2010年、小さな地球(1)
ゲームのタイトルが決まった。「ヴンダーアイランド」というタイトルだった。ヴンダーはドイツ語で奇跡という意味だった。直訳すれば奇跡の島である。あのミニチュアから連想して付けられた名前なのだろう。テレビでは記者会見の模様がニュースになっており、ウムラウトとヴンダーアイランドの発売日も今年の年末と発表された。これからは段階的にマスコミをログインさせて取材させるらしい。いよいよゲームの発売に向けて現実味を帯びて来た。
私のゲームキャラ制作もようやくゴーサインが出た。今まではなかなか決まらなかった詳細もようやく決まったというわけだ。私はまたスタジオに行く毎日に戻った。スタジオにはミニチュアが二つ設置されていて、制作チームは最終ダンジョンの作業にあたっていた。
今回制作するミニチュアには中央には大きな城が建っており、周りには草原、森というのはあるけれど、それは毒々しい色をしていた。最終ダンジョンに挑むという世界観は表現できているようだった。私たちは今まで制作していたミニチュアのことを「表の世界」、そして今回作るミニチュアを「裏の世界」と呼んでいた。おそらくゲームのシナリオもそう言う風に表現されるのだろう。裏の世界は一足先に最終ダンジョンの魔王の城が出来上がっていた。あとはこの世界の周囲のダンジョンや少し小規模な街を建設する予定らしい。
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その日、私はスタジオに午前中に行ってキャラ制作をしていた。今まで小さな人形に嘘をついてモンスターを作っていたが、今回は人間なのでマネキンに変えた。というのも人間を作るのは私にとって初めてだったので、私の嘘では等身大の模型でなくてはいけないのだった。私はマネキンと一緒にログインして、表の世界でキャラ制作することにした。業務用のウムラウトではなくても、ある程度の重量までは一緒に荷物が運べる。私はマネキンの二の腕あたりをつかんでログインした。
私は噴水広場に出た。いつもどおり静かで、ときどきモンスターの遠くの鳴き声が聞こえるだけだった。とても作業に集中できる環境だった。私が作るのは城の兵士。事前に見た目だけ作ればいいので特別難しい作業ではない。兵士の衣装を着せられたマネキンに向かって嘘をつく。肌の質感、体毛、瞳の輝き、それらをマネキンに手を触れて忠実に再現していく。一体で二時間くらいの作業になるだろう。
私は持っていた携帯オーディオプレイヤーの電源を入れた。つい最近買ったものだ。私はそれに電源を入れて適当なアルバムを選び再生のスイッチを入れた。持っているこのプレイヤーは最新の機器だった。しかし流れる音楽は昔の音楽だった。私の音楽はずっと過去を見ていた。テレビでは確かに最近の流行の音楽が流れている。しかしここ最近はアイドルソングが非常に強かった。ロックバンドはあまり見ていない。音楽で力のある人の数が少ない気がした。テレビではだいたい同じ出演者、そして懐かしの曲特集がいろんなチャンネルでやっている。名曲は色あせないと聞いたことがあるが、それは大半のリスナーにとって邪魔になるような言葉に聞こえた。ベストアルバムが売れる今、世間のリスナーも私自身も過去の名曲ばかりを聴いているのだ。
そしてそれは私がときどき綾香のことを思い出すのにも似ていると思った。私はいつまで彼女のことを思い出すのだろう。私は少し自嘲気味に笑った。つくづくしょうもない男だと思った。
プレイヤーから流れる昔の音楽は私の作業を大きくはかどらせた。それは歌の入っていないテクノだった。今から五年くらい前の曲だったテクノミュージックの同じような繰り返しのメロディにあわせて人形に嘘をついていく。
作業をしている間に神谷君がログインしてきた。書類らしきものを片手に神谷君はショップの中に入っていって行った。おそらくまた提携先と何らかの商談の準備だろう。彼はしばらくすると彼はショップから出てきて私のところにやってきた。私もちょうど作業がひと段落したところだった。プレイヤーのスイッチを切って、イヤホンをはずした。
「お疲れ様です。すごいですね。本当に人間みたいですね」
「そうだろう。ずっと真顔で一点を見つめているだけだから気味が悪いだろうがね」
私はそう言いながら噴水に腰掛けると、彼も私の隣に座った。
「今日もショップの点検かい?」
「ええ、そうなんです。ちょうどいいのでどうぞ」
彼は私に書類を渡した。それは結構分厚い書類だった。表紙にはショップ概要とある。
「ショップの具体的な計画案が決まったのですよ」
私は神谷君の話を聞きながらページをめくった。そこには宿屋におけるサービス概要、飲食店などのことが書いてあった。そこには集客人数とか、メニューに予定されている食事とか書いてあった。私は特にショップで売られている商品に興味があった。そこには地図、攻略本と表記されている。
「地図とか攻略本とか売るのかい?」
「一応それは予定なんですけど、おそらく」
私には地図は通常ゲームのイベントで得るものだし、攻略情報はたいてい相場では街の人からとか酒場でということに決まっている。実際それらを販売するのはやや心配な事柄である。
「普通はゲーム内のイベントで手に入れるんだろうけどね」
「ええ、確かにそうなんですが、ゲームを運営するとなるとそれだと一度に多い人数を捌けません」
私は以前松浪さんが言っていたことを思い出した。本社の人間はどうやってゲームを運営させる気でいるのだろうと。私は彼の言うことが気になった。
「松浪さんも似ていたようなことを言っていたよ」
「そうでしょうね。例えばですね、街の人から情報収集してまわるというのがゲームでは基本ですよね?」
「うん、それはそうだろうね」
「ですが大量の人間が来るとなると、みんなが同じ人に話しかけないといけないでしょう。そうなると大変ですからねえ。宿屋にある酒場なんか人で混雑しちゃいます」
「なるほど」
「あと、情報収集に回るのはしんどいですからねえ。この街一周するだけでもしんどいでしょうし。何回も知らない人に声をかけるのも面倒くさいでしょう」
私は彼の言うことに納得した。おそらくプレイヤーは旅行感覚でこの街に来るだろう。私もこの街に来るたびにそういう感覚だった。旅行でいちいち人に話しかけるのも面倒だ。
「ですから攻略本、もしかするとガイドブックになるかもしれませんが、どういう風に冒険を進めるのかはネタバレしない程度に表記されると思います。旅行のガイドブックと思っていただけたら。実際の中身は提携先のショップの情報満載でしょうからね」
一応よく考えられていると私は思った。
「じゃあ、ダンジョンはどうなる? 大量の人間が行くと混雑で攻略どころじゃないかも知れない」
私がそう言うと、彼は悩みながら答えた。
「そこなんですね。ずっと話し合っているのですが実際はどうなるでしょうね。僕も上の判断を待つしかないです」
私は話題を変えた。みやげ物の一覧に初めて聞くものが多かったのだ。
「みやげ物はすごいね。モンスターカード、饅頭、おもちゃ等のグッズがいっぱいあるね。」
「ええ、気合入っていますよね」
「ここまで商品が決まっているとなると、ゲーム制作はいつまでに?」
私は制作終了までの期限が気になった。
「おそらくあと半年後までには何とかですね。実際もうすぐ商品の開発に着手するのです。今日のミーティングで皆さんにご説明しますけどね」
私にしては特に問題はなさそうだった。一方で他のメンバーにも特別作業の遅れは多分無いと思った。
「赤羽さんの作ったモンスターに関してたくさんグッズが出る予定ですから、楽しみにしておいてください。では、失礼します」
彼はそう言ってログアウトした。
私はさっきの彼の言葉を思い出した。私のモンスターがグッズになって販売される。今までには無い経験だった。確かに私の作ったうそが雑誌やテレビに出たことはあったが、たくさんのグッズになるなんて無かった。モンスターカード、モンスターのストラップ、もともとモンスターのデザインは私がやったことではない。しかし私の作った嘘がグッズといえども、本物の形になって出てくるのは嬉しいことだった。私は少し機嫌がよくなった。
私は再びプレイヤーのスイッチを入れた。流れる音楽は昔の音楽だった。でもその感動は少し新しかった。テクノサウンドにあわせて心地よく、そして堂々と嘘をついていく。
そのあとの兵士の嘘は非常にいい出来だった。なかなかこれはばれない。私は自分の作った兵士の顔を見つめた。その表情には笑っているとも怒っているとも見えなかった。しかし確かに生きているように見えた。
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ログアウトするとチームのみんながいた。神谷君がさっき私にした話をもう一度する。ほとんど私たちには作業の関係の無い話だった。ただそれにあわせて制作期限が迫っていることを告げた。みんなの表情はいつもと変わりなかった。私たちは言われたとおりに作ればいい。それは松浪さんの言ったことだった。それはとても正しい。しかしゲームの運営には携っていると言えるだろう。これから実際にどのようにゲームを運営されるのかは結局さっきの会話と同じように明らかにされなかった。私たちはずっと中途半端な立場にいてそれは非常に歯がゆいと思えた。




