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小さな地球 / 卓上の世界  作者: 板日優子
小さな地球の始まりと卓上の世界の終り
18/44

1997年、卓上の世界(8)

 隣の部屋でドアの開く音がした。ノゾミの部屋からだ。廊下で足音がする。僕は気になってドアを開けた。するとノゾミが階段を降りようとしてた。

「どこに行くの?」

僕はノゾミに声をかけた。

「ちょっと、ご飯食べてくるね」

そう言って彼女は階段を降りていく。僕は特に気にしないで部屋に戻った。この辺で食事をするとすればあの酒場なのだろう。窓の外を見ると正面にある酒場に明々と明かりが灯っている。その明かりで酒場の様子がここからでも伺える。客も何人かいて賑わっているようだった。そのとき城の方向からヨウスケがやってきた。広場中央の噴水あたりをうろうろしている。それは特に何の用もないようだった。僕がシュタルトで普段やっている散策と変わりが無いようだった。僕はまた彼と話がしたくなった。それで宿の外へ出かけるとした。


 外へ出るとヨウスケが噴水のところへいた。僕は声をかけた。

「やあ、ここで散歩かい」

「ああ。この時間は眠りにつくまで街の中をずっと警備するのさ」

彼はそう答えた。僕は噴水に腰掛けた。するとヨウスケも僕の隣に腰掛ける。

「いいのか? ノゾミさんは?」

「あの人は食事に行ったよ。たぶんあの酒場だよ」

僕がそう言うと、彼は少し考えてから立ち上がった。

「ちょっと酒場へ行こう」

彼はそう言った。


 酒場に行くと大勢のお客さんで賑わっていた。僕とヨウスケは店内を見回したが、ノゾミの姿はどこにも無かった。

「やっぱりいないな」

ヨウスケは言った。

「やっぱり?」

僕は彼に聞く。

「あのテーブルの客をずっと見てみな」

彼にそう言われたので、すぐ近くのテーブルの客の様子を見る。そのテーブルには三人の男性が座っている。テーブルの上には人数分の酒と料理が数品乗っている。三人とも会話で盛り上がっていて大笑いしている。

「あれがどうかしたのかい?」

僕はヨウスケに聞いた。

「ここの客はこの店の食事に一切、手を付けないんだ」

そう言われてみると、確かに誰一人食事や酒を口に運ぼうとはしなかった。楽しそうな食事の風景には見えるのに確かにそれは少し異様な光景に見えた。

「お前は村に来て以来、何か食べたことはあるか?」

ヨウスケがそう聞く。

「いや、無い」

僕は答える。

「あれは多分食べられない料理なのか、あるいは俺たちが口に出来ない何かだ。だからノゾミがここに食事しに来るはずなんてないさ」

ヨウスケはそう言った。しばらく僕は店の人の様子を見ていると、

「行こう。ここはうるさすぎる」

彼がそう言うのでさっきの噴水広場へと僕らは戻ることにした。


 噴水へ戻ると僕らはさっきと同じよう腰掛けた。

「あそこの酒場みんないつも同じような話題で盛り上がっているんだ」

それは僕の村でも同じだった。村人はだいたい同じような話をする。

「あそこの客に話しかけると、この街の外のことが聞ける。でも俺は街の外なんて出ることは無いからどうでもいい情報だ。だが、旅の者には役に立つ情報だろう」

ヨウスケは続けて言った。

「他の奴もそうさ。あの武器屋の客いただろ。あの客も武器のことを詳しく説明する。でも俺は魔物と戦うこともないし、それも旅の者にしか役立たない話さ」

僕は黙って聞いた。

「それで思った。この街の奴はみんな、以前の記憶なんて本当に元から無いんだ。旅の者にしか興味の無い情報しか頭に無いんだ」

「でも君は兵士だろ? 武器の話は役に立っているじゃないか」

僕は彼の推測を確認するために質問した。

「いいや、確かに武器を持っているし、ここで城を守るという役割があるのはわかっている。だがここには魔物は襲ってこない。前に街の中から外の風景を見たことがある。そのとき魔物がうろうろしているのを見た。でも魔物はこの街なんか全然興味ない素振りだった」

僕は他に異論を考えてみたが、特に思い浮かばなかった。

「まだある。俺はさっき店で主人に聞いてみた。稼いだ金はどうするのかと。するとこう答えた。旅人が武器や防具を売りに来ることがある。そのために使う金だと。俺はもちろん他に何に使うのか聞いたさ。だが他に金の使い道は無いって答えたよ」

彼はそう言って懐から十ゴルト硬貨を出した。僕がタツヤからもらった物と同じものだった。

「お前の言うとおり、お金は旅人にしか使えない。俺たちや街の者はみんな使えないのさ。俺はだからこう考えた。ここにいる人間も金も物も旅の者のために存在するんだってな」

僕はそう聞いて考えた。僕の村のことだ。村の店は僕には物を売ってくれないがノゾミには売ってくれた。村の人の会話も外には恐ろしい魔物や、洞窟のことを話していた。彼らは以前外に出たことなんて無いという。しかしそう言うことを知っている。その情報はずっと村の中にいる僕には役に立たない。ノゾミくらいしか興味を持たない情報だ。こうして村の外に今日は出られたが、それはタツヤのおかげでたまたまそうなっていたからだ。そこで僕はふと教会を思い出した。


「僕の村には教会があるんだ。そこには村のみんなお昼ごろにお祈りに毎日行くんだ。ノゾミは行くことはしなかったよ。あれは旅人のためにあるんじゃないと思う。村人のためにあるんだと思う」

僕はヨウスケに反論した。ヨウスケの言われたとおりに物事が動いているなんてどこか信じることは不安だったのだ。

「武器屋の職人。鉄を打っていただろ」

僕は武器屋の奥にいる職人を思い出した。

「それが何だよ?」

僕は彼に聞き返した。

「あの職人あそこで鉄を打っているだけだ。何も出来上がらないんだぜ。いつもそこにいるように、単に演じているだけじゃないか? お前の村の教会もそうさ。単にそこにあるだけさ。村らしく振舞っているだけじゃないか?」

僕は彼の言うことについて考えてみた。僕は確かに教会に行ってお祈りを捧げている。しかしそれはそう言うものだと単にそうやっているだけだった。

「とにかく、この街や城、おそらくこの世界はそう振舞っているだけなんだ。そしてこの世界は旅人のために存在している。俺はそう感じているがね」

ヨウスケはそう言った。僕らはそのまましばらく黙ったままだった。噴水の音と酒場の騒ぎの声だけが聞こえる。そのまましばらく時間が経った。僕はずっと彼の言うこと、そして今まで村にやってきた頃から今までのことを考えていた。そのひとつひとつが彼の推測に合っていた。彼に会ってから僕がいままでわからなかったこと、それが今確実に核心に迫っている手ごたえがした。しかしこれ以上考えても仕方が無いだろう。僕らで考えたところで結論にたどり着くには限界があると思った。


 僕はもうタツヤに聞くしかないと思った。タツヤが絶対何か知っているはずなのだ。しかしこの先タツヤが現れる様子は無かった。僕はもう一度タツヤの言動を思い出した。何か見落としていることは無いだろうか。最初に村に来たのはタツヤだった。あの十ゴルト硬貨を渡したのもタツヤだった。ノゾミがやって来るといったのもタツヤだった。そしてタツヤの言うとおり彼女はやってきた。今日、この街にやって来れたのもタツヤのおかげだったのだ。村には最初僕だけがいた。そのあと村長の家が建ち、教会が建った。村人も徐々に集まり、村が出来上がる様子をタツヤは見に来ていた。

そのとき僕は思い出した。

「ユートピア98の完成だ」

彼がそう呟いたのを覚えている。ユートピア98とは一体何のことなんだろうか。

「ユートピア98って知っているかい?」

「なんだそれ?」

ヨウスケは知らないようだった。

「タツヤが言ったんだよ。ユートピア98の完成だって。それは僕の村のことかはわからない。でもきっと何か意味あるんだよ」

「すまん。俺にはわからない」

僕らの会話ではユートピア98とは結局何のことなのかわからなかった。

 僕らはまた黙りこくっていた。僕はユートピア98という言葉をずっと頭の中で繰り返し呟いていた。するとヨウスケが口を開いた。

「今日来たノゾミという女、あいつの手は確かに温かかった。この辺の人間とは全く違うな」

彼がそう言う。

「そして温かいだけじゃない。この街の人間とは違って何か違うものを感じる。それは言葉であったり、視線であったり、表情であったり。何もかも違うな。だからまだよくわからないがお前の変な感じがするって防具屋で言ったこともなんとなくだが、わかる気がするぜ」

「そうだろう。僕もそう思うんだ。僕は彼女といると楽しいんだ。何でと聞かれるとはわからないけど、すぐにまた朝が来ないかなって思うんだ。彼女とまた話がしたいんだ」

「そうだな。タツヤとはまた話がしたいが、あの砦からは出てこない。でもノゾミともまた話がしたいって思うぜ。タツヤは男だ。でもノゾミは女だ。それは何か違うものを感じるぜ」

ヨウスケはそう言った。

「そうだね。ノゾミは女の子なんだ。それが違うんだね。何がと言われるとわからないけど。彼女の手を握ったときとても落ち着いたものを僕は感じたよ」

「そうだな」

ヨウスケはそう言った。

「俺は今日までわからないことだらけだった。それは今でもそうだ。でもわかることも増えた。それはこの世界がっていうことじゃない。自分の湧きあがる感情というものだ。今まで特にそれは感動というものは無かった。しかし今日はいろんな感情が湧いてきたのがわかったぜ。それをなんと言うかはわからないけどな」

彼はそう言うと立ち上がった。

「俺はもう寝るとするぜ。時間だ」

「君はどこで寝るんだい?」

「城の中さ。兵士がたくさんいる部屋があるんだ。そこが寝床さ」

そう言うと彼は城に向かって歩き出した。だが途中で僕の方向を振り返り、

「じゃあな」

と言った。僕はそれに手を振った。彼は不思議そうな顔をした。

「こういうときは手を振るんだよ」

そう彼に教えると、彼も手を振った。


 宿屋に戻った。ノゾミは戻ってきている様子ではなかった。彼女と話が出来るかも知れないと少し期待していたがそれは落胆したという感情は抱かなかった。それはヨウスケと会話が出来て幾分の満足があったからだった。今日はいろんなことがわかり、またいろんなことがわからなくなったとも言える。でもそれでもよかった。この間、ノゾミと過ごした一日とはまた違っていた。ヨウスケと過ごした一日をまた思い出した。僕はベッドで眠りに落ちる。


 朝目覚めると日曜日だった。ドアがノックされている。ノゾミだった。出発らしい。

「おはよう。よく眠れた?」

「うん」

「じゃあ、行こうか」

僕らは宿屋を出ると、ヨウスケが待っていた。彼は街の出口へと僕らを案内してくれた。

「それではノゾミ様、お気をつけて。」

「うん、ヨウスケさんも元気でね」

ヨウスケは僕にも話した。

「昨日はいろんな感情が湧きあがったといったが、寝るとき少し考えた。あれは楽しかったんだな。お前と話しているのは楽しかったぜ」

そう言うと、彼は笑ったのだ。

「僕も楽しかったよ」

僕はそう言って手を振って街を出た。彼は僕らが遠くへ行くまでずっと手を振ってくれた。


 また迷いの森へと入る。しばらく行ったところで彼女は笑って話した。

「よっぽど楽しかったのね。タツヤさん、まだ顔が笑っているわよ」

僕は驚いた。ヨウスケが笑っていたのも驚いたが、僕が笑っているのも驚いた。でもそれはすぐに当然のことだと思った。昨日の夜の彼との会話が楽しかったのだ。僕が笑うのは二回目のことだった。初めて笑ったのは自分の家のベッドの中だった。ノゾミがうっかり防具屋へ服を預けていったまま忘れて帰ったことだった。そのとき僕は思い出した。今回も彼女は服を忘れている。

「ノゾミ、服は?」

「あ、また忘れた」

僕らは笑った。楽しいというかはわからない。これは多分可笑しいというものだろう。僕は誰かに教わることなく可笑しいと思った。僕らはまた来た道を戻り、街へと向かった。

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