2011年、小さな地球と卓上の世界(6)
平日は出来るだけ作業を進め、土日はゲームを起動させることが、しばらく習慣になっていました。例えば平日にモンスターを制作して、土日起動テストをさせるというスケジュールでした。すこしタツヤの家に鏡を新たに設置するとかイタズラもしましたね。彼はやはり驚いていましたが。あと僕がうっかり椅子を壊してしまったときもありましたが。
そんなときにタツヤとヨウスケ以外のキャラクターを配置させ始めました。たしか二ヶ月くらい経ってからです。さすがに村や街にひとりだけだと、かわいそうだということで配置させました。
もちろんタツヤもヨウスケも彼らと会話し始めました。しかし、思った成果が得られず落胆したようでした。彼らもタツヤたちと同様、以前の記憶なんてないのですから。それにも関わらず、今までそんな経験があったかのように、店を経営していたりするわけですから、それが余計に不可解だったらしいです。
そして感情も芽生え始めていました。さっき言ったように、村人との会話で落胆したような感情です。そしてその感情の発生によって、例えば僕と嘘の人形との違いを次第に把握するようになって行きました。
僕は思ったよりタツヤとヨウスケの成長が早くて嬉しくなりました。今までの嘘では作り上げられなかったものだからです。そういう野心がどこか僕たち四人にはありました。それが後にだんだん危うくなっていくのです。
僕はゲーム内通貨、「ゴルト」を制作しテストしようとしました。それをタツヤとヨウスケに使わせることで試そうとしました。ゴルトはゲーム内キャラが使用しても使えないかテストしたかったからです。それは成功しました。しかしのちに、彼らはお金を使えないことで気づき始めます。この世界にあるものは旅人のために存在していると。自分たちは旅人のために存在しているのではないかと。
次にゲーム内に登場する長老が完成させたので、シュタルトの村に住まわせました。長老はゲーム上のキーキャラクターです。そしてキーアイテムも所持しています。つまりそれはゲーム内のシナリオのことを知っているわけです。このゲームは、卓上の世界に降り立った予言の戦士が悪の皇帝を倒すというシンプルなシナリオです。長老はタツヤにその事を説明しました。ところがタツヤは簡単に納得しませんでした。
長老の話には様々な矛盾があるからです。以前の記憶もないし、村の外を出たこともない。しかし何故世界の様子を知っているのかと。今思えば、各キャラクターに以前の記憶を形だけでも入れて置けばよかったと思います。記憶がないという不可解な日常がタツヤとヨウスケの周りにありふれていました。それが次第にこの世界、自分の世界に疑いを持っていくのです。
ゲームは次第にキャラクターの配置を進めて、村も街も賑やかになって行きました。タツヤもヨウスケも目覚めるたびに起こる変化に戸惑っていました。それでも新たにやって来る情報を収集し、分析をしているようでした。
そんな中で本格的なゲームのテストプレイが始まりました。テストプレイは主に僕とノゾミの仕事でした。戦闘だとか、ダンジョンとか、イベントとかそういう動作確認です。
ノゾミはゲームを最初からプレイすることにしました。石造りの砦ではゲームの概要の説明が始まって、プレイヤー一人あたり、四百ゴルトが手渡されます。そして砦から出るとゲームがスタートするというものです。
このテストプレイで得られたプレイヤーの反応とデータによって、あのヴンダーアイランドが運営されていくことになったのでしょう。国見君も石川君もこのユートピア98の経験を活かしてゲームを制作したのだと思います。
タツヤもヨウスケもさっき言ったようにゲームの案内人という役割を与えました。プレイヤーがログインして、でたらめに村の中を散策されてしまうと、時間を空けてログインするプレイヤーと重なってしまいます。イベントが重複したり店内の混雑してしまったり、ゲーム運営がスムーズに進まなくなります。
そこでプレイヤーの動きを円滑するために、二人にゲームの案内人として選んだのです。学習する嘘ですから、通常キャラとは違い不測の事態に対応できるのも強みです。
タツヤの場合は、まずプレイヤーを村長の家に案内し、そのあと武器屋などショップへつれて行きます。そのあとプレイヤーを村の外へ送り出すのです。
ノゾミはそのときがはじめてのログインだったので、村の風景などは非常に新鮮に映ったようでした。村の観光といえばいいでしょうか。ノゾミは村長の話を聞き、装備を整えてフィールドとダンジョンへと向かいました。
戦闘では実際に戦うものでした。武器を使い、粘土に嘘を付いたモンスターと戦うのです。モンスターを倒せば元の粘土に変わってしまいます。モンスターも実際襲ってくるのでプレイヤーによっては非常に怖いという人もいました。まさか本当に殺し合いをしているわけではありませんが、石川君の見解では駄目だったのでしょうね。ヴンダーアイランドでは大きく戦闘システムが変わっていましたね。
ダンジョンは比較的短めのものでした。複数のパーティーが一度に入ること、プレイに支障が出ます。宝箱を設けているので、複数のパーティーが入るのは非常に不味いのです。ですから順番待ちになるため、ゲーム公開はプレイヤーごとに順番が決まっていて一時間ごとに時間をずらして公開としていました。このあたりのアイディアもヴンダーアイランドに活かされていると思います。ただ、ユートピア98の場合、ダンジョン攻略されるたびに、アイテムと宝箱の設置をやり直さなくてはいけないのは、面倒くさかったですけどね。通常のゲームだとダンジョンを再攻略できるのですが、宝箱の拾得状況をパーティーごとに再現し直さないといけないので、ダンジョン攻略は最初の一回だけということでした。
実際にヴンダーアイランドでダンジョンに宝箱が無いのはこの辺の事情でしょう。
ノゾミは無事に序盤のイベントをクリアすることが出来ました。特別難しいアクションはゲームに必要ないので攻略自体は簡単でした。しかしタツヤは驚いていたらしいです。さすがに予言の戦士には見えなかったわけですから。本当に普通の女の子ですからね、現実は。
タツヤはノゾミに様々なことを聞いたらしいです。そして様々な感情も生まれたらしいです。生きている血の通った女性ですから、性という意識が出来たのかもしれません。恋愛感情もあったのかもしれません。詳細は今となってはわかりませんが、明らかにタツヤにはヨウスケとは違う感情の動きが見られました。この日を境に、タツヤは急速に人間らしくなって行きます。いつもノゾミがやってくるのを待っているようでした。
僕たちは次にタツヤとヨウスケを会わそうと考えました。学習する嘘同士が会うとどうなるか調べたかったのです。そこには今後のゲーム開発の可能性が感じられたからです。そこでタツヤを村の外へ出すことにしました。別にエスツェットで城へと転送するのも良かったのですが、タツヤが余計混乱するということで、設定をいじってタツヤを村の外へ出られるようにしたのです。しかしそれよりも、ノゾミの意向が大きかったのです。彼女がタツヤをずっとあそこにいるのも寂しそうだと言ったからでした。
さて一方のヨウスケなのですが、彼は非常に冷静沈着な嘘でした。もともと石川君の性格をイメージして作ったからです。僕からすると石川君は非常に頭のいい人物に思えるからですね。そんなイメージを嘘に流し込んでいるからでしょう。
ヨウスケもウルスト城、そして城下町。それをじっくりと観察していたようでした。街の人に話しかけるのもそうですが、それ以上にその様子を観察するのです。彼は日々、街を調査する動きをしていました。タツヤは自分の存在、かつての記憶そういうものを気にしていましたが、ヨウスケは自分を含めての世界そのものを理解していこうとしていました。
最初に村人、街の人、お金、それらが全て旅人のために存在していると気づいたのは彼でした。お金はもちろん彼にとって不要でしたが、街で得られる情報も不要なものに気づいていました。
また城下町に存在する酒場、店内の客や職人。それらも街らしく振舞っていると考えていました。ヨウスケは街の人が僕と全く違うことに気づいたからでしょう。無機質な感情を抱いた街の人の反応と行動は作られているとわかったのですね。僕たちが作ったゲームの演出というものを見透かした感じでした。
タツヤとヨウスケはやはりお互いに情報交換をしていました。タツヤは自分に起こった感情の変化を、ヨウスケは自分で構築した世界の仕組みをそれぞれ伝えました。お互いに知らないことだらけの日常を出来るだけ補完するようにしていました。
この二人の出会いは双方に影響が出ました。ヨウスケは笑顔が出るようになりましたから。実際プレイヤーからは結構人気がありましたね。よく写真を取られていたようですから。
一方でタツヤはヨウスケの考えを聞いて、今までの出来事に対してある結論に行き着こうとしていました。シュタルトの村に戻ると、村長の話も店も旅人のために存在するようにとらえ、教会はそこにあってただ振舞っていると感じるようになったようです。様々なことは矛盾しているし、その結論はゲームであるということに次第に近づきつつありました。そしてその結論は僕かノゾミが知っているだろうとタツヤは考えたようでした。
そしてタツヤは遂に核心に触れる質問をノゾミにしました。今までのノゾミの行動を見て様々な疑問を感じたからでしょうね。ノゾミは全てを知っている。だからノゾミに聞こうとしたのでしょう。ノゾミの正体、タツヤ自信はどこからやってきたのか、いや、もう彼は作られたことを薄々気づいていたのでしょうね。
ノゾミはこれ以上、ごまかすことは出来ませんでした。ログアウトし、これ以降はゲームにログインすることはありませんでした。ゲーム制作は順調でした。しかしサービス開始直前にこんなことになって、ノゾミはこれ以上作業できるのだろうか心配でした。
しかしノゾミは僕とは違って非常に強い女性でした。そのままゲームの制作、運営に残ってくれました。最後までやり切ってくれたのです。
タツヤは彼女のことをどう考えていたのでしょうか。ずっと再び彼女が来るのを待っている行動を取っているような感じでした。
この出来事があったあと、誰もログインはしませんでした。そして動作テストを終えました。そうして、エスツェットとユートピア98にテスト配信が始まるのです。
*
「ヴンダーアイランドはプレイされていたんですね?」
私は黒崎さんの話が一息ついたので、聞いた。
「ええ、石川君も国見君も、僕の所に案内を出してくれて。ウムラウトとソフトを送ってくれました。やはりチームの一員とこの十三年間、考えてくれたのでしょうね」
グラスを見ながら黒崎さんは答える。
「嘘に性格を吹き込めるものですか?」
私は一番気になったことを聞いた。
「相当知っている人間に対して、相当イメージを送れば出来ると思います」
かなり強調した口調で黒崎さんは聞いた。
「じゃあ、そう簡単には出来ないですね」
「そうですね。僕の場合だとよく知っている人じゃないと出来ないです。知らない人間の性格はさすがに無理でしょうね」
黒崎さんは腕時計を見る。私もそれに合わせて、自分の腕時計を見ると、八時半ごろだった。
「少し、静かなところへいきましょう」
黒崎さんの提案で店を変えることにした。
次の店はバーだった。お客さんは他にもいるが、静かな雰囲気だった。黒崎さんは本題に入るつもりなのだろう。さっきの店とは違って、ゆっくり話せる雰囲気だった。でも一方で黒崎さんは自分の心を落ち着かせるためにこの店を選んだのかもしれない。私はずっと暴走した嘘のことを気になっていたし、何よりも黒崎さんにとって非常にショックな出来事に間違いないからだ。私は黒崎さんが落ち着いて話し出すまで、黙り込んで待っていた。




