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2011年、小さな地球と卓上の世界(3)

 ヴンダーアイランドは無事サービス開始の日を迎えた。私はとりあえず担当を外れているので、スタジオには行かなかった。テレビの取材がゲームの世界にログインしていて、朝のニュースでそのレポートの様子が見られた。サービス開始まであと三時間という話になっていた。

 結局、予想通りヴンダーアイランドは段階的にプレイヤーに公開されることになった。ソフトを購入時に封入されている整理番号に合わせてログインする日時と時間が設定された。一度にログインをさせてしまうと、プレイヤーがみんな一箇所に集まってしまい、混乱してしまうからだ。

 初日に送られてきた神谷君の業務連絡メールによると、とりあえず大きいトラブルも無かったらしい。モンスターもダンジョンも正常に起動しているようだった。



 二週間が経った。ヴンダーアイランドに関してはメールでしか連絡を受けていなかった。メールの送信先はいろんなところに送られているようで、記載されている情報もシステムの状態やショップの売り上げなどだった。もちろん全て読んでいる訳ではないので、だいたいで把握していた。数字とか簡潔な記載によってわかりやすく情報はまとめられているが、ゲーム内の雰囲気まではさすがにつかめなかった。

 そんなとき、松浪さんからメールが来た。今度の休日にゲーム内に一緒にログインしないかという内容だった。久しぶりの女性と過ごす休日だった。それはとても男性として情けないかもしれないが、ただ私は嬉しかった。



 待ち合わせはいつもと違う場所だった。松浪さんのマンションだった。彼女の部屋にはウムラウトを接続しているのだ。スタジオ内のウムラウトで良いじゃないかと言ったが、松浪さんは職場に遊びに来ているようだから駄目だと言うのだった。

 彼女の家は何かとおしゃれだった。カーペット、カーテン、家具、雑貨。彼女の性格そのものをあらわしているようだった。

「そんなに珍しい?」

松浪さんはキッチンでお茶の準備をしながら言った。

「あんまり、女性の部屋とかに来ないから。いろんなものがセンスいいなあって」

「普通はこういうものでしょ?」

彼女はコーヒーを私の前のテーブルに置いて言った。

「僕の部屋にはパソコンとベッドくらいしかないんだよ」

「本棚とか、タンスとかは?」

「そういうのはクローゼットの中なんだ。あとはほとんど物を置かないんだよ」

「殺風景なのね」


 私の部屋は確かに殺風景だった。カーペットも敷いてなかったし、テレビやパソコンデスクとベッドくらいしか置いてなかった。ポスターとかも貼ってなかったし、綺麗な家具とかそういうものにこだわりが全く無かった。

 それは昔から変わらない私のスタイルだった。亜季も私の部屋に来たとき似たようなことを言っていた。そして彼女は私の部屋の模様替えをした。完全に彼女の趣味だった。そして亜季のおかげで部屋は少し生活観が出た。

 亜季と別れて私の部屋はまた元に戻った。殺風景だった。私の部屋には誰も来ないことを物語っていた。


 私たちはしばらく、雑談をしていた。テレビでやっている再放送のドラマを見ながらどうでもいい事を話した。そして一時間経ったくらいでゲームにログインすることにした。



 ログインすると草原の真ん中だった。あの松浪さんが作った丸太小屋のあった場所だった。すでにあの丸太小屋の嘘は消えて無くなっている。

「ゲーム制作のときの試作品カードで来たけどいいのかい?」

「いいのよ。別に戦闘する気とか無いし。今日はゲームの様子を見に来たのよ」

そう言って松浪さんはトスターの街へ進み始めた。

 私が降り立った草原付近では他のプレイヤーがログインして現れた。あちらこちらから「おおっ」とか声が上がっている。

「とりあえず好評のようだね」

「そうね、私だって最初ログインしたとき、驚いたもの」

彼女の言うとおり、周りのプレイヤーは驚いて、周りを見回している。私もそういえば、あんな反応だった。ログインするプレイヤーは周囲に気を取られながら歩いているので、その進みは遅い。そのために街までの道のりは行列が出来ていた。みんな立ち止まったりして、持ってきた携帯やスマホのカメラで撮影をしている。

私たちはその行列の隙間を縫うように歩いて街へと向かった。


 プレイヤーの数は多いとわかったが、街へ付くともっと多かった。噴水広場には多くのプレイヤーでごった返している。

「最初はこんなのじゃなかったけど、さすがに二週間経つと、ここまで増えるのね」

松浪さんはそう言った。

「ログインする人が段階的に増えるから仕方ないよ」

私はそう言った。

「しかも城が閉鎖中でしょ? だからイベントが進まなくてプレイヤーの数が溜まっちゃったのよ」

これも私の兵士の嘘が原因だろうか。

「赤羽さんの責任じゃないわ。石川さんが過敏に反応しすぎなのよ」

松浪さんがすぐにそう言った。

「大丈夫。気にしてないよ」


 私たちはショップに行くことにした。遠くから見て人が多いのがわかった。店は大繁盛のようだった。ストラップ、文房具、玩具、お菓子様々なものがあった。

「一店舗は全然足りないんじゃないか?」

「そうね。市場とか作っておけばよかったのにね」

「あれだと、買い物も大変だろう」

「だから空いている民家あるでしょう? あそこに店を出店したらいいんじゃないかしら?」

松浪さんはそう提案した。

「土産物屋とかね」

私はそう答えた。

 店内は人が多くて、商品がなかなか覗けなかった。それでも空いているスペースに割り込むようにして商品を眺めることが出来た。

「ねえねえ、これ可愛くない?」

松浪さんはレーベタイガーのぬいぐるみを手に取った。別にそれは可愛くは無かった。

「うん、まあ」

「もうちょっと楽しんで話に乗ってきてよ」

松浪さんは私の肩をはたく。

「痛いよ」

「ねえ、これ買ってよ」

私は鼻で笑ったが彼女の言うとおり買うことにした。八百円もした。意外と高いと思った。

 店内に出る際に私は言った。

「そういえば、攻略本はすごかったねえ」

「まんま旅行ガイドブックだわ。提携先情報とか多過ぎね」

「多分、版を重ねて改定したものを定期的に出すだろうしな」

「いきなり完全攻略本なんか、さすがに出さないわよね」

私たちの会話はマーケティング調査のようになった。

「お土産とか買っちゃうと、フィールドに出てプレイする気無くなっちゃうわね」

「荷物が邪魔かい?」

「女性には特に不向きだと思うの。バッグを持ってきてログインする人多いでしょう?」

私は周りを見回すと確かに松浪さんの言うとおり、そういう女性が多かった。

「女の人はどうしても出かけるときにバッグがいるもの。男性の人って手ぶらでいいでしょう?」

「確かにね。僕は携帯と財布さえあればいいかな?」

「でも女性は手ぶらで来ないわ。手ぶらで来るのは、ちょっとそれはきついわね。コインロッカーも確かに整備されているけど、やっぱり旅行気分ね」


 私たちは次に街の外へ出ることにした。松浪さんはブレスレットを外すとバッグにしまった。

「赤羽さんも外したら? ブレスレットを持っていないプレイヤーにモンスターは襲ってこないのよ。ゲームもクリアできなくなるし、ダンジョンに入れなくなるけどね」

「これを応用してプレイする人もいそうだね」

「観光目的の人を想定しているんじゃないかしら?」


 私たちはフィールドに出ると、あちらこちらでプレイヤーがいるのを確認した。ところがあまり戦闘プレイしているように見えなかった。プレイヤーの数のほうが多くて、モンスターが足りないのだ。モンスターは一種類あたりせいぜい十匹くらいしかいない。それくらいではないと、フィールドが合戦場みたいな状況になってしまうのだ。

 そのためプレイヤーに動きは無かった。それでもいいかもしれない。ずっと動きっぱなしでは体力が持たないプレイヤーがいるからだ。やはりみんな写真とか撮っていたりしている。

 草原の中でぽつんと建っている小さな建物は公衆トイレだ。そこにある程度人の出入りがある。私たちの普通の日常だった。


 遠くではまた行列が出来ている。洞窟のダンジョンだった。私たちは近づくと、ゲームの舞台に合わした衣装を着た係員が二時間待ちという看板を掲げていた。行列で待っている人は地べたに座っている。嘘で作られた地面なので、服が汚れないからだ。

「みんな疲れているね」

「さすがにどこも行列だから、仕方ないわね」

私たちはしばらくその様子を観察していた。

「あれはね、十分で五十人ずつくらいしか入れないのよ。ひとつの階層に時間をオーバーすると強制ログアウト。時間内に例えば地下一階をクリアしないといけないとかそうなっているの。階層ごとにまた順番待ちがあるの。やっていて結構しんどいかもしれないわね」

「十分? 短いな」

私は驚いていった。

「そうじゃないと行列裁けないでしょ。中は結構ドタバタしているわよ。多分人数が多くてモンスター倒さずにダンジョンクリアも簡単だと思うわ」


 私たちはそのまま他に行く場所は無かった。もちろん開発中にだいたい見てしまっているというのもあったが、行列に並ぶ気も無かった。料理店も満員だったし、どうしようもなかったのだ。どこかゲームなのか、テーマパークなのか中途半端な印象を受けた



 松浪さんの部屋に戻ると彼女は夕飯を作ってくれた。普段ひとりだから、家でする機会の無い鍋を準備してくれたのだ。

「赤羽さんも独身だから家では出来ないでしょう?」

「うん、そうだね。ありがたいよ」

「家では普段料理とか作るの?」

「一人暮らしを始めたときはやろうって思ったんだ。でも長続きしないで止めちゃった」

「らしいわね」

鍋を食べたのは久しぶりだった。独身だからそうなのだが、家に友人が遊びに来るとか飲食店で食べるくらいしか出来ないからだ。二人だけだったから非常にこぢんまりした鍋だったが、とてもおいしかった。

 鍋はみんなで食べるとおいしいとよく聞く。私は今、松浪さんと食べている。今日は彼女と一緒に今までで一番長い時間を過ごしている。


 松浪さんは兵士の人形の話題に触れた。

「このままでいいの?」

「兵士のことかい?」

「そうよ。石川さん、原因を追究するといっておきながら、何もする気ないわよ。忙しいからそこまで手が回らないのよ。もう城は人形ではなく、人間のスタッフにするみたいだし。このままだと赤羽さんが原因なのか、うやむやのまま話が進むわ。チームに戻れる時期が延びちゃうし、最悪戻れなくなるかもしれないわ」

「そうかもね」

「のんびりしている場合じゃないわよ」

「僕もそうは思うけど、あの兵士の嘘は特別不味いことをするはずは無いんだ。とても出来が良い人形だし。だからひとまず安心なんだ。ただ何の目的で行動していたのだろうね。異常発見時は、噴水広場と街の外に出るとすぐの草原の間をうろうろしていたって聞いたけど」

松浪さんは答えた。

「噴水と草原って、つまりログインする場所よ」

「うん?」

「プレイヤーは行った事がある場所なら、最寄のログインポイントからゲームを再開できるのよ。噴水と草原はプレイヤーのログインポイントなの」

「ということは何かそこにあるんだ」

「きっとそうよ。でも嘘がそこに何の用があるのかしら?」

私たちはしばらく考えたが結論は出なかった。


 十時を回っていった。

「今日は泊まっていけば良いのにって言わないの?」

「帰りなさい」

私の言うことに松浪さんはあっさり交わした。

 もう夜は遅いからと言って、私は松浪さんの見送りを断ってひとりで駅に向かった。



 私は松浪さんの言う「このままでいいの?」という言葉が響いていた。そう。このままでよくは無い。きっとこの嘘には何か秘密があるのだと思う。私はユートピア98のことを思い出した。このゲームに関してもうひとり詳しい人がいる。大迫さんだ。


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