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2011年、小さな地球と卓上の世界(8)

 翌日、出勤前に自宅で私はあのロックバンドのアルバムを聴いていた。前に購入した再結成アルバムだった。まだあんまり聴きこんでいなかったので、プレイヤーで再生したのだ。昔はCDを購入したとき、アルバム三千円だから元を取るまで聴いていた。貧乏性だったのだ。今回もふとそう思ってしまったので、何となく再生している。

 聴きながら昨日の黒崎さんとの話を思い出していた。いいイメージが頭に浮かぶと、それに付く嘘も活き活きとしている。その通りだと思った。私に何か良い事とか最近あったのだろうか。身近なところだと松浪さんのことなのだろうか。

 しかし、私は松浪さんのことを好きと言えるのかわからない。あまりそういう意識は無い気がする。とても綺麗な女性と思うのだが、スタジオに行くとき、今日は彼女が来ているかまでは気にはならない。それともこれから好きになるのだろうか。

 私はさっきからいい考えとか浮かばないので、ベッドの上で寝転んでブックレットについていた対訳を読むことにした。今回のアルバムは購入してから、よく対訳を読んでいなかったからだ。私は適当に対訳を眺める。洋楽の対訳は何を書いているのかわからないのが多い。多分、文化の違いだから邦楽とは歌詞が違うのだろう。そんなとき、読みやすい対訳を見つけた。


君は僕から去った でも君は僕の中で生き続ける


 少しありきたりな邦楽の歌詞のような対訳だった。意味はとてもわかりやすいから目にとまった。失恋をテーマにした曲なのだろう。でも嘘つきのような歌詞だとも思った。

 私はこの歌詞を簡単に解釈した。要するに出て行った彼女は、いつでも自分の記憶の中にいるということだ。彼女は実際にいない。でも記憶の中ではいる。それが嘘のようなものだと思った。本当はいないけど存在する。私が定義する嘘みたいだと思った。

 私の定義する嘘の話をしたら神谷君は笑った。神谷君は小さな地球を気に入って携帯の待ち受けにしていた。だいぶ前に二人で飲みに行ったことを思い出した。

 そのとき、彼は私の嘘の定義に対して、何か自分の意見を言おうとした。たしか、「私たちの嘘を見ていると」と言いかけた。私の小さな地球を見て神谷君は感動していた。少し言い方を変えてみた。「小さな地球を見ていると」これだとどうだろう。神谷君はその続きをどういうだろうか。彼は感動していたのだ。「小さな地球を見ていると感動した」彼の言葉はこのように私の頭の中で代入された。

 「小さな地球を見ていると感動した」ということは「嘘をみて感動した」ということだ。だからそれがどうしたというのだろうか。


君は僕から去った でも君は僕の中で生き続ける


私はまたあの嘘つきみたいな歌詞を見た。「嘘と本物」を対比したような歌詞だと思った。そこでふと私は思い出した。私が作っているものは嘘だけど、相手に伝わる感動は本物なんだということに。これは私が採用面接で大迫さんに言ったことだった。大迫さんはこの私の言うことをずっと覚えていたのだ。よっぽど印象的だったのだろう。神谷君もおそらく同じ事を言おうとしたのではないだろうか。

 私たちが作り上げる嘘はニセモノかもしれない。しかしそこから得られる感動は実際に感じる本物なんだと。私は今まで引っかかっていたものが無くなって、少しすっきりした。

 私はアルバムのジャケットの裏を見た。CDの発売日が記載されている。もう半年以上も前だった。思ったよりも昔だった。その頃は私の作業はすっかり終わっていて、スタジオに行くことはほとんど無かった時期だ。たしかこのときは、新しい取引先が出来て、その嘘の制作について商談を進めていた頃だった。

 そんなのことを考えていたら、私はあの兵士の嘘をついたとき、具体的に何をしていたのだろうと思った。たしか噴水広場で兵士の嘘をついていた。とっても良い出来の嘘をついたのを覚えている。私はもう少しあのときの事を、詳しく振り返りたいと思った。



午後からスタジオに行った。人形を制作した日のことで何か詳しくわからないか調べようと思ったからだ。スタジオに行くとまず青木君のところへ行った。彼が一番そういう事を詳しそうだし、何より居場所がいつもと同じなので探し回る手間が省けるのだ。

彼は思った通り、いつもの場所にいた。彼はパソコンの前で険しい表情をしていた。期限が悪そうに見えた。私は耳打ちするように彼の機嫌を伺いながら聞いた。

「青木君。悪いけど、この間の人形の兵士に関してだけど、あれっていつ作ったかわかる日誌の様なものはあるかな?」

彼は作業に没頭しながらだったので、私の聞くことに反応が遅れたが、やがて手を止めて話し始めた。

「ええと、神谷さんのメールを見ればいいんじゃないですか? いつもきちんと見ては無いのですが、あれに各個人の進捗状況とか添付ファイルに入力されていましたから。だいぶ前のメール見ないといけないので探すのは少し大変かもしれませんよ」

「いいや、大変参考になったよ。ありがとう」

 私は結構面倒だったが、事務所に戻ることにした。事務所のパソコンに神谷君のメールで送信した添付ファイルが保存してある。スタジオでは見られなかったので仕方が無かった。


 私は事務所に戻ると早速、パソコンを起動させた。そして当時の添付ファイルを探し出すことにした。そしてだいたいこの時期だと検討をつけてファイルを何通か見直す。そしてしばらくして、該当する添付ファイルを見つけることが出来た。私は添付ファイルを展開させて人形制作した頃の日を調べた。特に私の作業には注目すべき事柄は無かった。青木君、阿部さんも同様だった。営業関連の日報も調べてみた。ここもそうだった。私にはわからないことがたくさん書いてあった。神谷君の日報を見た。そこには「ログイン、店舗調査」と書いてあった。

 それは私が噴水前で神谷君に会って、モンスターのグッズの話を聞いて嬉しかった日だ。私の作った嘘がグッズになるのはとても嬉しくて、その後に作った人形はいい出来だった。それは良く覚えている。あの頃、よく音楽を聴きながら嘘を付いていたのだ。

 私はそこで思い出した。あのロックバンドの曲を聴きながら作業していた時期があった事を。たしかあの解散した年のアルバムを聴きながら作業をしていたのだ。なぜあのアルバムを聴いたかというと、再結成のニュースがあったからだ。

 私はネットで検索した。あのロックバンドの名前を打ち込んで、再結成と付け加えた。どこかのネットニュースの配信日が出てきた。あの人形を制作した日と一致していた。

 間違いない。私はあのアルバムを聞いて、頭に浮かべるイメージが必ずある。それは綾香のことだ。私は綾香にぴったりの曲を聴いていたのだ。そしてあの人形には私の綾香へのメッセージを送り込んでいるのだ。あの嘘はログインポイントへ赴き、綾香がひょっとするとゲームをプレイするかもしれないという、私の淡い期待のもと行動しているのだ。



 私は石川さんに事情を話そうと思い電話をした。しかし彼はなかなか電話に出てくれない。私はとりあえず時間置いてから、また電話をかけようと思った。

 すると、滝本さんがコーヒーをいれてくれた。

「このあいだ宿屋に宿泊しましたよ」

それは私が優待サービスということで二人分の部屋の予約を入れた話だった。

「どうだい? 快適だったろう?」

「ええ、もうすごく良かったですよ。内装はとても綺麗ですし、本当に海外旅行みたいでした。気候もいいですしね」

「あの世界では夏は涼しく、冬は暖かいからね」

「あとは行列が無ければというのと、もっと行ける場所があればなあって思います」

「そうだね。そうだろうね。アトラクションとか豊富だともっと違うだろうね」

私は滝本さんが誰と宿泊したかを聞こうと思った。


そのとき石川さんから電話がかかってきた。私はすぐに出た。

「お疲れ様。どうした?」

「いえ、さっきスタジオから事務所に戻って添付ファイルを調べようと思ったのです」

「そんなのスタジオでも見られるよ。分厚いファイルに綴じてあるから」

「え?」

「わざわざそんなことしなくても、社員とかに頼めば資料を出してきたのに」

私は少しがっくり来てしまった。私は気を取り直して話すことにした。

「あの兵士の行動の原因がわかった気がします。彼はログインポイントである人を待っていると思われます。その人に会えば、彼はもう不可解な行動を取ることは無いでしょう」

石川さんは驚いて尋ねた。

「なんで、そう言い切れる?」

「あれは私自身なのです。私の思っていること、私がしたいことを行動に移しているのです。あのゲームに特別に招待したい人がいるのですが、よろしいでしょうか?」

「もう少し詳しく話してくれ」

 私は滝本さんがいる事に気になってしまったが、一度話したことだしもういいかと思った。

「あの人形には、私の好きな人へのイメージを流し込んでしまいました。そして彼は彼女に伝えたいメッセージがあるのです。彼の行動はそれを実行に移そうとしているのです」

私はそう言うと受話器の向こうの石川さんは黙ったままだった。まだ彼はそう確信していないのかもしれない。私はもう一度念を押していった。

「あの人形は私自身です。私の考えと行動そのものです」

しばらく石川さんは考え込んだような間を空けた後、私に尋ねた。

「わかった。じゃあ、どうするんだ?」

「あの人形に会わせたい人がいるんです。ひとりだけですからウムラウトを一台都合つかないでしょうか?彼は彼女に伝えたいメッセージがあるのです。それで全てが終わります」

「わかった。用意しよう。ただし、こちらが示した手順に従ってくれよ」


 電話を終えると、私は少し気になって滝本さんを見た。彼女はいつもの通りに事務作業をしている。知らない振りをしているのだろう。



翌日、早くも石川さんから連絡があった。念のため社員が付き添う状態で綾香と兵士を引き合わすということになった。周囲に他のプレイヤーが近づかないようにするため、特殊なフィールドを数式で設けた。またそれにあわせて、特別にログインポイントを新しく設けたということだった。

そして大学時代の友人に電話をかけ、綾香の連絡先を知らないか聞いた。もう会わないと思っていたから、私は携帯の番号を消去してしまったからだ。私自身の連絡先も変わってしまっていたのだ。お互いに連絡は取れる状態ではなかった。幸い彼女の連絡先を知っている人はすぐに見つけることが出来た。

 私は突然の連絡を綾香にした。私から始めて寄越した彼女への連絡だった。綾香はすぐに電話に出た。昔と変わらない声だった。ただ違うのは昔と苗字が変わっていたことだった。

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