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小さな地球 / 卓上の世界  作者: 板日優子
小さな地球の始まりと卓上の世界の終り
19/44

2009年、小さな地球(6)

 六月になった。作業部は引越しとなった。十四階のオフィスではこれからの作業には狭すぎると言う事だった。そしてゲーム配信開始とあわせて様々なシステムもあわせて配置したほうが良いからである。引越し先はスタジオのような大きなスペースとなった。今までと違っていて天井がだいぶ高い。島のミニチュアは一度解体したあと再び組み合わせて設置された。配線ケーブルや様々なコード、チューブなどそれは私がなんと表現すればよいかわからないが、以前よりも本数が増えていた。連日様々な業者がスタジオに出入りし、ミニチュアの土台の配線をいじったり、ゲームにログインしたりと騒がしくなった。今までの私たちが五人で作業しているときとは全く様子が違っていた。

 私のモンスター制作の作業はだいぶ進んでいて全ての作業が終わる頃に来ていたが、何回もネクストの人間がやってきてはデザインの一部変更など作り直しが多数あった。また大きな設定変更も追加された。それは城を作ることであった。私たちはこれを聞いて大きく戸惑った。阿部さんに関しては王族のシナリオを書いてみたいらしく、やる気を見せていた。ただその一方では青木君と松浪さんの作業の大幅の増加により困惑していた。そしてそれは本社の人間に対し不信感を抱いていたようだった。

 そしてそれは神谷君も同じだった。モンスターの度重なる設定変更、城の急遽出てきた制作予定、そして提携先との調整によりネクストとスタジオの行ったり来たりをしていた。彼は今クラフトアベルク・ネクストと制作部の私たちのパイプ役であったはずだが、それは次第に板ばさみの図式に変わりつつあった。



 そんなとき、青木君のところに神谷君がやってきた。何やら話し込んでいるようだった。私は阿部さんとギルド関連のイベントで少し離れた場所で簡単な打ち合わせをしていた。他にもミニチュアの下にある基盤をいじっている人がいたり、パソコンで作業をしているネクストの人間が数人スタジオにいた。

「もうすぐゲームのホームページが開設されるらしいですね」

阿部さんが私に小さい声で話した。

「何でそんなことを知っているの?」

私はそう言うことを会議でも聞いてなかったので少し驚いて聞いた。

「神谷さんが持っている資料がさっきチラッと見えたんですよ。それにホームページのイメージ画のようなものが書いてあって、メモ書きにクリックとかそう言うことを書いてあったんでそうかなあって」

たしかにそろそろホームページの作業も始める時期だろうと思った。ある程度作りかけにせよゲームの全体の形が出来上がっているからだ。

「でもどうかな? そこまで青木君に手が回るかな?」


 ここ二、三ヶ月の青木君には様々な仕事が舞い込んでいた。それは提携先関連の打ち合わせがたくさんあったのだ。ゲームを単品で作るだけでなく、その世界に提携先が出店することになったのだ。提携先とはそれぞれまたやり方が違う。まるで別のゲームを作る作業のようでもあった。日増しに彼はそれに関して愚痴を口にするようになった。神谷君への愚痴も次第に多くなってきた。

 彼の仕事は嘘の上塗りである。私や松浪さんのついた嘘に本物の手触りや、動きを与えるのだ。提携先のショップを松浪さんがスケッチして建設する。しかしその建物は単に建物に見えるだけなのだ。人がそこへ入ろうとしても、建物自体が幽霊のようにすり抜けてしまう。実像ではなく、虚像なのだ。そこで人が出入りし、くつろげる、そう言う空間にするように本物のような建物材質をするように嘘の上塗りを作り上げるのだ。

 しかしその作業は各提携先の建物同時進行で行われていた。作業の日程調査は一応は松浪さんも青木君も希望の日程を提示するのだが、ネクストが最終的にはその日程を提示していた。どうやら提携先との日程調整がうまく行かないみたいで、神谷君もそういうきつめの条件を彼らに提示するしかないみたいだ。

 私には青木君のように嘘の上塗りは出来ないし、あの数式を見る限り複雑な作業はわかる。一方で神谷君にしろ、ネクストと提携先との顔色を見ながら私たちの制作部との連携を図っているのだった。いつも彼は低姿勢で私に仕事を依頼しに来るわけだからそう言う事情はすぐにわかった。


「ですから、すぐには無理と言っているでしょう」

青木君が突然大きな声で言った。神谷君に向かってだ。私も阿部さんも驚いて彼らのほうを見る。もちろん他で作業をしている人も彼らに視線を向けた。彼らは私たちの視線に気付きまた小さな声で打ち合わせを続けた。

「びっくりしましたね」

阿部さんが声をひそめて言う。もちろん私たちはこの仕事を始めてからこういう場面に出くわしたのはこれが最初だった。

「いろいろあるのさ。他の人にはこのことを話しちゃいけないよ」

私は阿部さんに言った。

「何でですか?」

阿部さんは少し不思議そうに聞いてきた。私はちょっとそんな彼女に呆れてしまった。彼女には少し天然なところがある。悪く言えば空気を読めないことがある。

「君が他の人にこのことを話すとするだろう。今回は別にそこまで大事ではないけれど、他の人に話すことによって変な噂話が立つことになるだろう。神谷君も青木君も嫌じゃないかそうなったら」

「あ、そうですね」

彼女は理解してくれたようだ。少し間の抜けた阿部さんであるが、彼女はこれでも人の悪口なんか言わない。私たちはギルドの打ち合わせを再び始めた。



 午後七時を回った。私は今日は一度事務所に戻り、個人で受け持っている仕事を片付けたり、武田君と打ち合わせしてから再びスタジオに帰ってきた。スタジオに着くと阿部さんはとっくに帰宅していたが、青木君はまだ残っていた。テーブルで晩御飯を食べている。この時間になるとスタジオ内は人が少ない。残業している人は明かりを半分落としての作業になる。

私は青木君のところに行って彼のそばへと座った。

「どう、作業は?」

私は当たり障りの無いことを聞いた。

「まあ、ぼちぼちです」

彼は嘘をついた。それは私が定義するもうひとつの嘘だ。私は彼の食事が落ち着くまでしばらく待ってからもう一度話し始めた。

「今日は大変だったね」

「あ、いや、お恥ずかしいところをお見せしたようで」

青木君は言った。

「何があった?」

私はそう聞くと少し彼は迷いながら話し始めた。

「ホームページのことです。そこにはゲーム内の写真を載せるらしいのですが、ホームページの制作業者に画像を提供しなければいけません。でもまだゲームは開発中ですよね。モンスターはまだどうにでもなるんでしょうけど、まだ街も城も作り掛けですよね。まあ、僕が機嫌悪かったのもあるのですけど、怒鳴っちゃいました」

「そんなに急ぐことなのかい?」

「いや、こちらとしてはまだ日程の余裕はあるはずなんですけど、ホームページ制作業者の方で日程が詰まっているらしく、早く制作しないと納期が間に合わないというらしいです。だからその素材と言うのです」

「良くあることだね」

私はそう言った。

「いや、向こうも大変なのはわかっているのですけどね」

彼はそう言うと黙った。

「僕も以前に似たようなことがあるって思ったよ。嘘の仕事で、それは犬の広告の写真だったんだ。でも漠然と仕事をふっかけられてね。犬の種類とか全然決まってなかった。それで業者に問い合わせたよ。どうなってんですかってね。もう少し待ってくださいと向こうは言うんだ。ようやく詳細が決まって嘘をついたよ。でも先方が気に入らないってつき返したんだ。そしたら僕のところにまたこれこれこうで作ってくださいって言ってきた。要は今までのことが無駄になったわけだ。向こうでその犬の写真の出来がどう評判されたかなんてわからない。もちろんどういうやり取りがあったかなんてわからない。僕に連絡をよこしたのは営業担当の人でいつも得意先として付き合っていた人だった。僕はその人に不信感を抱いたよ。でもその人が悪いんじゃない。僕と取引先との間で板ばさみになっていたと思うんだ。どっちも言うことを聞いてくれやしないってね。お客さんはやいやい言ってくる。でも一方で社内の人は思い通り動いてくれないってね」

僕はそこで少し間を置いた。

「そういう板ばさみの立場に神谷君はいると思う。そして今、僕らに嫌われてしまうピンチに立たされていると思う。確かにクラフトアベルク・ネクストに僕らは報酬を受け取って仕事をしている。神谷君は言い換えれば依頼人だろう。もっと僕らの日常に即して言えばお得意先だ。お得意先となると表ではいい顔しているけど、裏では悪口言っている奴なんてたくさんいる。外回りで営業してペコペコして社内に帰ると愚痴を言いまくるんだ。僕の事務所の営業も良くそうしているのを見るよ。単純に取引先ならそれでいいだろう。神谷君が取引先でいい人ぶって、そして僕らのチーム内で彼の愚痴を言う。でも僕は神谷君を同僚と考えている。国見さんもそうだし、他のみんなもそうだ。君だってそう考えているはずだ」

私の話に頷きながら青木君は聞いてくれた。

「心の中で彼のことをどう思ったていいだろう。でも僕らの前では愚痴なんて言うな。そのうち信頼なくすぞ。君だって国見さんが愚痴を言ってたら、そんなチームリーダーを信頼なんて出来ないだろう」

私たちはそこで黙った。スタジオ内は私たちが二人だけだから静まり返っている。そしてその静寂が青木君を冷静に今まで起こったことを考えさせてくれる時間を与えてくれた。

「もう仕事の量が少ない僕が言うのもなんだけどね」

僕は笑顔を少し含ませて言った。

「いえ、すいません」

「まあ、それは神谷君に言ってくれ」


 僕は椅子から立ち上がって島のミニチュアを眺めた。

「それにしてもよく出来ているよ。僕がここに来るまでのわずかな期間でよく出来たものだよ。すごいよ、青木君。言葉にすると白々しいかもしれないけど、みんな君に感謝しているよ」

「ありがとうございます」

青木君は小さな声で言った。私は彼の様子をしばらく黙ってみていた。

「でも、僕が全部最初から作ったというわけではないですけどね」

「どういう意味?」

私は彼に聞いた。

「もともと数式の嘘の上塗りというのは昔から研究されてきたのです。建物といった意識を持たないものへの数式。そして草木という植物の数式。もちろん動物や人間の数式も発見されてきました。昔からの研究で発見された数式を使って嘘の上塗りをしているんです。僕が最初から全てを一から作ったわけじゃないんです」

私は初めてそう言う話を聞いた。

「それは知らなかった」

「ええ、そうだと思います。自慢に聞こえるかもしれませんが、嘘つきでも数式を扱う人はとても少ないんです。僕は発見された嘘の数式を打ち込んでいるだけです。かと言って数式を打ち込めば誰でも嘘の上塗りが出来るというわけでは無いのですが」

「君も新しい嘘の数式を発見しようとかするわけ?」

「いや、それは相当難しいと思いますよ。物体に本物の質感、つまり手触り、質量を与えるのは比較的簡単なものらしいですけど、意思をもった生物、人間を動かすという数式はものすごく複雑らしいです。発見した人は一生を費やしたのかもしれませんね」

「まるで数学の定理みたいだな」

「ええ、そう考えてみるといいかもしれません」

私はまたミニチュアを眺めた。

「長年の月日をかけた小さな地球というわけだ」

私はつぶやいた。

「え? 何ですか?」

「いや、こっちの話だよ」

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