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小さな地球 / 卓上の世界  作者: 板日優子
小さな地球の始まりと卓上の世界の終り
21/44

2009年、小さな地球(8)

 それからしばらく私はスタジオに行く日があったり、無かったりの毎日を過ごしていた。どちらかといえばスタジオに行かない日のほうが多くなった。モンスター制作に関してもあまり連絡は無いことから、おそらくこれといった問題は無いだろう。神谷君から送られてくるメールには各メンバーの進捗状況が知らされている。私には特に作業は無いし、阿部さんにもシナリオもほぼ完成しているらしかった。青木君は数式の設定がまた残っているらしく、松浪さんは城とダンジョンの制作作業にずっと携わっているようだった。ミニチュアの制作はほぼ二人の仕事が完了するのを待つだけであった。

 ただそれでもまだゲーム制作は残っている。最終ダンジョンに関しては国見さんが別のミニチュアを制作することになっていて、ゲームに登場する魔王の城の建設などが予定されている。この作業に関してはもちろん当初から予定はされていたが、計画自体が二転三転し、まだ詳細が決まっていなかったのだ。私はすでに最終ダンジョンのモンスターを制作し終えていたが、青木君と松浪さんは国見さんの仕事が終わり次第ということになった。私にもゲーム内に登場するキャラクターの制作がまだ残っているが、まだそれに関しても指示は無い。

 ここ最近、私は事務所の仕事のほうが多くなった。ゲームに関する仕事があまり無い分、特に忙しくも無い毎日だった。そんなとき、神谷君から電話がかかってきた。なんでも城が完成してミニチュアの作業が一応全部終了したということだった。もしも時間があれば見に来ていただければという内容だった。私は得意先を回って、嘘をついてから久しぶりにスタジオに行った。



 スタジオには新しくミニチュアの土台が置いてあった。まだその上には何も設置されてはいない。ただあのミニチュアのように同じケーブルが何本か土台から乗っていた。私はその土台だけのミニチュアを見ていたら横から神谷君が声をかけていた。

「お久しぶりです。これが魔王の異界の島ですよ。まだ制作はこれからですけどね」

土台の大きさからして私たちが今まで作っているものはやや大きさが小さかった。

「すごいね。どんな風になるのかな」

私は神谷君に聞いた。

「そうですね。暗い空のいかにも邪悪な風景みたいな感じにしたいと国見さんが言っていましたよ」

私はなるほどと答えて次はもう一方のミニチュアを見た。島の中央には城が建っていた。最初に見たときよりも島のミニチュアは生きて見えた。中央には城と城下町が位置している。平原にはモンスターがうろうろしていて、森からは翼竜が編隊を組んで飛び立ったっていた。島のあちこちにも砦や、塔が建っていていたり、洞窟も確認できる。昔テレビで星は生きているというようなことを聞いたことがあったが、そのとおりだと思った。鉄道模型が走っているミニチュアとは違う。まさしく小さな地球だ。


 ふと国見さんは私がそういったのを聞いて笑っていた事を思い出した。

「そうだな。そういう呼び名もあるな」

彼はそう言っていた。国見さんはユートピア98の制作に絡んでいた。おそらくミニチュアの制作をしたのだろう。その頃は国見さんたちのチームは何か別の呼び名があったのかもしれない。

「さっそくログインしてみますか?」

神谷君が提案してきたので、私はそれで我に返った。

「そうそう、完成したんだってね」

私はそばにあるウムラウトに気がついた。機械にはあの赤いカードがささっていて、緑色のランプが点灯している。

「松浪さんが今ログインしていますよ」

「まだ仕事中なの?」

「さあ、何でしょうね」

神谷君は首をかしげて答えた。私は懐のポケットからカードをとりだし、ウムラウトに差し込んだ。ログインしようとするとパソコンの前の青木君に気がついた。私は彼に右手を上げて挨拶のメッセージを送る。彼が椅子に座ったまま首だけで簡単な会釈をするのを確認してから、私はログインした。

 


 私は噴水広場に出た。いつもならあの丸太小屋の前にログインしていたが、今日は違った。設定でも変えたのだろう。ぐるりと周りを眺めると、宿屋とショップが立ち並んでいた。あの計画書の空白が埋まり、街としての景観が完璧に備わっていた。ただ欠けているのは街の声だろう。ひっそりと静まりかえっていて、やはり不気味に思えた。そんなときスーツ姿の一行が見えた。提携先の人だろう。社員が案内している。おそらくマーケティング調査とかじゃないだろうか。

 私は城に向かった。正門といえばいいのだろうか、開きっぱなしになっている。玄関に入ると、目の前には広いロビーが広がっている。壁には大きな絵画、中央には女性の裸の石像が立っている。床には赤いじゅうたんが敷かれていて、私は圧倒された。童話の世界に入り込んだと言ってもいいし、海外旅行に来たとも言える。私はいろんなところを見てみたいと思ったがとりあえず、二階へと向かった。

 階段を上がると、そこにもたくさんの美術品が飾ってあった。壷、時計、様々なものが並んでいる。まるで芸術館だ。すると足音が聞こえた。正面の部屋から出てきたのは松浪さんだった。

「ようこそ」

松浪さんは微笑んで言った。

「すごいね、綺麗だよ」

「そう? 苦労かけて作った甲斐があったわ」

「いいや、君がだよ」

「バカね」

私の冗談に彼女は笑いながら言った。


 松浪さんは私に城を案内してくれた。彼女はどの絵画を参考にしたのだとか、いつの時代を参考にしたのかを説明してくれた。私には彼女の話はよくわからなかったが、十分楽しめた。そこで少し疑問に思ったこともあった。打ち合わせではデザイナーが建築のデザインをすべてやることになっていた。最初に松浪さんにあった頃、彼女は自分の作った丸太小屋のことを最初で最後のデザインと呼んでいた。そのとき彼女の不満そうな様子を良く覚えていた。

「あれ? 城のデザインは君がやるんじゃなかったろう?」

「そうだったけど打ち合わせで私のアイディアを出したのよ。それがいくつか採用されているの。街にもいくつか私が提案したデザインが採用されているのよ」

彼女はただ言われているだけで仕事をしているわけじゃなかった。そこには私と彼女との間に嘘つきとしての差を感じた。その彼女の姿勢は私の仕事との接し方をどこか見直さなくてはいけないのではないかと考えさせるものだった。

そのあとは玉座に座って王様気分も味わえた。本当に観光旅行ツアーのようだった。ゲームとは関係なしにそう言うサービスもあってもいいかもしれないと思った。

 

 最後に私たちは城のバルコニーに行った。下には城下町の全体が見渡せる。夕日が昇っていて、赤く街全体が染まっていた。私はしばらくその様子を一度見渡してから、バルコニーの手すりに両肘をついてもっとよく見ようと思った。松浪さんも私と同じようにして私の隣に来た。

「ようやく完成したわ。とりあえずひと段落ね」

彼女は言った。

「いや、すごいね。本当に」

私はまた感想を言った。

「赤羽さんもまだ仕事残ってるんでしょ。キャラ制作だっけ?」

「うん。まだ制作の指示が来ないけど」

私がそう言うと彼女は少し呆れぎみで話した。

「全く、いつまでかかってるんだか」

「キャラの話かい」

「そう。最初からキャラ作りなんて決まっていたじゃないの。でも時間がかかりすぎよ。いまだにデザインとか決まってないらしいじゃない」

「まあ、忙しいんだよ」

私も彼女と同じことを考えていた。もう一年以上経っているのにキャラ制作にはひとつも着手していなかった。ただモンスターとは違って人間のように話す、動くというのは非常に難しい嘘でもある。だから時間がかかっているのだろうと思った。

「ショップもきちんと出来ているじゃないか。街らしくなったよ。本当に綺麗な街だと思う。まさしく夢の世界だね」

私は話題を変えた。

「そうよ。夢の世界よ。まるでテーマパークだわ」

彼女の表情はやや考え込んでいるように見えた。

「つまり?」

松浪さんの機嫌が悪いのかどうかわからなかったが、私は彼女が何を考えているか聞きたいと思ったので様子を伺いなら尋ねた。

「テーマパークとか遊園地とか行ったことある?」

彼女は私の質問に質問で返してきた。

「うん。まあ、あるよ」

「あれって行列とか出来るじゃない。一時間待ちとか。この街もそうなるわ」

確かにそう思った。ウムラウトの販売台数にもよるが、おそらく万単位の人数になるのだろう。

「多分、万単位のプレイヤーになるとすごい混雑よ。宿屋はずっと予約待ちね。ショップは何とか買い物できるけど、大勢のお客さんで大変なことになるわよ」

「確かにそうなるだろうね」

「あと、ダンジョンよ。あれも観光ツアーになるわ。一度に大量のプレイヤーがログインするとなると、迷路のようなダンジョンとか関係ないわ。だからあの塔とかそうだけど、狭い通路なんて無いの。みんな剣とか振り回して怪我しないようにとかの配慮だわ。おそらく大量にプレイヤーがログインすることを見越しての設計なのね。普通のゲームには宝箱がダンジョンにつき物だけど、このゲームにはひとつも出てこないわ。たぶん、それも大人数が一度に同時にダンジョンにやって来るプレイ前提なのね」

私はバルコニーから見える塔を見つめた。この島で一番高い建物だった。私は一度考え込みながら言った。

「どうやって運営していくんだろうね」

「さあ。私たちは言われたとおり作るだけだから。でもテーマパークのように運営のノウハウを使ったものになるでしょうね」

「うん。それなら大丈夫だよ」

私にはそう言える根拠は無かったがとりあえずそう答えた。

「そうね」

彼女はそう答えたが表情は晴れない。どこかでモンスターの鳴き声が聞こえた。それ以外はやはり物音なんて聞こえなかった。噴水広場にはあのスーツの一行がいた。建物を指差しながら社員の人が何やら説明している。他の人たちはその方向を見ていたり、手に持っている書類のようなものを見ている。松浪さんはその様子をじっと見ている。さっきの会話のことを気にしているのだろう。怪訝な顔つきだった。


 私は彼女の手を取った。そして誰もいない噴水広場に向かってもう片方の手を振った。

「何よ」

松浪さんが聞いていたので答えた。

「なんちゃって王族ごっこ。よくやっているだろ? 海外の王族とか民衆に手を振っているじゃないか」

「バカね。あの人たち見ているわよ」

松浪さんはそう言ったが、私と同じく王妃のような上品な仕草で噴水広場の見えない民衆に手を振った。


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