた。

「赤羽さんは結婚とかされていたり、彼女とかいらっしゃるのですか?」

ちょうど国見さんたちの会話が途絶えて、周りのお客さんもたまたまなのだが、ざわめきが無かったときの一言だった。一瞬静かになったときだったからタイミング良く声が通ったのだ。

「あ、その話、聞きたいな」

国見さんがそう言う。松浪さんもこういう話は好きらしくニヤニヤしている。私はこういう話が自分に向けられるのは苦手だった。少し戸惑ったが、みんな私を見ているし、答えないわけも行かないだろう。

「いや、ええと独身です」

「彼女は?」

松浪さんが聞いてきた。

「いや、今はいません」

松浪さんは私の言葉から感じる違和感を聞き逃さなかった。

「え? 今は? 今は?」

私の過去の彼女の話が聞きたいらしい。

「前の彼女は何年前なの?」

今度は国見さんが聞いた。

「えっと、もう十年前になりますよ」

「何で知り合った人なんですか?」

次は阿部さんが聞いてきた。まるできちんと台本を組んだかのような間のいいタイミングで聞いてくる。

「うん。高校の頃の同級生でね。二年ほど付き合っていたね」

「きっかけは何かしら?」

と松浪さん。

「もともと向こうから私の事を好きみたいで、高校三年生のとき、同じクラスでよくしゃべっていたんですけど」

私は早くこの話が終わって欲しくて焦っているせいか説明が前後してしまった。みんなによく伝わっていなかったので、松浪さんが

「ちょっと、そんな焦らなくても良いじゃない。落ち着いて話してよ」

というのでみんなから笑い声が上がった。私は少し間を置いてから仕切りなおした。

「最初から説明すると、高三の頃にクラスの王子、姫を投票しようというイベントがあったんです。その結果を卒業文集に載せるとかで。でも私は今でもそうだけど特別カッコいい訳では無いじゃないですか。だから私に投票する女子なんていないと思っていたんですよ。でも一票入っていたわけです。僕の男友達はみんな驚いていましたね」

「じゃあ、その子が票を入れたのね」

松浪さんが私の話を予測して答えた。

「いや、結局誰が一票を入れたか分からないけど、多分その子じゃないかなって思うんです。クラスで一番私に話しかけてくれた女の子ですから。それに卒業後に私の家に電話をかけて来たのですよ」

「おう、それが愛の告白なんだな」

国見さんがそう言う。

「いや、でもその電話を私は取れなかったのですよ。母親が電話を取って、その女の子からだったらしいです。でもそれ以降電話はかかって来なかったです」

「え? それじゃ、どこで付き合うようになるの?」

松浪さんが驚いて聞き返した。

「それはたまたま駅で会ったからです。向こうから赤羽君だよねって声をかけてきて。たまたま大学もお互いに近かったのです。それで最初一緒にお昼ご飯食べに行ったりしていて。それで仲良くなって彼女と付き合うことになったんです」

「どっちから告ったの?」

松浪さんが私の顔を覗き込むように聞いてきた。

「彼女のほうでした。それでまさか当時は自分が女性に好かれるとは思っていませんでしたから。うれしくなっちゃって。それで付き合うという訳です」

「それじゃあ、その投票と電話の件は彼女だったことがわかったの?」

松浪さんが聞く。

「いえ、結局私は確認しませんでした。もう別にそんなことは聞かなくても良いんじゃないかなって。たまに真相が気になりますけどね」

しばらく沈黙が続いた後、阿部さんが口を開いた。

「なんか、そういうのは素敵ですね」

「そうかな?」

私は阿部さんに言った。

「そうですよ。わざわざ確認しないっていうのが。うまく言えないですけど、思い出は思い出のままにするって素敵じゃないですか」

そう阿部さんが私の過去のことを補足してくれた。

「その彼女の名前はなんて言うの?」

国見さんがそんなことを聞き出す。私は少し恥ずかしかったが答えた。

「アキ、亜季です」

「よし、阿部ちゃんシナリオで村人の名前でアキという女の子を入れておけ。」

国見さんがそう言うとみんなの笑いを誘った。その後私はみんなにしばらく安紀のことを話した。

「じゃあ、その後彼女はずっといないの?」

モスコミールを片手に松浪さんが聞いてくる。

「そうですね。」

「好きな人とかいなかったの?」

「ええ、まあそう言うところですね」

私はどっちつかずの返事をしてごまかした。


 飲み会は三時間くらいで終わった。私は帰りの電車で松浪さんの一言を思い出した。

「好きな人はいなかったの?」

いいや、私は好きな人がいたのだ。今から十年前のことだ。前にもこんなことを思い出したことがあった。そうだ。ユートピア98というゲームだった。このゲームが配信された年、私は二つの嘘をついたのだった。私は今でもイナと綾香のことを思い出してしまうのだ。

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