2011年、小さな地球と卓上の世界(7)
エスツェットは会社側で用意したモニターによってテストされました。記憶では百台と言っていました。一台あたり四名までプレイできるわけですから、二百人から三百人までの規模の配信だったのでしょう。
プレイは土日に行われました。さっき話したとおり、一時間ごとにプレイヤーを段階的にログインさせて、ゲーム状況に渋滞が起きないように工夫されました。プレイヤーが最初に接する人間がタツヤでした。タツヤはとても一生懸命役割を果たしてくれたと思います。村長の家に案内し、ショップへと連れて行き、最後に村の外まで見送るという具合です。プレイは土曜の午前十時から、日曜の夜十時まで行われました。ログインは日が昇っているうちなので、二日で十五組くらいのゲーム開放でした。
一日のうち、いろんな人が来ます。タツヤにとっては初めて接する人ばかりだったでしょう。次々に人がやって来るわけですから。そしてみんな、予言の戦士でしたからね。一体、何人いるんだと考えていたのでしょう。タツヤは非常に戸惑っていたようでした。
しかし、一方で僕たちも非常に戸惑っていました。それはアイテム関連です。まずは防具なのですが、恥ずかしいので着用しないプレイヤーが多く見られました。実際半分はつけていなかったですね。最初はつけていた人も次第に着用を避けるようになりました。ただ、試着とかはみんな、していたようで、これは好評でした。カメラで撮影する人は多かったです。
武器は比較的、持つ人は多かったです。攻略には必要でしょうから。ところがアイテムはあまり持ちたがらないようです。邪魔になるようで。
しかし、いずれにしろ、これらのアイテムも後になって必要無くなってしまうのですが。
ゲームはシュタルトの村からウルスト城まで進むとそこで一旦終了でした。続きのシナリオとミニチュアが開発中だったからです。ゲームが段階的に公開されるにつれて、卓上の世界にいる人間の数がどんどん増えて行きました。
すると次第にプレイヤーの行動が変わって来ました。フィールド上ではボール遊び、そしていたるところで喫煙が問題になりました。
もともとゲーム内は禁煙としていました。ポイ捨てされると掃除する人がいないのです。しかしゲーム内には係員が立っているというわけでは無いので、いろんなところでタバコを吸う人がいました。城下町の噴水広場はひどいものでした。そして他のゴミも問題になりました。お菓子のクズや空き缶などです。公園とかでポイ捨てされることが多いゴミですよね。
宿屋は宿泊できるサービスを用意してありました。宿泊した後、部屋でお酒の瓶、缶がそのままにしてあることが多かったです。酒場でもそうでした。実際に食事や酒を提供するサービスはありません。しかし空いているテーブルで持ち込んだお酒や、食べ物で飲み会を開いている方もいました。
当時、ゲームのサイトがあって、そこにプレイヤーの掲示板の書き込みが出来ました。攻略情報とかそういうのを記載しても良いという、だいぶ緩いつくりにしてありました。しかしそこでゴミの問題が書き込みされました。僕も運営としてゴミについて捨てないように、勝手に飲食物に持込を禁止する書き込みをしました。ところが、それでもプレイヤーはやめませんでした。
石川君はこれに対して非常に論理的に考えていて、ゴミ箱の設置を提案しました。捨てるところが無いし、持込を規制するのは無理だという考えからでした。僕はその考えに反対でした。ゲームの中世ヨーロッパ風の雰囲気を壊したくなかったからです。リアリティのある仮想現実の世界にこだわった考えを持っていたのです。ひとりひとりの意識の向上を図ることで解決しようとしたのです。
今思えば、僕は理想を追いすぎていたのかもしれません。石川君のように現実的に考えて行動しておけばよかったのかもしれませんね。
ボール遊びも問題でした。ゲーム内で関係ないことで遊んでいる人が多かったのです。この件も石川君はあまりこだわっていませんでした。むしろプレイヤーにとっていい事ととらえているようでした。しかし、この事態に僕はボール遊びを禁止としました。周りの皆さんに迷惑をかけることになるのでやめてくださいとお願いしました。ところが実際に迷惑と考えている人はいなかったのです。ボール遊びで影響を受ける人はいませんでした。しかし僕は我慢できなかったのです。自分の家に土足で上がって来られた、そういう気がしたのです。
僕は引き続き、掲示板でボール遊び、その他のマナーについて厳しい口調で注意をしました。僕は完全に冷静さを失っていました。僕の書き込みで掲示板が炎上してしまいました。「何様のつもりだ」とそういう声があちらこちらから寄せられました。擁護する声も確かにありましたが、僕はもう怖くなって掲示板を見られなくなりました。
それが余計に反感を買いました。それも当然でしょうね。きっかけは僕の書き込みによる炎上でした。そして自分が責められて怖くなると、急にだんまりを決め込む。運営として最悪の対応を取ってしまいました。
今までは直接ログインして、マナー違反を見つけると直接注意できました。しかしもうそれを出来る余地がなくなってしまいました。僕の心はすっかり折れてしまいました。石川君もノゾミもゲームの配信停止を提案しました。
そんな中、プレイヤーが大規模な騒ぎを起こしていることを聞きつけました。ウルストの城下町でプレイヤーがゴミを散らかしたりして、キャラクターにスプレーで落書きをしていると聞きました。
私が現場に駆けつけると、いたるところで落書きが見つかりました。壁の落書きの内容を見る限り、僕の書き込みがきっかけで起こった炎上騒ぎに触れたものでした。確かにこの騒ぎの原因は僕にありました。しかし、ここまでのことをやるなんて信じられませんでした。
僕は怒りで頭がいっぱいになりました。適当な物に八つ当たりしたい気持ちでした。そこでヨウスケを見つけました。彼は顔にスプレーで落書きされていました。僕はその顔を修正しようと嘘を付きなおそうと思いました。そしてヨウスケの顔に触れながら、嘘を付きました。しかしこのとき、僕は怒りに満ちていたのでした。憎悪のイメージをそのままヨウスケに流し込んでしまったのです。
僕の頭にあるイメージは理性の欠いた暴力です。ヨウスケは近くにいたプレイヤーに襲い掛かろうとしました。しかし、ミニチュアの外で監視していたノゾミの機転によって、すぐにヨウスケの動きは停止されました。
僕はショックでした。自分で作り上げた嘘が、誰かを襲うとしたことに。そしてそれは僕の意識でした。僕の考えによる、僕の行動だったのです。
後日、長いミーティングをしました。そこで石川君が言いました。「もうここまでだ」と。ミニチュアを見ると、シュタルトの村でも騒ぎが起こっていました。石川君はログインしているプレイヤーを全員強制ログアウトさせました。
そしてこれがゲームの終りでした。クラフトアベルクとしては試したかったエスツェットとそれらに関連した機器のデータを十分に取れたので、テストは十分だったようです。
そして学習する嘘の実用化は遠ざかった形になりました。ヨウスケにはそのまま嘘をばらしました。一方でタツヤは自分の家で元の粘土の姿になって床に倒れていました。何故そうなったのかはわかりません。しかし、タツヤは真相に近づきつつありました。何らかのきっかけで自分は嘘と気づき、自分を保つことが出来なくなったのでしょう。おそらく嘘がばれたのだと思います。
もっと冷静に慣れればよかったのにと思います。感情任せに動いてしまってこんな結果を招いてしまいました。もう少し冷静であったらと。
それ以降、僕は嘘をつくのを止めました。もう僕には続ける自信はすっかりなくなってしまったのです。
*
そこまで話して、黒崎さんは黙り込んだ。
「ヴンダーアイランドはそのときの経験で運営されているんですね。清掃業者とかよく出入りしています」
私は以前から聞いてとっくに知っていたことを黒崎さんに話した。かける言葉が見つからずにそう言うしかなかったのだ。
「そうです。あのゲームはユートピア98の様にはならないでしょう。そして赤羽さんの嘘もヨウスケのようなことにはなりません。不可解な行動を取るのは、僕にはわからないけれど、人に危害を加える恐れは無いから安心していいでしょう。最終的な解決には、ならなくて申し分けないけど」
黒崎さんはそう答えてくれた。
「ありがとうございます。とりあえず安心しました」
私はそうお礼を言った。
「そろそろ、行きましょうか」
黒崎さんがそう言うので、私たちは店を出た。
*
最初の待ち合わせ場所まで戻ってきた。
「私は地下鉄で帰るので、ここで。今日は本当にお忙しい中、ありがとうございました。」
「いいえ、こちらこそ。僕もこういう話が出来てよかったと思います。ずっと逃げてばかりだったから。ノゾミはあれだけショックだったはずなに、嘘つきをずっと続けている。僕もいつまでも同じではいけないんだと思いました」
確かにあれだけのショックな出来事があれば、なかなか人に話すなんて出来ないと思った。自分の嘘がそんな騒ぎを起こしてしまう、それはどれだけつらい気持ちだろう。
私はもう一度お礼を言おうとしたときだった。黒崎さんが話し始めた。
「赤羽さん、僕はたまにこう思うことがあるのです。赤羽さんも僕も物に嘘をついて、見た目を本物に見せることが出来ますよね。それで経験があると思うのですが、イメージを送り込んで嘘を付くタイプの人には特に多いと思います。いいイメージが湧くと、それによってついた嘘もすごくいいのが出来るのですよ。僕は憎悪のイメージを送り込んでしまい、暴走した嘘を付いてしまった。でもその逆もあるのではないのでしょうか?」
それを聞いて、私はあの兵士の顔つきが良かったのを思い出した。
「非常にうまく出来た嘘は、見た目も活き活きしています。ひょっとすれば赤羽さんは、そういう嘘を付いたのではありませんか? そういう可能性も考えられると思いますよ」
黒崎さんはそう話してくれた。
私はこの黒崎さんの言うことに、ヒントがありそうな気がした。




