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2011年、小さな地球と卓上の世界(2)

 スタジオに行くと昨日と同じように中は忙しそうだった。たくさんの人が往来しているが、その中で石川さんを探す。彼は青木君のところにいた。青木君がパソコンの前に座って、横から石川さんが指示を出している。そばまで行くと、石川さんは私に気づき「少し待っていて」と手で合図した。石川さんはパソコンの画面を指差して、青木君に対してあれこれ指図している。それが終わったようなので、私が石川さんに声をかけようとすると、「もう少し待って」と言って、阿部さんに何やら指示を出している。それが終わっても、すぐに別のスタッフがやって来て、石川さんに何か相談している。打ち合わせはなかなか終わる気配が無かった。

 私は表の世界のミニチュアに近づいて、それをじっくり眺めることにした。島全体にいろんなものが動いている。一番初めにこのミニチュアを見たときと比べてだいぶ賑やかになった。島の中央に位置するトスターの街をよく見てみる。あの円形の噴水広場には蟻のように、人の往来が見られる。草原にはモンスターが歩いているのが確認できた。森からも飛行タイプのモンスターが飛び立っていて、空を往来している。

 国見さんが卓上の世界と呼んでいたことを思い出した。やっぱり、なるほどその通りだと思った。石川さんもそう呼んでいたのだろう。国見さんはミニチュアの制作が終わったあたりでユートピア98の運営はあまり携っていないと言っていた。知りたいことがあれば石川さんに聞いてくれということだった。昨日の兵士の予想外の行動に対して、石川さんは素早い対応を取ってきた。しかし私たちはあまり深刻な問題とは考えていないのだ。それは国見さんもそうだった。石川さんと国見さんの反応の違いから見ると、これはゲームのサービス開始に何らかの問題があったのだろう。おそらくキャラクターに関する不具合だと思う。プレイヤーのマナーが悪くて公開は停止されたと聞いたが、他にも何かトラブルがあったのかもしれない。

 そう考え事をしていたら、石川さんが声をかけてきた。どうやらようやく、長い打ち合わせが終わったようだった。私たちはスタジオを出ると、すぐそばの会議室へと入った。スタジオ内はざわついていたが、会議室は非常に静かだった。外部の音を遮断している部屋だった。さっきとの音のギャップが大きかったので私は少し緊張した。明らかに石川さんは今から私に重要なことを伝える気でいる。



 会議室の中には机が長方形に設置されている。そしてそこに均等にパイプ椅子が置いてある。多人数の会議を想定したよくある机と椅子の配置だった。しかし私たち二人しかいないので、机の長方形の角の位置に私たちは座った。私から見て右斜めの位置に石川さんは座った。

 話が始まる前に、石川さんの携帯電話が振動した。また石川さんは「ちょっと待って」と言って、電話で話し始めた。携帯電話での話が終わると、次は会議室内の電話の受話器を取って内線で連絡をし始めた。打ち合わせの多い人だ。さっきからなかなか話が進まなかった。石川さんはずっとやることがあるが、私はずっと待っているのだ。時間を有効に使っている者と無駄にしている者の構図が出来上がっている。


 電話の会話が終わると石川さんは私に単刀直入に言った。

「今、赤羽君に担当してもらっている定期補修の仕事があるよね。少し言いづらいのだけど、その担当が外れることになる」

さっきまでの長い打ち合わせで待たされたのとは違って、あっさりと石川さんはそう言った。

「私が? 定期補修をですか?」

「そう。昨日の人形の行動があったよね。それで少し原因がはっきりするまで、そうして欲しいんだ」

石川さんはそう言った。彼の口調は落ち着いてはいるが、私には落ち着いて聞いていられなかった。


 そんな私の様子を察してか、石川さんが話し始めた。

「最初から話をしよう。昨日、兵士の動きに異常があった。城の外を出てトスターの街の中を歩き出したのだ。私たちには想定した動きではなかった。そこで原因を調べるために人形を停止させた。ヴンダーアイランドのサービス開始後、しばらく城は閉鎖だ」

石川さんは昨日のことを要約して言った。

「人形の数式とシナリオには何ひとつ問題は無かった。もちろん、赤羽君の人形作りもね。むしろすごくいい出来だと思う。とりあえず、青木君と阿部さんには作業を引き続き担当してもらうことになった。でも赤羽君の嘘は少し違うんだ。君のように物を創造するタイプの嘘つきは対応が難しいところがあるからね」

石川さんは一度間を置いた。

「というのも、物を創造するタイプの嘘つきは特に自分の精神状況が大きく左右するんだ。例えばストレスとかね。それを抱えていると、作り上げた嘘に大きな影響を与えてしまう。最近、何かストレスに感じていることは無いかな?」

「いや、そういうのは無いと思いますけど」

私は自分でそう言いながら、念のためにもう一度思い返した。それでもやはり多大なストレスなんて感じてはいなかった。むしろ仕事のスケジュールはスムーズに進んでいるし、私は仕事では充実している毎日を送っている気がするのだ。

「本当にそういうのは無いんだね?」

念を押す口調で石川さんは聞いてきた。

「ええ。ありません」

私もはっきりと言った。

「問題の人形はもう一度起動させた。それでもやはりそうだった。念のために私はログインして、その兵士に話しかけた。ところが全く会話してくれないのだ。ゲームに関連する話題を振っても何も答えない。そして彼がどこへ向かうのか、ついて行った。しかし噴水広場で立ち止まったり、トスターの街から出て草原でずっと立ち止まったりするんだ。あとは噴水広場と草原を行ったり来たりしている。全く何をしているかわからない。この状態でプレイヤーをログインはさせられない。もし大勢のプレイヤーがやって来ると、どういう行動を取るか、今のところ想定できていないんだ。一応、他の兵士の人形も全てストップさせている。問題はおそらく無いだろうけど、念のためさ。もちろん、君の嘘が本当にそうさせたという確証は得られていない。でも原因がはっきりするため、人形制作とは少し離れたほうが良い。これが私の判断だ」


 私は事情を把握した。しかし嘘を付いた張本人の私でも何故、兵士がそういう行動に出たのか原因がわからなかった。

「石川さんがユートピア98に携っていたときも、似たようなトラブルがあったのですか?」

私がそう言うと、石川さんは表情を変えた。

「まあ、そりゃ知っているだろうね」

石川さんは腕組をしながら下を向いて独り言のように言った。

「ユートピア98には通常の嘘とは違う人形が配置されていたそうですね。学習する嘘と聞きましたが、それに何かあったのではないですか?」

私は石川さんに聞くと、彼は少し悩み込んで黙っていたが、やがて話し始めた。

「まあ、君には話していいだろう。当時あのゲームには人間の嘘を作った。赤羽君のように、人形に対して嘘を付くようなタイプだったね。彼は粘土で人形を作ることで人形の嘘を作り上げていた。それは大変よく出来ていた嘘だった」

「それは国見さんから聞きました」

私は言った。

「そうか。そして私たちは数式で嘘の上塗りをした。ここまでも私たちのゲームと同じだ。しかし、あの当時、数式には二つのタイプがあった。ひとつは今、ヴンダーアイランドで使われている数式だ。とりあえずそれで、一応人間のように嘘たちは振舞うことが出来る。もうひとつは学習する嘘の数式だった。人間のように学び、感情を持つ。これは青木君も扱えない数式だ」

石川さんは言った。そのとき彼の携帯電話がまた振動したが、彼はそれを保留にして私との会話に集中した。

「学習する嘘は優秀だった。様々なことを吸収し、そして考えることが出来る嘘だった。ところが賢くなりすぎたのだろう。ある日、プレイヤーがモラルを欠いた行動をし始めた。すると兵士の嘘がそれに怒り、武装し始めてプレイヤーに危害を与えようとしたんだ。数式ではプレイヤーに危害を与えるような命令はもちろん設定していない。それは嘘つき本人の意識が大きく作用してしまったのだ。粘土の嘘つきは、ゲーム内が次第に荒れていくのに怒りを感じていた。もともと小さなきっかけだった。彼は無視しておけばいいのに、許せなかった」

「ゲームをプレイせずにボール遊びをしていたとか聞きましたが」

「そう。彼は最初それが気にならなかった。私は別に放っておけと言ったんだがね。ところが彼はそうじゃなかった。注意するのはもちろん正しいと思ったが、相手を誹謗中傷するような内容の警告文をゲーム内サイトに載せてしまった。プレイヤーの反感を大きく買ってしまった。もう何を言っても無駄な状態だったな。彼の怒りは頂点に立っていたのだろう。そのときに人形の補修作業をしてしまった。君だって、あるだろう? 嘘を作るときにイメージを送り込むことって。彼は怒り心頭の状態で人形の補修作業をしてしまった。彼の嘘と同時にプレイヤーに対する憎悪を人形に送り込んでしまったのだ。人形はプレイヤーたちに復讐しようと武器を持って歩き始めたのさ。幸いすぐに数式を切って嘘を止めた。だからプレイヤーが襲われることは無かった。しかし、もうゲームの運営は無理だと判断した。ユートピア98はまだ開発中の部分があったが配信停止となったのさ。形式的にはプレイヤーによる炎上というのが理由になっているが、本当は嘘つきがもう嘘をつけなくなったのが理由なのさ」

石川さんはそう言って黙った。


 相変わらず会議室内は静かだった。ときおり、廊下から人の話し声が聞こえたり、何か物音がしたりした。

「私の嘘もそうなるのでしょうか?」

「いや、それは考えにくいと思う。ただ君のようにイメージを送り込んで嘘を付くタイプはまだわからないことが実はあるんだ。君の主観がどのようなものか私はわからない。でも何らかの赤羽君のイメージが原因で人形が動いている可能性もある。もちろん、一方で別のところに原因があるかも知れない。でもとりあえず、原因と対処法がはっきりするまでは、しばらく担当は外れてくれ。腑に落ちないだろうがね。ただ、スタジオにはいつでも様子を見に来てもいいし、何か気づいたことがあったら教えてくれ。ゲームの運営は正直、私でもまだどうなるかわからないことがある。だから、いいアイディアがあったら助けて欲しいな」

石川さんは私のことを気遣って、そう話してくれた。



 私はスタジオを出ると、さっきの話を繰り返し思い出した。私の人形がプレイヤーに危害を加えることはおそらく無いとは思う。しかし、何故あの嘘は言うことを聞かないのだろう。あの不可解な行動には何の意味があるのだろうか。ずっと私はそれを考えていた。


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