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小さな地球 / 卓上の世界  作者: 板日優子
小さな地球の始まりと卓上の世界の終り
22/44

1998年、卓上の世界(1)

 僕の毎日の生活は規則正しいものだった。朝目覚めると、村を適当に散策し、村人といつものように、いつもと同じ会話をする。そして時々は北の門を眺め、あの小高い丘の向こうからヨウスケが来ないかと待っていた。南の門に行っても石造りの砦を見つめてはノゾミがやって来ないかと待っていた。僕はそうやって何回も土曜日と日曜日を過ごしていった。

 ここ最近はノゾミはやって来なかった。僕はたまにノゾミがもうやって来ないのではとたまに不安になった。確かに彼女は予言の戦士で悪の皇帝を倒す使命があった。でもウルストの街へ行ったときもそうだったけど、王様が盗賊の討伐を依頼したのに彼女は単に町へ一泊しただけで帰っていってしまった。あのときの街の様子もこの村の様子も、そして彼女の様子もそうだが悪の帝王が復活するという危機感は全く感じられなかった。ノゾミにはこの世界を救うという切迫した感じは無かった。村人にも悪の皇帝に関して聞いても、恐ろしいことだと言うが、やはりどこかどうでもいいことのように見えた。村はいつも平和だったし、これから恐ろしいことが起こるという予感は全く感じられなかったのだ。

 もう一方で僕はヨウスケにも会いたかった。彼は僕には乱暴な口ぶりで話していたが、頭がいい人だと思った。それはあの十ゴルト硬貨の見識のことだった。あのとき彼はこの世界、村人も街も旅人のために存在していると言った。僕はあのときから村へ戻って彼の分析を確かめようと思った。お金が使えないのもそうだったけど、村人の悪の皇帝に関するあのどうでもよいという感じの接し方が彼の分析を裏付けるものだった。予言の戦士は悪の皇帝を倒すことが目的だ。でも村人は一応怖がっているものの単にそれで終わりなのだ。悪の皇帝もお金、お店、村人、そういうもののように旅の者、つまり予言の戦士のためだけに存在しているのじゃないだろうか。そして僕もヨウスケもそうなんじゃないだろうか。

 僕はこの村にやって来る前の記憶が無い。それは忘れたものではない。最初から無いのではないだろうか。僕の人生は突然ここから始まったのではないだろうか。あの教会と村長の家のように、何も無いところから生まれたのではないだろうか。ノゾミにもヨウスケにも会いたい。でもそれは楽しみと同時に怖かった。僕には前と変わらず知りたいことがある。しかしそれは恐ろしい真相があるような気もした。知ってはいけないようなことが存在している気がした。タツヤとノゾミはそれをおそらく知っているのだろう。秘密の内容もそしてその中にある恐ろしさも。そう考えると彼らの私に問いに対するぼやかした答えは納得がいった。


 久しぶりにノゾミがやってきた。その様子は前とはあまり変わりが無かった。服装はあの街で買ったローブを着ている。

「久しぶり、元気にしてた?」

彼女は僕に笑顔で答えた。

「うん」

僕はそれだけ答えた。

「何か変わったことは無かった?」

「何も変わったことなんて無いよ。君が前来たときと全く同じだよ」

そう言って僕は規則正しい村を見回して言った。

「そのようね。今日はあなたとお話しに来たの」

「盗賊退治はいいのかい?」

「いいの。今日は」

僕は彼女を家に案内した。


 僕は家に着くと彼女をテーブルの椅子に案内した。彼女は簡単に礼を言ってそこに座る。

「今日はお知らせがあるのよ」

彼女は微笑んで言った。

「これからたくさんの旅人が来るようになるわ。にぎやかになるわよ」

彼女はそう言った。

「旅人って君のような人なのかい?」

「そう、私とかタツヤ君のような人が来るわ。多分、次の土曜日か日曜日に」

「僕はその人たちにこの村の案内をするのかい?」

「そう。私にやったようにね」

僕はしばらく考え込んだ。

「大丈夫よ。私のときと同じようにすればいいの。何も難しいことは無いわ」

「じゃあ君と同じように村長の家や武器や防具の店を案内すればいいんだね」

「そうよ。簡単でしょう」

彼女は微笑んだ。僕は少し戸惑ったが彼女に話そうと思った。

「予言の戦士なのかい? その人たちも」

「そうかもしれないわ」

「予言の戦士は何人いるんだ?」

「そんなの私は知らないわ」

彼女は知らないといったが、それは話を早く打ち切るように聞こえた。今までもこういう場面は何回か見た。

「もしその人たちが予言の戦士だとしたら、フォイヤの炎をあの洞窟へ取りに行くのかい?」

「ええ、私と同じ試練を受けると思うわ」

「でもあのフォイヤの炎は君が持っているじゃないか」

「あの洞窟には何個もあるのよ。ねえ、もっと楽しい話をしない?」

「それじゃあ、あれを村長のところへ持っていけば最後のカギを予言の戦士は受け取ることになる。でもそのカギを君は持っている」

彼女は黙ったまま答えなかった。

「まだある。君はあの街へ行ったとき、夜どこに行っていた?」

「言ったでしょ。ご飯を食べに行くって」

「酒場には君の姿は無かった。僕はヨウスケと見に行ったんだ。食事する場所はあそこしかない」

彼女は髪を書き上げて上のほうを見つめた。

「あそこの食事は僕らは食べられないんだ。僕だけじゃなく街の人も。単に酒場の振りをしているだけのようだ。あの教会だってそうなんだ。みんなお祈りに行くんだ。でも特別何を祈っている様子は無い。まるでそうするように仕向けられている感じがするんだ。教会のふりをするようにと」

僕は少し話をこのまま続けようか迷った。彼女の表情は今まで僕がいたものとは違っていたからだ。

「賢くなったのね」

彼女はようやく話した。

「僕はまだわからないことがあるけど、少しわかり始めた気がするんだ。お金もこの世界の人もそして魔王も全ては旅の者のために存在しているんじゃないかって。これは僕が考えたわけじゃないけどヨウスケの考えなんだ。僕もここ最近そう言う風に考えるようになった。誰も魔王のことはどうでもよさそうだしね。ひょっとしたらモンスターは僕を襲わないかもしれない。そいつらも旅人のためにしか存在してないんじゃないかな」

ノゾミは黙ってままだ。

「君は明らかに違う。村の人たちと。あのヨウスケはまた違うけど、君は全然違うと思う。手が温かいし。話していて楽しいし。君が防具屋で着替えているのは何か変な感じがした。感じるものが全部違うんだ。君はどこから来た人なんだい? 僕はどこから来たんだい? いや、僕は多分どこから来たとかじゃない」

そのとき彼女は言った。

「もう、やめましょう」

「いや、僕の話は続いている。僕はきっと… …」

「もうやめましょう」

ノゾミは怒ったように大きい声で言った。僕は彼女のそう言うところを初めてみたから驚いて話すのをやめた。僕らはそこでしばらく黙ったままだった。彼女とベッドで二人で座って過ごしたあの時と同じ静寂だった。同じといっても静かなだけだ。でも僕の感じているものはあの時とは全然違ったものだった。

「ごめんなさい」

彼女はいつもと違う声で言いながら指で目をこすった。泣いているのだ。僕は彼女が泣いているところもそうだし、人が泣くのを見るのも初めてだった。僕は泣いているとか涙とかそれをどこで知ったのだろう。やはり僕には以前の記憶がどこかにあるのだろうか。

「もう、帰るわ」

彼女はそう言って、椅子から立ち上がり玄関のドアを開けた。僕は彼女を見送ろうと思ったが何故か出来なかった。ただその場で見送るというよりも、見ているだけだった。


 僕は夜ベッドで今日起こったことを考えていた。僕はやっぱりあのことを聞かないでおいた方が良かったのだろうか。彼女が泣いたとき、どうすればよかったのだろう。僕はノゾミと最初に会ったとき、そして今日までのことを思い出した。それを繰り返し、繰り返し思い出した。僕は今日はもう眠れないと思っていた。それでも僕の意識は途切れていった。


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