2010年、小さな地球(3)
「二人でデートかい?」
国見さんはこの部屋の雰囲気と似合わない陽気な口調で話す。
「話があるのよ」
松浪さんは国見さんのさっき言ったことを無視して話した。
「うすうす気づいていたよ。画伯が俺と話をしたがっているってね」
「それなら話が早いわ」
国見さんは少し間をおいてから喋り始めた。
「でもそう言う時期じゃないと思うね。まだ君にはそういう話題は早すぎるよ。」
「なんでよ。もう私たちは気づいているのよ」
国見さんはまた考え込んで話し始めた。
「でもやはり、もう少しお互いのことを知る必要があると思うんだ。まだそんなに結論を急がなくてもいいじゃないか。俺たちはまだ時間が必要なんだ」
「何の話なのよ?」
「いや、君が俺のことを好きっていう話しなんだろ?」
私は吹き出した。松浪さんは私を睨んだので、笑顔を控えた。
「ふざけないで。ユートピア98のことよ」
それを聞くと国見さんは表情を変えた。どうやら話を聞く気になったようだ。
国見さんは窓の外を眺めながら話し始めた。
「やはり話さないといけないかな」
「私たちはこれからこのゲームがどうなるか疑問なのよ。あれはこのゲームのテストだったのね」
「わかった、最初から話そう」
私はとりあえず、質問は彼女に任せることにした。
「まず、あのゲームを作ろうと思った背景だが、最初俺のところに話が来た。それはモンスター制作担当の奴からだった。俺のミニチュアの嘘を聞きつけてやってきた。ゲームの舞台を作って欲しいってな。最初はそんなことが出来るのかって思ったよ。だが数式の嘘の上塗りが出来る奴とかいて、それで可能と思って参加することになったんだ。お察しの通りこのヴンダーアイランドの試作品だったのさ」
国見さんはそう話してくれた。
「ウムラウトもそのとき出来ていたのね」
松浪さんは確認した。
「ああ。当時はエスツェットと呼ばれていた機械だった。ウムラウトの試作品と思えばいい。エスツェットの機能テストも兼ねていた」
「その機械にも嘘つきが絡んでいるのね」
松浪さんはさっき話していたことの本題に入り始めた。
「まあな。嘘の世界に入り込むには嘘に入る必要があるからな。あの機械は現実を嘘に変える機械なんだ。俺たちはこの世界に嘘の存在になってログインしている。だから嘘の世界で生きていける。一度話しただろ、ミニチュアに虫が止まってもっていう話。あれはそういうからくりがあるんだ」
「なるほどね。でも私たちが嘘となると」
彼女は疑問に思っていたことを察したかのように国見さんが話し始めた。
「心配するな。結局は嘘の皮をかぶっているだけと思えばいい。君たちに何も健康に影響は無いよ。本当は現実なんだから。単にウムラウトを通して嘘の振りをした人間に成るだけと思えばいい」
私は聞いていて少しややこしい気がしたが、時間をかけて理解した。
「あのウムラウトも、エスツェットも石川が作ったものなんだぜ。彼は嘘をつく機械が作れる。だから君たちの嘘とは違って量産が出来る」
「石川さんが?」
松浪さんが驚いて話した。
「そう。あいつがね。機械の原理は全然知らんが、もう嘘をつく機械や技術はどんどん出来ている。ここには何故電気がつくと思う? 何故水道が繋がっていると思う? あれも特殊なケーブルでミニチュアに繋がっているからさ。あのケーブルに通ったものは全て嘘になるからさ。だからこの世界には電気も水道も使えるわけさ。あのケーブルはどこかの企業が作ったとか言っていたな」
「それは知らなかったわ」
松浪さんは私が思っていたことを代弁したかのように言った。
「うかうかしていると、俺たち嘘つきも不要となる時代が来るかも知れんな」
国見さんは笑いながらそう言った。
松浪さんは次にユートピア98の質問を始めた。
「それでゲームはどういう風に配信したの?」
「まずはモニター探しだった。でもそれはこの会社が勝手に探してきたよ。そしてそのユーザーにエスツェットを提供した。たしか100台くらいのはずだ。ゲーム制作は今と似たようなものだったがね。規模はそこまで大きくは無いよ。ミニチュアも今の大きさの五分の一くらいの大きさだった。テーブルくらいの大きさかな。俺たちは『卓上の世界』と呼んでいた」
私は最初に国見さんと話したことを思い出した。
「そう。赤羽君は小さな地球と呼んでいたな。俺たちはあれを卓上の世界と呼んでいたんだ」
「なるほどね。でも小さいわね」
松浪さんはそう言った。
「シナリオが完成するたびにテーブルを継ぎ足して行ったのさ」
「プレイヤーはどういう反応だったの?」
松浪さんは続けて聞いた。
「最初の反応は良好だった。ただプレイヤーは多かったから、段階的にプレイヤーの数を増やしていったのさ。だいたい一時間ほどで四名ずつまでプレイを開放していったのさ。一気にゲームを公開すると混雑してしまうからな」
「じゃあ、今回のウムラウトでもそうするのね」
「まあ、そうだろうな。入場規制をかけるなりして段階的にログインさせるだろう。ダンジョンも時間を区切って入場できるようにするだろうな。おそらくアトラクションみたいなものになる」
国見さんはそう答えた。
「それでそのあとどうなったの?」
松浪さんはそう聞いた。
「そのあと俺はミニチュアの仕事が終わったからゲームの作業にはあまり携っていないんだ。石川のほうが詳しいだろうな。ただテストプレイだったし、ゲームの内容も比較的量が少ないんだ。村と城とダンジョンそれぞれひとつだけで終り。ところがプレイヤーはそのゲームが気に入ったみたいでそのままログインし続けたんだ」
「ゲームは好評だったのね」
「いいや、好評ではあったが意味が違ったらしい。みんなゲームのプレイじゃなくって別のことで遊んでいたんだ。あの世界もこの世界もそうだけど、過ごしやすい気温に設定されている。夏は涼しく、冬は暖かい。みんなボールとか持ってきて遊んでたらしいぜ。それをうちのメンバーの一人が注意したんだ。直接ログインしてプレイヤーにやめるよう言ったりしてな。あとプレイヤーが持ち込んだゴミも問題になった。卓上の世界はどんどん汚れていったんだ」
私は業務提携の意図がわかった。もちろんそれは必要だと思ったが、それはユートピア98の経験に基づくものだったのだ。
「それでもプレイヤーはなかなかやめる人がいなかった。もちろん、ちゃんと注意してやめた人もいたけどな。それで当時ネットでこのゲームの情報交換ということで設置した掲示板があった。そこにそいつが注意の書き込みをしたんだ。でもその書き方が不味かった。感情むき出しでかえって反感を招いたんだ。お前、何様だってな。もちろんそれを擁護する人はいたさ、でも事態は収まりがつかなくなった。掲示板は炎上。そしてゲーム内のモラルも無くなった。それでゲームはこれ以上続けることは出来なくなったと判断したわけだ」
私たち二人は黙って聞いていた。
国見さんは話のまとめに入り始めた。
「これが俺の知っていることさ。まあ、制作のことはわかるけど、さっきも言ったとおり俺はゲームの開始後はあまり知らないんだ。たまに様子見るくらいで。聞きたいことがあるなら石川のほうが詳しいと思うけどな」
私たちはしばらく話すことが無かった。しばらく間を空けたあと、国見さんはまた喋り始めた。
「とりあえず今回のゲームではそんな心配は無いよ。ちゃんと当時の失敗を反省して対策は練っている。ゴミ箱の設置、清掃スタッフの配備。もちろん警備員もいるしな。とんでもないことは起こらないようにしているさ。当時はゲーム制作に関してあまりにも対策が乏しかった。考えもね。他に質問はあるかい? 俺の答えられる範囲でね」
私は国見さんに聞いた。
「モンスター制作の人はどんな嘘をついて作ったんですか?」
「君と似たようなものさ。粘土で人形などの形を作ることで嘘をつくのさ。それを数式で、あとはわかるな。聞いた話ではそいつの掲示板の書き込みがきっかけで炎上していったんだな」
彼は答えた。
「炎上してすぐに違反のユーザーは強制ログアウトが出来なかったの?」
次は松浪さんが尋ねた。
「さあな。当時のエスツェットにそういう機能があったかは知らない。それにみんな優しかったからね。そういう措置を取るのは遅かったのかもしれないな」
また松浪さんが尋ねた。
「当時は何人のメンバーで作っていたの?」
「四人だね。今の俺たちと足りないのは阿部ちゃんがいないことだ。キャラクターには感情が無くて不気味だったんだぜ。数式で無理やり喋らせていたんだな。でもその中で学習する嘘を作っていた」
「学習する嘘?」
「人間にそっくりのキャラクターを作ろうとしたんだ。感情もあり、様々なことを記憶し学習する。そういう限りなく人間に近い嘘を作ろうとしていたのさ。嘘を本物にしようとしてな。それも研究対象らしかった。俺は話しか聞いてないけど、相当よく出来た嘘だったらしいぜ。賢くていろんなことを考えるそうだ。そんなのは教授でも作るのは難しいだろうな。俺たちがチーム一丸となって作ろうと思っても無理なんじゃないか?」
「その嘘つきの人はどうなったの?」
「あの一件以来、嘘をつくのを辞めたそうだ。ショックだったんだろうな。さて、もういいかい? そろそろ仕事だ。また聞きたいことがあったらいつでもおいで。石川にも話を聞いてやるからさ」
そう言って国見さんはログアウトした。
松浪さんはさっきまで国見さんが座っていた玉座に座った。
「なるほどね。だいたいのことはわかったわ」
「炎上の経験があってこういうゲームスタイルなんだな」
「でもウムラウトの試作機、エスツェットでは100台と言ったわ。でも今回のウムラウトは万単位よね。そんな大勢のプレイヤーは捌けるのかしら」
「やはり、順番待ちが起こるかもね。宿屋の予約は一ヶ月待ち。ショップの行列は二時間待ちとかだね。販売のタイミングをずらしたり対応するのが現実的だろう」
松浪さんの疑問にそう答えるのが私の精一杯だった。
「どうやって建物を建てたのか聞くのを忘れちゃったわ」
「そういえばそうだね。少なくとも粘土の人じゃないと思う」
「そうね。粘土で建物はちょっとね。内装は作れそうに無いわ」
私たちはそう納得するしかなかった。
「粘土の人はどうやって学習する嘘を作ったんだろうね。僕の兵士の嘘はそこまで作れっこ無いよ」
「そうよね。私も少し興味あるわ。石川さんに聞けばわかるかもしれないけど、私はあの人あまり好きじゃないしね」
「暇があったら僕が聞いてみるよ」
「まあ、素敵」
松浪さんは棒読みで言った。
「可愛くないな」
「ごめんなさい。そんな顔しないで。あなたの兵隊さんすごいいい顔をしていたわよ。とてもいい嘘だと思うわ。何かいいことでもあったのかしら」
彼女は微笑んで言った。
そうして月日は過ぎていった。全ての過程は終り、いよいよゲーム発売を迎えるだけとなった。




