2011年、小さな地球と卓上の世界(1)
子供たちが公園で遊んでいる。彼らはダンボールで作った鎧や兜を身にまとい、大声を出しながら走り出す。砂場は砂漠へと、ジャングルジムは魔物のいる砦へと変わる。そこでナレーションが流れる。「子供の頃の夢、現実に」というキャッチコピーのあと、クラフトアベルク・ネクストのロゴが表示されてコマーシャルが終わる。
ここ最近よくこのコマーシャルがテレビで流れる。もともとゲーム内で撮影する予定だったが結局は見送りとなって、別の設定で撮影された。テレビの宣伝にも力が入っているし、マスコミの取材によるアピールも良好のようだった。
ヴンダーアイランドのサービス開始まであと一週間をきった。国見さん、青木君、阿部さんの三人を中心にゲームのテストが繰り返されていた。提携先もショップのオープンに備え、人のログインの回数は非常に多かった。あの松浪さんが描いたトスターの街には人の往来が増え、少しずつ街らしい雰囲気となってきた。
*
私は新年の挨拶を兼ねてスタジオに行った。私は会う社員ごとに新年の挨拶を交わした。スタジオに入ると、至るところで大勢のスタッフがいた。導入されているパソコンとか何らかの機械が増えていたので、いよいよサービス開始まで時間が迫っている実感が湧いてきた。国見さんも、青木君もいた。しかし二人とも忙しそうだった。今のところ、声をかける雰囲気ではないと思った。周囲の人たちも作業に追われていて、私は居場所が無かった。私には作業が無いので、ここにいるのは場違いな気がした。
すると阿部さんが私に声をかけてきた。
「あけましておめでとうございます」
「ああ、おめでとう」
私の相手をしてくれる人がいて私は少し安心した。
「今日は冷やかしですか?」
阿部さんは満面の笑顔で私をからかった。
「違うよ、新年の挨拶に来たんだよ。でもみんな、忙しそうだね」
私は阿部さんに言った。
「もうラストスパートですからね。私はある程度、手が空いていますけど。モンスターのテストもプレイテストも問題無いから、ゲームの機能としては大丈夫そうですよ」
阿部さんがここ最近のスタジオの様子を簡潔に教えてくれた。
私はもう一度スタジオを見回した。様々な人が、せわしなく作業に取り組んでいる。離れたところにいる国見さんと青木君は、互いに何かを話しながらパソコンの画面を覗のぞき込んだりして、ミニチュアを見たりしている。その様子を見ると、もう今日は会話している暇は無いのだろうと私は思った。
「今日はもう行くよ」
私は阿部さんに言った。
「もう行くんですか?」
「みんな忙しそうだからね」
私はスタジオを出ようとしたとき、石川さんとすれ違った。彼は早足で国見さんたちの所へ行く。そして何かやり取りをしたあと、パソコンの画面を見た。私はその様子を見ながらスタジオを出て行った。
*
スタジオを出て、駅に向かっていると携帯電話が鳴った。番号を見るとスタジオの番号からだった。私が電話に出ると、相手は珍しく石川さんだった。
「お疲れ様。まだスタジオのそばにいるのかな?」
彼の電話の声はすごく大きかった。
「ええ。まだ近くにおりますが、何かあったのでしょうか?」
「悪いけど、スタジオに戻ってきてくれるかな?」
石川さんの要求に私は承諾し、スタジオに戻ることにした。さっきのスタジオでの石川さんの様子から考えると何かトラブルがあったのだろうか。考えられるとすればモンスターに何らかの不具合があるのかもしれないと思った。見た目の異常とかそういうものなのかと思った。
スタジオに戻ると、石川さんのところへ行った。周りに国見さん、青木君、阿部さんもいる。石川さんは私を見るとすぐに質問をしてきた。
「悪い。突然だけど兵士の人形について聞きたいことがあるんだけど」
「何かあったんですか?」
私は石川さんに事情を聞こうとしてきた。しかし石川さんは私の質問に、自分の質問で返してきた。
「あの兵士に何か命令したか? 嘘つく際に何か命令とか」
「いいえ、それはありません。私は人間そっくりの見た目を作っただけですが」
「例えば歩くとか話し出すとかそういう命令も無いのだな?」
「ええ。無いですよ」
私はそう答えた。どうやら兵士の人形に何らかのトラブルがあったらしい。石川さんは数回、同じことを確認してきた。表情は鬼気迫る感じがして、少し私は不安になった。非常に大きなトラブルなのだろうか。そんなやり取りが終わったあと、石川さんと国見さんは二人で会議ブースへと行った。
「どうしたの? 何があったの?」
私は青木君と阿部さんに聞いた。
「城の兵士の人形を動かしたところ、一体だけが別の行動を取ったのです」
「別の行動?」
私は聞いた。
「そうなんです。兵士の一体が城の外を出ようとしたのです。通常、兵士たちは城内の中で行動するように設定しているのですが、うまく命令どおりに動いてくれなかったのです」
青木君は事情をそう説明した。
「さっき石川さんに何回も確認されたけど、私はそんな命令はしてないよ」
私は石川さんとのさっきの会話のことを教えた。
「そうですよね。僕の数式も阿部さんのシナリオも、これからきちんと確認するでしょうけれど、そんな設定はしてないんですよ。」
青木君の言うことに私はそうだろうと思った。もともと数式もシナリオも事前に確認していたはずだった。だから城の外を歩く設定だったら、すぐに気付きそうなものだった。確かに少し不思議な現象だった。
「単に歩き出しただけかい? 暴れだしたとかそういうのは無いの?」
私はもう少し詳しく聞こうとした。
「いいえ。そんな行動は認められませんでした。本当に城の外を出ようとしただけです。すぐにその兵士の動きを止めたのですから特に困ったことは無いです」
青木君は説明してくれた。
「変ですよね。兵士の一体だけがあんな予想外の行動を取るなんて。他のは別に異常はないのに」
阿部さんがそう言った。
「数式は正しいものだし、シナリオも問題なしです。赤羽さんの人形作りも綺麗にできていますからね」
青木君の言ったことに次は阿部さんが反応する。
「そうですよね。ものすごく男前に出来上がっていますよね」
「おいおい、あまり褒めるなよ。照れるじゃないか」
私は笑顔で言った。でもその通りだった。あの人形には何ひとつ欠陥なんて無かった。あの人形は私から見ても、かなり出来がいいと思うのだ。
一方で石川さんの反応が気になった。何か深刻な問題が起こったような表情だった。私たちの見解では特別大きな異常があるとは思えない。単にちょっとだけ兵士の人形が想定外の動きをしたからだ。嘘は何も問題は無い。そうでないとしたらウムラウトなどの機器系統になんらかの異常があるのかもしれない。
それに石川さんは国見さんと共にユートピア98の制作と運営に携っていたという。彼はそのときの経験があってのトラブルの対処なのかもしれない。そのときに人形系統のトラブルを目の当たりにしたのだろうか。国見さんは「学習する嘘」のことを話していた。人間のように学習する人形とか言っていた。それに今回と似たようなトラブルがあったのだろうか。ただ今回の人形にそんな高度な嘘はついていない。自ら意思を持って動くなんて考えにくかった。私はそんなことを思い出して、考え込んでいた。
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新年の挨拶を各取引先に回って行って、今年最初の仕事は終わった。帰りはCDショップに寄った。私は期待していたのだろうか。結局あのロックバンドの再結成で作られたアルバムを買ってしまった。特別、再結成が嬉しいという訳ではないし、何となく気になって買ってしまった。だらだら習慣で買ってしまったような気がする。綾香みたいなバンドだと思った。どうせ落胆するはずなのに、何かを期待していってしまう。そんなことを思い出してしまった。
十三年ぶりの新作は、可も無く不可も無くという出来だった。いい曲もあるし、聴き飛ばす曲だってある。ライナーノーツを読んでみる。相変わらず解説に書いてあることは難しくてわからなかった。何であんなにまわりくどい書き方をするのだろうと思った。よくわからない横文字を並べてあって、読み手をあまり考えていない解説だった。ボーナストラックもやはりそんなにいい曲ではなかった。これなら最初から価格の安い輸入盤を買えばよかった。一応迷ったが、対訳が付いているから高い日本盤を買ったのだ。結局、対訳もあまりよく読まなかった。
アルバムのブックレットには来日公演のチラシが同封されている。私は多分、もう行かないだろうと思った。
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翌日、神谷君から私の事務所のパソコンへメールがやってきた。いつも通りの業務連絡のメールである。送信時間が午後十一時を過ぎていた。開封してみると昨日の兵士の人形のトラブルについての連絡があった。
それには兵士の人形の動作確認のため、しばらくの間、城内は閉鎖するという事だった。ちなみにゲームのサービス開始自体は予定通り行う事になった。私にはこれは意外だった。他のメンバーもそうだろう。そこまで深刻な事態なのだろうか。一応、念のため慎重な対応に出たのかもしれないと思った。
しかしヴンダーアイランドのサービス開始は一週間をきっているのに、ここに来ての予定変更は予期していなかった。城が閉鎖となると、ストーリーの進行上、序盤にいきなり詰まるということになってしまう。私はプレイヤーに対する影響が心配だった。
すると携帯電話に昨日と同じくスタジオから着信があった。電話に出ると石川さんからだった。用件は「昨日のことで相談したいことがあるから、午後から来てくれ」ということだった。
この言い方だと私に用があるみたいだった。メンバーミーティングでは無さそうだった。私の嘘に何か問題があったのだろうか。あの人形を制作したときのことを思い出したが、やはり何も問題無さそうだった。そんなことを考えながらスタジオへ向かった。




