1997年、卓上の世界(7)
城に近づくにつれて、そこには城下町があるのがわかった。城と城下町の少し離れたところ、東の方角だろうか。そこにはシュタルトの村と同じ石造りの砦があった。ということはあそこからタツヤがあの城へ行くことがあったのだろうか。
「すごいわね。お城よ」
ノゾミは城の方向に指差して言う。私もその指先の方向を見る。すると兵士のような人が城下町の入り口付近に立っていてこちらを見ている。その視線は僕の村人の視線とは違うような意識を感じた。それは見ているのではなく、こちらを見つめているようだった。
「多分、あの人よ」
どうやらあの兵士が彼女の言う僕に会わせたい人のようだった。兵士はずっと僕らを見つめている。
城下町へと着いた。すると兵士は話し始めた。
「ノゾミ様とタツヤ様ですね?」
僕とノゾミはそれにうなづく。
「ようこそ、ウルストの城下町へ。タツヤ様からお話は伺っております」
兵士は大きな声で言った。彼は甲冑を身につけ、片手には長い槍を持っている。
「かっこいいわ。あなた、お名前は?」
ノゾミが兵士に尋ねる。
「ヨウスケと申します」
それを聞いて彼女はクスクスと笑いながら言った。
「何もそんな名前付けなくてもねえ、ううん、いいわ。素敵なお名前よ」
「それでは早速場内へとご案内いたします」
ヨウスケが城へと向かい歩き始めたので僕らもついていく。城下町は中央に噴水があって、その周りに建物が円形で囲むように立ち並んでいる。シュタルトの村とは違って、宿屋や酒場がある。街にいる人たちも村と比べるとだいぶ人数が多かった。とにかくにぎやかなのだ。
円形の街をまっすぐ中央に進むと、城が建っている。大きな門扉の両端にヨウスケと同じ格好をした兵士が立っている。
「予言の戦士、ノゾミ様をお連れした」
彼がそう話すと門扉の二人の兵士は扉を開けた。
「じゃあ、タツヤさんはヨウスケさんとここで待っていてね」
そう言うとノゾミは場内へと入っていた。
「お前はどこから来たんだ?」
ヨウスケはさっきまでとは全然違う態度で話しかけてきた。
「僕はシュタルトという村からやってきた」
僕は答えた。
「そうじゃない。俺が聞きたいのはその前だ。その村にいる前にお前はどこにいたんだ?」
彼は僕と全く同じことをずっと気にしているようだった。
「僕にもそれはわからないんだよ。気がつけばずっとその村にいたんだ」
「お前も同じなんだな。ここにいる人間みんなそうさ。この街へ、城へとやって来る前の記憶なんて全く無いんだ」
ヨウスケは不機嫌そうにそう言った。
「僕にもわかるよ。その苛立ちは。タツヤさんにもそういうことを聞いても答えてくれないんだ」
僕は彼がタツヤのことを知っているようだったので話題にあげた。
「そうだ。あのタツヤは何か知っているんだぜ。俺にも何も教えちゃくれない。ただあいつはこの街と城のことを知っておくようにと言ったんだ。今日お前とノゾミを案内するようにともな」
ヨウスケもこの街で僕と同じことをタツヤに言われていたみたいだ。
「僕もシュタルトで同じことを言われたよ。君と多分だけど、同じような生活を今までしてきたんだと思う」
僕はいろんなことをヨウスケに聞きたいと思った。でもそのとき城からノゾミが出てきた。
「おまたせ」
「意外と早かったね」
「そう。このお城に泥棒が忍び込むらしいわ。その討伐を依頼されたの」
彼女はそう言う。
「それでは盗賊の討伐のため準備をしてください。お店をご案内いたします」
また僕とは態度を変えて、ヨウスケは彼女に話かけた。
「うん、じゃあお願いするわ」
僕らはヨウスケの案内で街のお店へと買い物に出かけた。
この街の武器屋はシュタルトよりも大きかった。奥では職人が剣を叩いている。ノゾミは店の人に数点商品を見せてもらっている。その商品の数は村よりも明らかに多かった。彼女は手にとってそれを試している。この店村のときとは違って僕たち以外にもお客がいた。壁にかかっている剣や槍を男性が見つめている。
「ここには僕ら以外にもお客がいるんだね。村ではノゾミ以外お客さんなんか来なかったよ」
「ためしにあいつに話しかけてみな」
ヨウスケはそう言った。僕は言われたとおりその男性に話しかけてみる。
「こんにちは。何かいい武器とかあるんですか」
男性は僕のほうを向いて喋り始めた。
「剣は一番使いやすい武器だぜ。どんな場面でも安定して魔物にダメージを与えることが出来る。非力な奴はナイフだ。威力は小さいが、こちらからはすばやく行動できるぜ。そして斧だ。斧は… …」
男性は延々と武器の説明をしてくれた。説明が長く、それは僕には役立つ情報かどうかはわからないが聞いていた。男性の話が終わると僕はヨウスケのところへ戻った。
「いつも話しかけるとあいつはあの話をするんだぜ。今までどこで何をしていたかなんて記憶にないんだと。あいつはいつもあそこに一日中いるだけだ。買い物していることなんて見たこともねえ。まあ、旅の者には役立つ情報かも知れないがな」
彼がそう言い終わるとき、ちょうど彼女の買い物が終わったみたいだった。しかし彼女は手ぶらだった。
「何も買わないのかい?」
僕はノゾミに聞く。
「うん。なんか買っても持ち運ぶのが面倒だからね。次のところ行きましょう」
僕らは防具屋へと向かう。
さっきとは違ってノゾミは防具屋では品定めは慎重に見えた。目の前に出された防具に対していろいろと店の人に聞いている。この店にも防具を選んでいる客がいた。
「あの人に聞いてもやっぱ同じかい」
「ああ、そうだ。ただ盾の使い方がよくわかるだろうがね」
ヨウスケがそう言うので僕は話しかけるのをやめた。
「君はここで買い物できるのかい?」
「いや、出来なかった。金はタツヤに渡されたが、誰も俺に商品を売ってくれなかった。一応商品自体は見せてもらえる。だが売ってはくれないんだ」
「僕もそうだよ。いつも売れないよって言われるんだ」
僕がそう言うと、ヨウスケは言った。
「お前はいろいろと俺に似ているな。他の奴らとは違う。もちろんあのノゾミにしろ、もうひとりのタツヤもそうだ。間違いなく何か違う」
僕もヨウスケと同じことを考えた。タツヤもノゾミも村や街の人とは違う。しかしこの二人とは違っていてヨウスケはまた別の人間のような気がするのである。タツヤは僕と似ていると言った。そしてヨウスケも僕に似ていると言った。でもこの似ているはまた違ったものだと思った。僕と同じようにここに来るまでの記憶が無い。そして様々なことがわかっていないのだった。同じ境遇が似ているといってもいいかも知れない。しかしそれとは別にまた違った感覚を彼は僕に与えてくれるのである。
「僕はいつも目が覚めると土曜日か日曜日なんだよ」
「俺もそうだ」
やはり彼もそうだった。そんな会話をしているうちに彼女はローブを選んで試着室へと行った。
「僕は少し変なんだ。なんか彼女が着替えると」
「なにが?」
僕の言うことにヨウスケは尋ねる。
「いや、よくわからないけど、恥ずかしいような、なんかそんな感じがするんだ」
「よく意味がわからないな」
「うん、僕も意味がわからないんだ。でもやっぱりなんか変なんだ」
僕がそう言って彼の顔を見ると不思議そうな顔をしていた。
「話を変えよう。彼女の手を握ってごらん。やわらかくて温かいんだ。でも他の人は全然そうじゃない。冷たいんだよ」
僕がそう言うと彼は防具屋の商品を眺めている男性の客の手を握った。男性はヨウスケの顔を見たが特に気にしてはいないようだった。
「本当だ。確かに冷たい」
ヨウスケは続いて僕の手を触ってきた。
「お前も冷たいな」
彼はそう言った。でも僕の感じるヨウスケの手も冷たかった。しばらくすると彼女が試着室から出てきた。ローブを身にまとったノゾミはその場で衣服をひらひらさせながら、全身を見せるようにその場で回る。
「どう? 可愛いでしょ?」
彼女はそう言う。ヨウスケはそれを黙ってみている。
「こういうときは似合うよって言うんだって」
僕は彼に教えた。
「似合うよ」
彼女は僕らのやり取りを見て笑っている。
「いいコンビね。あなたたち」
するとヨウスケはノゾミに近づいて言った。
「ノゾミ様、お手をよろしいでしょうか?」
ヨウスケは自分の右手を差し出す。ノゾミはヨウスケの申し出戸に惑いながら右手を差し出した。そして彼はノゾミの手を握った。
「な、何?」
彼女は笑って言う。しかしその笑顔はさっきと違う笑顔だった。
僕たちは買い物最後に道具屋へ行った。また数点の商品の説明を聞きながらノゾミは選んでいる。そのとき僕が村で買えなかったメディツィンの葉が目に入った。
「あれは僕が買えなかったものだ」
「そうなのか」
「お金は旅人しか使えないんだ。僕らもこの街の人も使えないんだ」
「誰から聞いた?」
「ノゾミから」
僕はお金のことをヨウスケに教えた。ヨウスケは店の人とノゾミのやり取りをじっと黙ってみている。
全ての買い物を終えると街の外はすっかり夕焼けで赤く染まっていた。彼女は夕日を見つめて言った。
「きれいね」
僕もヨウスケもその夕日を眺めていた。
「盗賊は今晩やってくるものと思われます。早速ですが城の警備にあたるのならご案内いたします」
ヨウスケはノゾミに言った。
「いいえ。今日は盗賊なんて来ないわ。今晩は宿屋に泊まるわ」
ヨウスケの顔を見ると戸惑っている様子ではあったが、宿屋を案内し始めた。僕も彼女の盗賊は来ないということに妙な説得力を感じたのでそれに従う。
宿屋に案内されるとヨウスケは言った。
「それでは今夜にお泊まりください。また明日ご案内いたします」
「ありがとう。ヨウスケさん」
ノゾミは笑って言った。
「それでは失礼いたします」
彼はそう言って城の方角へと歩いていった。
宿屋のカウンターでは中年の小太りの男性が店番をしていた。
「はい、お泊りですか? 何名様で?」
「二人よ」
「二名様ですね。それでは二十ゴルトになります」
ノゾミは店主にお金を払うと二つ部屋の鍵を受け取った。そのひとつを僕に渡す。宿屋の主人に二階の部屋に案内される途中で彼女は思い出したようにつぶやいた。
「やだ、ご飯どうしようかしら」
彼女はまた何か訳のわからないことを言い出した。
部屋は別々に用意されていた。僕はベッドに腰掛ける。もう寝ようと思ったがなかなか寝付けなかった。隣のノゾミの部屋に行って話をしようと思ったがやっぱり何か恥ずかしかった。彼女と話がしたいが、それは何故か恥ずかしいのだ。僕はベッドで目をつむる。明日になれば、それはまた土曜日かもしれないが隣の部屋の彼女と話が出来る。僕は早く朝が来るように願った。




