1998年、卓上の世界(3)
村にはゴミが散らかっている。紙くずのようなものが捨てられていて、それは銀色で光っていたりと色とりどりであった。予言の戦士がやってきて以来、村に起こった変化だった。タツヤはよく村に来るようになった。今までは僕に用があって村に来るのだが、最近は村を掃除しにやって来る。それを僕も手伝うようになった。僕には村を案内することがなくなって特にやることが無かった。そこで僕に割り当てられたこの掃除はなんとなく楽しいものだった。そんな様子を見て僕の掃除を手伝ってくれる人も中にはいたり、村の景観は改善されていった。しかし朝方になるとまたゴミが散らかったりしていて、僕の朝は掃除から始まるようになった。
そんなとき、予言の戦士の二人組みが村で雑談しているのを聞いた。ボール遊びをしている人がまだいるという話だった。その通りで、あの小高い丘付近でボール遊びをしている人が多いのだ。どうやら彼らの話ではゴミも多く散らかっているらしい。僕は掃除が仕事だから、他の場所ではゴミはどうなっているのか彼らに聞いてみた。彼らの話を要約すると草原、森林ではゴミがたくさん散らかっていること、そして旅をせずにいろんなところで遊んでいる人が多いということを聞いた。場所によっては異臭もするというのだった。もう少し聞いてみると、僕とノゾミが通った場所がとくゴミなど散らかっているらしかった。禁煙なのにタバコを吸っているという話も聞いた。
どうもこの世界を守るはずの予言の戦士が次第にこの世界の脅威になっているような気がした。それは最初に僕が彼らに抱いた本当にこの人たちが予言の戦士となのかと言う疑問と合致したように思えた。僕は予言の戦士は信用できない気がした。
その夜、僕はベッドに入ろうとすると、村の外が騒がしかった。僕は窓の外を覗き込んだ。すると誰かが火花がほとばしる棒のようなものを持っている。松明ではないと思う。あれは予言の戦士の魔法か何かなんだろうかと思った。でも魔物と村の中で戦っているわけではなかった。そこには数人の男女が騒いでいて、またタバコを吸っていたりおそらくは酒なのだろう、それを飲んでいた。僕は家の外へ出られなかった。何故かそこから出られなかった。僕はあきらめてベッドへ戻った。僕の意識はそれで途切れた。
*
翌日起きてみて家の外へ出た。村の外はいろんなゴミで散らかっていた。まず燃えカスが多数あった。細い木の棒の先端が黒くこげている。これが昨日見たものの正体なのだろう。次に白い、あるいは茶色い紙の小さな燃えカスを見つけた。タバコというものだろう。それもたくさん散らばっていた。そして金属のような光沢を発している円筒状の物も散らかっている。それはへこんでいたり、ぺしゃんこになって潰れていたりした。僕はまだ形を維持しているそれをつかんでみた。柔らかく、握りつぶせる金属だった。他にも良く見かけるゴミくず、銀色の紙。そういったものがよく散らかっている。今までで一番ゴミの量が多かった。僕はさっそく掃除に取り掛かる。
予言の戦士がやってきた。この光景には次々と来るものを驚かしていた。中には僕の掃除を手伝ってくれたりする人もいた。そうしているうちにタツヤがやってきた。
「ひどいね。これは」
タツヤは言った。彼に数人の予言の戦士たちが話しかける。それはタツヤに何か要求をしているようだった。それはゴミだったり、タバコだったり、ウルストの酒場でのマナーだったりと様々なことだった。僕は掃除をしながら聞いていた。彼が去ると僕はウルストの方の様子が気になって聞いた。
「一体どうしたんですか?」
タツヤはため息をついてから話し始めた。
「ウルストの街がね、ゴミで散らかっていたりしているんだってさ。宿屋とか酒場は大変だったらしい」
タツヤもそう言いながらゴミ拾いを始めた。
「ヨウスケはどうしているんですか?」
僕は気になって聞いた。彼はゴミ拾いの手を止めてしばらく間が空いたあと、
「ヨウスケは元気しているよ」
彼は笑ってそう言った。でもそれは僕に見せる本当のことは答えない、いつものごまかしたタツヤの姿に見えた。僕はもっと問い詰めて聞いてみようと思った。そのときふとノゾミのことを思い出した。あんなことがあったから、僕は話題を変えることにした。
「ノゾミは元気ですか?」
僕はさっきと似たような質問をした。そしてタツヤもさっきと似たような反応をした。
「彼女も元気だよ」
僕はそれを聞いて彼女は元気ではないと思った。あの一件はやはり引きずっていると思った。
「それじゃあ、行くよ」
タツヤはそう言って帰っていった。僕には彼にまだ聞きたいことがあったけど、今日はもう出来なかった。彼の様子からそう言うことは聞けないと思ったからだ。彼はすごく参っているみたいだった。僕は彼の憔悴した顔を見るのは始めてだったのだ。小高い丘の近辺では今日も予言の戦士が遊んでいる。今日の彼は注意しないのだろうか。
僕はタツヤについて考えた。さっき予言の戦士に相談を寄せられていた。話の内容はしっかり聞き取れなかったけど、彼はどうやら慕われているようだった。予言の戦士にとって必要な話は僕もそうだし、村人、そしてウルストの街の人から聞けるはずなのだ。それは旅に役立つ情報だったが、タツヤには何らかの要求をしていた。この村では一番地位の高いはずの村長にではないのだ。
僕は彼と始めて会ったときのことをもう一度思い出した。彼は僕に似ていると言った。それはノゾミも一緒だった。そして彼は僕にこの村のことを知ってほしいと言った。旅人に村を案内するように言ったのも彼だ。ヨウスケは僕たちが旅人のために存在していると考えている。そしてそういう存在にさせているのはタツヤのように感じた。あの突如出来た教会も村長の家も彼の仕業じゃないだろうか。僕にしろヨウスケにしろ、彼に作られた存在じゃないだろうか。それだけじゃない、この世界は全て彼の作ったものではないのかと考えた。そう考えるとタツヤとノゾミのあの反応には辻褄が合うように思えた。
僕はそれはショックというのもあるけど、不思議にそこまでというものでもなかった。実際に楽しかったこともあるし、タツヤに感謝する一方で作られた存在というのもあって、僕には複雑な心境だった。そもそもこれは僕の推測なのだ。まだ確証も得られていない。それはヨウスケの推測に関してもそうだった。これはタツヤとノゾミに聞くしかないと思った。
僕には自分が作られた存在とまだそれは確証が得られていないという不安と安心が交互にやって来る。それは僕を恐怖に陥れたり、前向きにさせたり忙しい心境だった。そんな感情のやり取りを繰り返しながら時間が過ぎていった。
僕はずっと家の中に閉じこもっていた。昼間にはもう僕の案内を必要とする旅人は現れなかったのだ。ずっと村の外はあの子供二人が遊ぶ声が聞こえる以外静かだった。ただ夕方になると外で笑い声がし始めた。それは次第に騒ぎへと変わっていった。僕は気になって外へ出てみた。
村の外へ出ると、あの最初の頃にやってきた三人組がいた。それ以外にも数名の男女がいた。彼らは村の中であの弾む球を蹴って遊んでいる。中にはタバコを吸っていたり、酒らしきものを飲んでいるものがいた。すでに村の通りはゴミで散らかり始めていた。
僕は今日のタツヤの顔を思い出した。僕は彼らに今やっていることをやめるように言おうと思った。そのとき僕はタツヤのことを恨んではいないのだと気づいた。掃除を手伝ってくれた予言の戦士もいたし、その人たちにも応えたいと思った。それにここはノゾミが綺麗だといった村だった。
「ここでそう言うことをするのをやめてください。ゴミは掃除してから帰ってください」
僕は彼らに言った。僕の言うことを聞いて黙って聞く人もいた。その中で彼らのうちのひとりが口を開いた。喋りだしたと言うよりも怒鳴るような感じだった。僕にはその人の言うことがわからなかった。それは言葉が通じないということではない。はっきりと言葉がわかるのだ。ただ意味していることが理解できないのだ。ここでは俺たちが自由だとか、もともと喧嘩を売って来たのはお前らだろうがとかそんなことを言うのだ。彼は僕に舌打ちをしてきた男だった。何人かは彼に落ち着けとか言うし、何人かは彼に同調して僕に何やら言ってきた。
舌打ちの男は足元にあった石を投げつけてきた。それは僕の顔、右の頬に当たった。その様子を見て何人か彼らを取り押さえる。しかし彼はそれでも怒りが収まらないようだった。騒がしかった。その場にいた全員がいろんなことを大声で喋りだす。それは声というより騒音だった。一斉にみんな騒音を出すのでうまく聞き取れなかった。だがあの舌打ちの男の声だけははっきりと聞こえた。彼は僕のことを「作り物」と呼んだ。
すると彼らの仲間の女性が気づいた。仲間のうちのひとりがいなくなっていることに。それで全員いったん冷静になった。彼らはそのいなくなった女性の名前を呼ぶ。するとまたひとりいなくなった。人数を確認するとさっきと比べて確かに二人いなくなっていた。さっきまでは疑問の声だったのに彼らは悲鳴をあげた。次に舌打ちの男がいなくなった。それは僕の目の前で。いなくなったというよりは消えたと言う方が正しい。すると次々にひとりずつ消えていった。僕以外みんな消えてしまった。
僕の周辺にはゴミと弾む球だけが残された。僕の目の前で彼らは消えた。僕にはわからないことが増えた。彼はどこへ行ってしまったのかそんな疑問もある。でも僕はそんなことを考える前に疲れてしまっていた。僕はまたゴミを片付け始めた。
僕が掃除を終える頃には辺りはすっかり暗くなっていた。周囲は静かだった。久しぶりに静かになった気がする。いつもなら予言の戦士がこの時間で行き来して、話し声とか聞こえたりするのだけれど、今日はさっき消えた連中以外の者が来る気配は無かったのだ。今までと同じ静けさだった。ここでノゾミの声が響いたらどれだけ美しいのだろうと思った。
僕は家に戻って明かりをつけた。ふと鏡を見ると僕の顔が映っている。それはいつもと同じ顔だけど、僕の右の頬が汚れている。それは茶色の汚れだった。さっき石を顔にぶつけられたときについた汚れなのだろう。僕は鏡に近づいてその汚れをもっとよく見ようと思った。でもそれは汚れではなかった。茶色の切り傷のようなものだった。僕は傷がついたら今まで血が出て赤くなるのだと思った。でも僕の傷口は赤色じゃなかった。傷から血がついていない。何やら泥のようなものが出てきている。僕はそれをつまんでみた。それは泥なんかじゃない。指で感触を確かめると弾力があって柔らかい。それは粘土だった。土で出来た粘土だった。何回かこねるうちに、乾燥してパラパラと落ちた。
僕は舌打ちの男の言った言葉を思い出した。「作り物」と彼は言った。僕の体は粘土で出来ているのだ。そのとき僕は今日昼間に考えていたことを思い出した。僕らは旅人のためにこの世界にいる。今までどこかにいた記憶なんて存在しない。僕らはこの村で作り上げられたのだ。僕は気付いてしまったのだ。僕は人形であることに。
僕の体は膝から崩れ落ちた。足を触るとそれは人の足ではなく粘土だった。僕は床にうつぶせに倒れた。もういいんだと思った。いつも目覚めると土曜日か日曜日も謎はわからないけど、僕はこれでいいんだと。僕が一番知りたいことがわかったのだ。最後にノゾミのことを思い出した。もう一度彼女と話がしたいと思った。僕は彼女に会えばなんていえばいいんだろう。最後にドアから出て行く彼女の様子が思い浮かんだ。僕はあのとき手を振って見送れなかった。僕は粘土に変わってしまった右手を見て意識が途切れていった。




