2011年、小さな地球と卓上の世界(5)
黒崎さんとの約束は夕方の六時だった。お互いに仕事が終わったあと、駅前の広場で会おうということになった。待ち合わせの目印に関しては、黒崎さんが注文をつけてきた。待ち合わせ場所は時計とか目立つところを選ぶものだが、私たちは「嘘をつく」ことだった。
私は待ち合わせの時間が近づいたので、広場のベンチに座りながら黒のボールペンを赤や青に変えたりしていた。ボールペンをくるくると回しながら、私は次々に嘘をついていく。知らない人が見たら、手品師と思うのかもしれない。
それを繰り返していると、私の目の前で人が止まった。顔を上げるとメガネの男性が立っていた。彼はポケットから名刺を取り出した。名刺には「黒崎 タツヤ」と書かれていた。私は名前を確認できたので、名刺を受け取るとその感触は紙ではなかった。黒崎さんはその名刺の嘘を人差し指で弾くと、それはテレフォンカードに戻った。
「私と似たような嘘を付くのですね。赤羽と申します」
「よろしくお願いします。黒崎と申します」
私たちはお互いに改めて名刺交換をした。
*
私たちは会って早速だがその辺の居酒屋で話すことになった。黒崎さんは簡単だったがヴンダーアイランドの出来とか国見さんたちのことを聞いたりして来た。
「そうか、元気にしているのですね」
黒崎さんはそう言った。
「ええ。みんな元気です」
私も答える。
「大迫さんも元気にしていますか?」
「ええ。元気です。大迫さんのことを知っているのですか?」
「僕が最初嘘つきと気づいたとき、相談に行ってね。親身になって聞いてくれたのです」
テーブルの上にあった爪楊枝を取り出して、黒崎さんは嘘を付いて裁縫針に変えた。
「手に触るものに嘘をつくというわけですか」
私は聞いた。
「いいえ、本来は粘土に嘘を付くのです。まあ簡単な嘘なら赤羽さんのようなことも出来ますが。でもやはり粘土がいいですね。粘土をこねると同時に自分のイメージを送り込んでいく。そういう嘘がやはり得意ですね」
「私も最初大迫さんに相談に行きました。シロクマのぬいぐるみが動き出して、その際に嘘つきと気がついて相談しに行ったのです。それが縁ですかね。そのあと大迫さんの事務所で働いていました。五年ほどいました」
「そうですか。優しかったでしょう? 大迫さんは。私もお世話になりました」
「すると、それでユートピア98のプレイに招待したのですか?」
「そうです。一度僕たちの嘘を見てもらいたくて。今回は何でもユートピア98について聞きたいことがあるとか」
黒崎さんはそう言いながらさっきの裁縫針を折って、元の爪楊枝に戻した。
「今運営しているヴンダーアイランドの兵士が不可解な行動を取ったのです。その原因がわからないのです。なにか参考になればと思いお話しを伺いたいのです」
「そうですか。では長くなりますが、最初から話しましょうか。僕もあの頃の出来事を誰かに話したい、話さないといけないとずっと思っていました。いつまでもトラウマから逃げ回っているわけには行きません」
そう言って黒崎さんは話を始めた。
*
ゲームの企画を持ちかけられたのは一九九六年のことでした。僕は当時、嘘つきの事務所で働いていていました。それはイベントなどで展示物を提供するとか、そういう仕事をしていました。
そんなある日、クラフトアベルクの営業の方から仕事の依頼がありました。それは今までの仕事とはだいぶ違いました。テストの依頼だったのです。それはゲームの試作品を作るという目的も含まれていましたが、嘘をつく機械のテストも兼ねていました。
今ではウムラウトというゲーム機でしたが、エスツェットという存在を嘘に変える機械のテストが目的でした。それは当時クラフトアベルクの石川君が開発したものでした。他にも通ったものを全て嘘に変える配線、チューブのテストも実施されていました。これらの技術はおそらく、ヴンダーアイランドでも改良されて使われていることでしょう。
石川君は当時、ゲームやアトラクションで様々な成功を収めていました。例えばお化け屋敷です。嘘で作ったお化け屋敷に現実の人間が入ろうとすると、すり抜けてしまいます。そこで入場ゲートにエスツェットの原型の機械を開発し設置していたのです。嘘と変わった人間が、嘘のお化け屋敷へと入る。そのアトラクションは大成功でした。これだと嘘の上塗りが無くても、現実の人間が嘘に触れることが出来ます。この機械は画期的な発明だと思います。
そしてお化け屋敷を建築したのは国見君です。彼は当時からクラフトアベルクの展開するアトラクションの開発に携っていました。建築物に嘘をつくという、かなり大掛かりな仕掛けの必要な嘘つきでした。
最初はこの二人を中心にゲームの開発が進みました。私がチームに加わったときは、すでにミニチュアの一部が出来上がっていました。足りない部分は順次増やしていくという計画でした。ゲームの運営と、開発は同時進行という予定でした。
そのゲームは少し大きなテーブルの上にミニチュアが設置されていたので、「卓上の世界」というゲームタイトルが仮名として付けられていました。
僕の担当は、キャラクターとモンスターの制作です。粘土の人形を作ることで嘘を付くのです。そしてこの計画には嘘を作る機械のテスト以外にもうひとつ重要な目的があったのです。それが「学習する嘘」です。人間と同じように記憶し、考え、感じる。つまり人間のような心を持った嘘を作るわけです。普通の嘘の人間ではプログラムされた数式によって動きます。でもそれは機械的なものです。笑う、泣く、怒る、悲しむ。そういうことは出来るのですが、心がこもっていないのです。
その「学習する嘘」は特殊な数式による嘘の上塗りが必要です。通常の数式では出来ません。この特殊な数式が実用化できるかが大きなポイントでした。それが出来るとすると、今後の嘘の発展の鍵になって来るからです。
この数式を扱っていたのがノゾミという女性です。彼女が嘘の上塗りを担当していました。彼女は優秀な嘘つきでした。僕も彼女の力を借りれば、すごい嘘がつけると思っていました。ノゾミは数式でミニチュアに嘘の上塗りをすることで本物そっくりの舞台を仕上げました。そして次に学習する嘘を作ることにしました。
学習する嘘には二つの人形を作りました。そのうちのひとつは村人、もう片方は城の兵士でした。私が粘土で人形を作り、それに嘘を吹き込みます。そしてノゾミが数式を用いることで嘘の上塗りをします。この時点では通常の人形と同じ程度の知能です。それぞれキャラによって、ゲーム内の役割だけを設定しているくらいでした。私たちはこの人形の学習期間を設けるために、最初にミニチュアに配置させることにしました。
村に住む人形はタツヤ、僕の名前から取りました。村で生活し、学習させることでゲームの案内人にさせようと思いました。
もう一方の兵士はヨウスケという名前をつけました。石川君の名前から、そのままつけました。彼もタツヤと同じようにゲームの案内人として考えていました。
この二体、いいえ、二人には数式が少しだけなのですが、それぞれ若干違います。タツヤは優しい青年に仕上げて、ヨウスケは少々乱暴ですが体育会系と言えばいいでしょうか、そういう風に性格が違うように作りました。
性格は違いましたが、二人とも、とてもいい人たちでした。優しくて賢い、そんな二人だと思います。
卓上の世界には、シュタルトの村とウルストの城の二つを設けました。シュタルトの村にはタツヤを。ウルストの城にはヨウスケを配置させました。僕たちは他のダンジョンを制作している間、とりあえずこの二人をゲーム内で起動させました。
そして二人の反応を観察することにしたのです。二人とも家の中といった空間から出られないように最初は設定し、彼らの行動というよりは思考回路を調査しました。彼らはまず自分たちの状況を冷静に把握することに努め、そして自分たちがどこからやってきたのかを考えようとしていました。当然、記憶なんて存在しないのであるはずなんかありません。でも記憶がない以外は、普通の人間と同じように物事を考え始めたのです。
部屋の中から開放させると、二人はそれぞれいる村や街を探索し始めました。周囲を探索して情報を集め分析能力もありました。両者とも自分以外の人間を探そうとしていましたね。
このときシュタルトの村はまだ作りかけの段階でした。この村にいるタツヤがよそ見している間に、教会のミニチュアを国見君が面白がって、こっそり設置したのです。当然の話ですが、タツヤはとても驚いていましたね。急に現れ出したわけですから。そのあとも、村長の家のミニチュアを設置してもやはり同じ反応でした。僕たち四人は卓上の世界の外で、その様子を見ながら笑っていました。
僕はまずタツヤと会話してみようと、ゲーム内にログインすることにしました。このゲームには石造りの砦が二箇所設置されていました。ログインする際のゲーム再開ポイントでした。ログインするとその砦の中からゲームのプレイが始まるわけです。
実際に話す彼は僕に似ていました。性格は僕をイメージして作ったのです。これは数式ではなく、僕がタツヤの人形に嘘を付く際に、同時に流し込んだイメージでした。だいたい、僕だったらこう言うのだろうなと思っていた事を話し出しました。
自分がどこから来たのかわからないこと、今日一日どう過ごしていたか、そういうことが話題に出ました。彼は僕たちの想定どおりの分析能力を持っていました。僕は彼にゲーム内での役割を教えました。タツヤは他にたくさん聞きたいことがあったようですが、ゲームの存在は言えませんでした。言ってしまうと嘘がばれてしまうからです。
一方のヨウスケも同じでした。会話すると、タツヤと同じことを話題にしました。
このゲームの起動テストは土曜日と日曜日でした。四人のスケジュールに合わせて、一番都合の良い日だったからです。平日は個人の仕事を片付け、休日返上でゲーム制作作業をしていたということになります。でも楽しかったですね。みんなでわいわい騒ぎながら作っているのは。起動するのが土日だったので、タツヤもヨウスケも不思議がっていました。「何故、いつも目覚めると土曜日、日曜日なのだろう」と。
彼らは土日以外、眠りに付くことになります。平日は出来るだけ暇を見つけてはミニチュアや人形の作業を進め、卓上の世界に追加していきました。そしてまた目覚めるたびに村や街の変化に気づき、観察していました。そういうことが続くから、二人はこの世界の変化に非常に敏感になって行きました。そして卓上の世界の謎を次第に解き明かそうと考えていくのです。




