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小さな地球 / 卓上の世界  作者: 板日優子
小さな地球の始まりと卓上の世界の終り
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2008年、小さな地球(2)

 私は両手でボールを持つように地球儀を持った。私は頭に地球のイメージを浮かべる。そして地球儀を磨くようにして経線と緯線を消す。続けて日付変更線、そして国名、海洋の名前も邪魔なので消す。神谷さんはそれを黙って見ている。この地球儀には国境線が敷かれていて、国ごとの領土が色分けされて塗られている。当然これらの淡い緑、黄、青そしてピンクといった色を親指で拭うように、すべて人工衛星で撮影された緑に塗り替える。海洋もすべてはっきりとした真っ青に塗り替えた。後はアフリカ大陸が全部緑に塗り替えてしまっていたので、サハラ砂漠のオレンジに塗り替えた。後はグリーンランド、そして見落としやすい南極大陸を真っ白に塗る。もう少しリアルに見せたいので適当なところに雲を書き込んでおく。ついでに東南アジアの赤道付近に台風1号を発生させた。最後は仕上げに太陽の反射で輝く様を再現した。地球儀は嘘でかたどられた地球になった。ミラーボールのように輝いていて神谷さんの顔を青く照らしている。

「これ、触ってみても良いですか?」

私が了解すると、彼は指先で嘘の地球をつついていた。元の地球儀と同じコツ、コツという音が鳴った。

「見た目は地球そっくりなのですが、材質は元のままなんです」

私は彼の目の前で出来た嘘の確認の補足をしてあげた。

「これは例えばサッカーボールでも地球に出来るのですか?」

「それは難しいかもしれません。私の認識か、それともサッカーボール自体がそうなのか私にはわからないのですが、やはりサッカーボールであるという認識が根付いてしまって嘘に引っかかってくれないのです。こういうときは地球に一番近い形の地球儀がうまく嘘に引っかかってくれます」

神谷さんは自分なりの理解を確認するように

「それじゃあ、銀行のカードをクレジットカードに出来ますか?」

と聞いてきた。

「ええ、同じカードですからね、そういうことは出来ます。ただし銀行でお金を下ろすことしか出来ません。やはり嘘ですから、買い物をしようとすると機械に通したときエラーが出ちゃうでしょうね。嘘で作れるのは結局見た目だけなのです」

神谷さんは私の説明を聞いて納得した顔をしたが、すぐに疑問の表情に変えた。

「でもあの嘘の地球は何故輝いているのですか?元はやっぱり地球儀なのでしょう?地球儀は輝く訳が無いですよね?」

「そう思いますよね。でも簡単な動作なら命令で動かしたり話をさせることもできます。地球儀が光るのはある程度まだ私にとっては簡単な嘘です」

神谷さんは嘘の地球に再び視線を戻した。

「これ、携帯で撮影させて頂いてもよろしいでしょうか?」

おそらく私がどういう嘘をつくのか会社の上司や制作チームの人に見せるのだろう。私は彼の言うことに承諾した。すると彼は正面から、次は椅子から立ち上がって上から、そして少ししゃがむような低い姿勢で嘘の地球を撮影した。

「今日はすごいのを見させて頂きました。ありがとうございます」


 私は感触から言ってほぼ商談は成立したと感じた。そこで私の捉えた感触を肯定するように神谷さんは近いうちに連絡しますと行って帰社の準備を始めた。もう夕方の五時になろうとしていた。

 神谷さんが帰ろうとした際に私は確認した。

「大迫さんに缶コーヒー半ダースのセットを頂いたんですね」

「ええ、そうなんです」

神谷さんは笑いながら答えた。大迫さんは事務所にやってくる営業の人に帰り際に缶コーヒー半ダースのセットをあげる事を習慣にしていた。営業の苦労というのを理解しているのであった。だから飛び込み営業も時間があえば断らず聞いてあげる人だったし、商談が不成立になっても缶コーヒーをいつもあげていた。それは事務所に勤務する営業の感謝だったのだろう。仕事を取ってくるのは営業である。そのおかげで大迫さんには仕事があるのだった。だから営業の人を大切にしたいという気持ちがあったのだ。それは自分の事務所の営業にも他社の営業の人に対しても同じだった。

「もしよろしければどうぞ」

そういって滝本さんが笑顔で駄菓子の詰め合わせを神谷さんに渡した。神谷さんはそれに笑顔でお礼を言って受け取った。私の事務所でも営業の人を大切にする方針だ。私は大迫さんのそういうところを真似しようと独立したとき考えていた。もちろんとっても粗末な贈り物だが、滝本さんに渡されるとみんな嫌な顔はしない。滝本さんはこの事務所にやって来る男性を全員笑顔にするだけの可愛らしさがあるのだ。私は滝本さんと一緒に丁寧にお辞儀をして神谷さんを見送った。



 デスクに戻る私に武田君が低い声で尋ねてきた。さっきの話が聞こえていたのだろう。

「ウムラウトの話ですか? モンスター制作とかクラフトアベルクとか言っていましたが」

「うん、何でもオンラインRPGとかそういうゲームらしいね。仮想空間にプレイヤーが集いゲームをプレイするらしいよ。それに登場するモンスターの嘘をクラフトアベルクさんに頼まれたんだ」

彼らは当然秘密を守るだろうし、私は簡単に答えた。

「すごいじゃないですか。クラフトアベルクといえばRPGですごく有名ですよね」

「そう。今回のゲームでクラフトアベルク・ネクストという会社を新しく作ってそこでゲームを制作するとか言っていたよ」

私は神谷さんのプレゼン資料と名刺を武田君に渡した。滝本さんも横からそれを覗いている。プレゼン資料のページを何枚かめくった後に滝本さんが何かを見つけたらしく、さっきのページに戻ってと言った。

「私この人、知っていますよ。前にテレビでこの人の嘘が紹介されていましたよ」

私も武田君も滝本さんが指さした名前に目をやる。そこには国見武彦と書いてあった。

「たしかお化け屋敷を作った人でしたよ。幽霊の嘘とかそういうのを造っていたと思います」

「ああ、この人がそうなんだ。たしかそのお化け屋敷は順番待ちで三時間とかだったな」

武田君も知っている人らしい。

「その人はどんな嘘を付くんだ?」

私は興味があったので尋ねた。しかし、二人ともそこまでは知らなかったらしい。そこで武田君はパソコンに座り、なにやら調べ始めた。

「あっ、これですね」

私と滝本さんは武田君のパソコンを左右それぞれから覗いた。それは一般の人が今まで体験した嘘が画像入りでまとめられていた。この国見武彦という人物が付いた嘘の一覧が掲載されている。そこにはさっき話題に出たお化け屋敷や迷路、脱出ゲームなどが紹介されていた。どうやら建物に嘘を付いているらしい。そうやって特化した建物をサービスとして提供している人なのだろうか。

「これだとダンジョンを作る人なのでしょうかね」

武田君は私に聞いてきたが、多分そうだろうとしか言えなかった。近いうちに本人に会えるはずだろうから、そのときに確認できるだろう。


 しばらく三人でその嘘の一覧を見ていて談笑していた。滝本さんが今度三人でここのお化け屋敷に行きましょうよとかこれ面白そうとか言うから会話が盛り上がってしまったのだ。そんなことをしているうちに五時半を過ぎてしまっていた。私はそろそろ仕事を片付けようとデスクに戻ろうとしたとき武田君が何かを見つけた。

「赤羽さん、これは何でしょうかね」

私は言われたとおりパソコンの画面を見てみると「ユートピア98」というゲームが紹介されていた。そこにはゲームの説明が書かれていた。


【ユートピア98】

世界初の仮想空間オンラインRPG。配信開始は1998年。プレイヤーの数は限定されていたが当時ネットで話題になった幻のゲーム。最初は好評であったらしいのだが、運営の対応の不手際でプレイヤーたちの反感を買い炎上。結局、配信後半年でこのゲームのサービスは停止された。


「世界初の仮想空間オンラインRPGと言っていましたよね?」

武田君は私に確認して来る。確かに神谷さんはそう言っていた。そしてもう一度プレゼン資料を確認してみる。すると疑問はすぐに解消された。プレゼン資料には「有料ソフトとして世界初の仮想空間オンラインRPG」と記入されていた。私は二人にそれを見せるとすぐに納得してくれた。

「しかしこの頃にもうこんなゲームが出ていたのですね」

武田君は驚いて言った。私もそうだった。

「でもどうやってプレイしていたんでしょうね」

滝本さんの疑問で私も気付いた。そうなのだ。どうやってプレイヤーを仮想空間に転送させていたのだろうか。そういう嘘を付く人がいたのだろうか。そしてこのゲームも一体何人の嘘つきが制作に参加していたのだろう。制作者は「ユートピア98プロジェクト」としか記入されていなかった。十年前のゲームである。プレイヤーの数も非常に少なかったらしく他に調べてみてもろくな情報は得られなかった。

「1998年のゲームだからねえ、当時のホームページとか削除されているだろうね」

私はそういって降参した。

「こっちは無料なんでしょうね。きっとフリーゲームのようなものでしょう。きちんとした会社で運営されていなかったでしょうから、早い段階で配信停止になったのでしょうね」

武田君は自分なりの見解を述べてくれた。私もおそらくそうなのだろうと思った。


 今日は金曜日だ。私はもう早く帰ろうと思った。そうした方が二人のためだと思ったからだ。何ひとつ彼ら二人が付き合っているとかそういう根拠は無かった。でも私はそうした方が良いのだろうと思うのだ。私は武田君に戸締りのことを頼むと帰り支度を手早く済ませて事務所を出た。帰りの地下鉄でこれからの予定を考える。まず今注文を取り付けている得意先との仕事もおろそかにしてはならない。そしてこのゲーム制作のプロジェクトと両立してやっていかなくてはならない。武田君独りに営業を任せるのも大変だろうし、私の嘘の付く量もこれからだいぶ増えるだろう。私は覚悟していかなくてはいけないと思った。会社勤めと違って独立したものは一年中金儲けのことを考えないといけないだ。そうは言うものの、まだ不確定事項が多い。私には今の仕事と今回のゲーム制作の両立という漠然とした予定しか立てられなかった。

 私はさっきのユートピア98というゲームのことを思い出した。今から十年前に作られていたのは驚きである。一体どこの誰が作ったのだろう。そしてどういうゲームだったのだろう。配信停止になった理由も気になった。


 ユートピア98が制作された十年前、一九九八年。私はその頃大学生だった。この年に私は二つの嘘をついたことを思い出した。ひとつはイナに嘘を付いた。その子のペンケースについていたキーホルダーのシロクマの人形を動かしたのだ。これが私の嘘つきの始まりだった。おそらく元気にしているとすると、今あの女の子は21歳になっている。

 そして綾香のことを思い出してしまった。私は彼女にも嘘を付いた。しかしそれは今までついた嘘とは全く違うものなのだ。武田君と滝本さんの微笑ましいやり取りを見てどこか懐かしく、寂しくも感じてしまうのは私と綾香のやりとりを思い出してしまうからだ。綾香と別れてもう八年が経った。もう彼女は誰か別の人と結婚しているのだろうか。彼女も私と同じ三十歳。おそらく結婚しているのだろう。

 

 そして週が明けた月曜日。神谷さんから連絡があった。正式に私を制作チームのメンバーとして採用することが決まったと言うことだった。


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