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小さな地球 / 卓上の世界  作者: 板日優子
小さな地球の始まりと卓上の世界の終り
16/44

1997年、卓上の世界(6)

 次に僕が目覚めたときは土曜日だった。だいたい思ったとおりだった。今日も午前中に僕は家の外に出られた。村の景色はいつも通りだったが、ノゾミは今日来るような気がした。僕は南の門から石造りの砦から彼女が出てくるのを待とうと思った。でもその前に、この間彼女が忘れていった服を防具屋に取りに行って来ようかと思った。しかし僕は思いなおした。なぜなら、それは何か恥ずかしい気がしたからだった。やってはいけない気がした。村の外ではいつも通り二人の子供が外で遊んでいて、そばに母親が立っている。僕はふと気になったことがあったので、その母親に尋ねてみた。

「すいません、手をいいですか?」

「はい」

母親は右手を差し出してきたので、僕はその手を握った。冷たかった。そしてノゾミとは違う感触だった。やはりここの村人は彼女とは違うのだ。

「どうも」

僕は母親に簡単に礼を言うと南の門に向かった。ただ母親が気になって振り返ってみてみると二人の子供が遊んでいるのを相変わらず見ていた。僕がいきなり手を握ってきたことなど気にしていない様子だった。さっき僕が手を握ったことを事実そのままを事実として処理している感じである。いきなり手を握ってくる人がいた。それだけのことだと解釈している感じなのだ。タツヤにしても、ノゾミにしても目の前の起こった出来事に関して客観的というよりも主観的な何かを感じているようだった。目の前の出来事に何かしらの感動を加える。あの二人はそれが出来るのだ。


 僕は南の門で彼女を待っていた。すると今日はこの間の土曜日よりも早く彼女がやってきた。あのとき村で買ったローブを身にまとってやってきた。

「こんちは。タツヤさん。こないだ服を忘れちゃったままだったわ」

彼女は照れ笑いをした。

「じゃあ、防具屋へ行こうか。あ、まだそのままでいいか」

「ううん、着替えるわ。行こう」

彼女は防具屋へと行くので僕もあとからついていった。

 防具屋へ着くとノゾミは娘さんに声をかけた。

「すいません、この間服を預けっぱなしだったんですけど」

「はい、きちんと預かっていますよ」

二人とも笑顔で会話する。しかしその笑顔はやはり違うものだった。ノゾミは試着室へ行き、カーテンを閉めて着替え始めた。僕は何故か恥ずかしい気持ちがした。彼女は着替えが終わるとカーテンを開けて、

「はい、おまたせ」

と言って出てきた。そのままローブはまた防具屋へ預けることにした。


 店を出ると僕らは村長の家に向かった。村長に会うと、彼女はさっそく宝玉を見せた。

「おお、そ、それはまさしくフォイヤの炎。やはり予言の戦士だったか」

村長は驚いて話し出した。村長がこんなに驚いているのは僕にとって初めてだった。

「この村の北へと進めばウルストの城がある。そこへ行きなさい。そこで王様に会いなさい。あなたが次へ進むべき道を教えてくださるでしょう。この世界のカギを持っていきなさい。きっと旅の役に立つでしょう。ただし、その前に森を抜けなければ行けません。そこは迷いの森と呼ばれています。今までそこへ足を踏み入れて生きて帰ったものはいないと聞いています。それでも行くとおっしゃるなら気をつけてお行きなさい」

村長はそう話した。今まで僕はこの村の外にあるのは洞窟くらいしか知らなかった。この村の外に城があって王がいるのは初めて聞く情報だった。ノゾミはそれだけ聞くと村長から世界のカギを受け取って家を出ようとする。僕なら他にも聞きたいことはいっぱいあるのだが、彼女は気にすることは何も無い様子だった。


 村の北の門に着くと、僕は彼女を見送ろうと立ち止まった。

「今日はタツヤさんも来るのよ」

「僕も一緒に?」

「そう。タツヤ君に頼んでおいたわ」

僕は意外だった。僕は半信半疑で門をくぐった。僕は村の外に出られたのだ。

「たまには外の世界もいいものよ」

彼女は北に向かって歩き出した。僕はそのあとについて歩いていった。僕は彼女を案内する役割だったはずだ。でもこの前もそうだったが、彼女が僕をどこかに、そして何らかの結論へと案内しているような気がする。

 外は村の中からいつも見えている。いつも見えている風景なのに、村の外から見るそれは思ったよりも広かった。あの小高い丘を登っていく頂上付近に着くと彼女は立ち止まって村の方角を見た。僕も彼女に合わせて村の方角へと振り返る。村全体を見るのは初めてだ。村にはあの二人の子供と母親が見える。僕はいつも村の外から誰か来るか気になっていた。でも村人は今僕らがこうして丘から村を見下ろしているのが見えているはずなのに、全然気にしていない様子だった。

「どう?」

「こんなに村は小さいのだね」

僕はそのまましばらく村を見ていた。そのふと気がついた。

「ノゾミさん、武器は?」

僕は今日彼女が手ぶらだったのを気にした。

「いいのよ。今日は。魔物なんて出てこないわ。それにノゾミでいいわ」

彼女はそう言って北の方角へと丘を降りていく。僕らはしばらく会話をしなかった。でも周りの風景に圧倒されて僕はそれに夢中だった。


 やがて開けた草原地帯の前に森が見えてきた。森の中は薄暗いようだった。彼女は躊躇せずに森へと入っていく。周囲は木々が生い茂っている。一応道が続いているけれど、不気味な雰囲気であった。

「怖くないのかい?」

僕はノゾミに聞いた。

「ううん、別に。あなたはどうなの?」

「別に怖くは無いよ。ただ不気味っていう感じではある。」

「それって怖いってことじゃないの?」

「わからないよ。僕には怖いと不気味の違いがわからない。ただなんとなくそう思ったんだ。これは怖いじゃない。不気味なんだって」

僕がそう言うと彼女は笑って言った。

「そうよね、怖いと不気味の違いがわからないわね。あなたは微妙な感覚を読み取れるのね。私だってそうよ。面白い事と楽しい事。これはそれぞれ似たような感じだけど。全然違うと思うわ。でも違いを説明しろって言われても少し困るわね。なんとなくで使い分けているだけ」

僕はその通りだと思った。


 またしばらく森を進んでいく。そうすると僕は右の方向、木々に隠れている気配を感じた。僕は立ち止まって木々の間を縫うようにして視線を向ける。何やら大きな動物がいる。熊のようだった。僕は今まで熊を見たことは無いが、何故か熊だと知っている。誰に教わったのだろう。ノゾミもそれに気付いて私と同じ方向に視線を向けた。

「魔物ね。眠っているわ」

そう言って彼女は道を外れてその魔物へと向かって歩く。

「おい、ノゾミ、どこへ行くんだ」

僕は思わずノゾミと呼んだ。彼女は振り返って笑っている。

「別に怖いとか不気味とかじゃないわ。これは私にとって面白いことなの」

彼女はそう言って魔物へと近づいていく。僕は彼女のあとを急いで追った。これは怖いでも不気味でもない。心配なのだ。ノゾミが熊のような魔物の前につくと、大胆にもそれに触り始めた。

「よく眠っているわね」

「そんなに触ると起きだすかもしれないよ」

「大丈夫よ。触ってみなさいよ」

僕はやや戸惑ったが、言われたとおりにしてみる。毛並みがやわらかく、心地よい感触がした。ただ冷たかった。あの母親と一緒だった。僕はまた彼女の手を握った。

「な、何よ?」

彼女は少し驚いて言った。

「君の手は温かいね。でもこの魔物は冷たい」

「魔物だからよ」

彼女は説明した。とりあえず説得力のある言い方だと思った。

「でも今日、村の人の手を握ってみたんだ。ほら、外にいる親子の。あの母親の」

「それはあれよ」

彼女は少し考えてから、

「体温がもともと低い人なのよ」

彼女はそう言ってまたもとの道へと戻った。どこかしら、話をすぐに終わらしたい様子だった。僕はもう一度魔物をよく見てみた。魔物はよく寝ている。前足には鋭い爪が伸びている。僕は少し思い切って魔物の頭を軽くたたいてみた。やはり魔物は目を覚ます機会は無かった。普通だったらこんなことはしないと思う。ノゾミの堂々とした魔物への態度から僕は大丈夫だと判断した。彼女は何をしても魔物は目覚めないという確信があったみたいだったからだ。今日も僕にとって不思議なことが増えていく。

「早く行くわよ」

彼女がそう呼びかけるので、僕も元の道へ戻った。

 村長はこの森を迷いの森と呼んでいた。足を踏み入れたものは二度と生きては帰れない。そのようなことを行っていた。この森は薄暗く、不気味には見えた。しかし僕には村長が言うほどの森には見えなかった。迷いの森といっても僕らは今のところ迷って進んでいる気配なんてないし、ノゾミもどんどん奥に向かって歩いていく。その様子からは何も心配していることは無いと感じ取れるほどだった。


 しばらく進むと開けたところに出た。周りを見ると腰掛けるにはちょうどいい切り株がいくつもある。

「ちょうどいいわ。少し休憩しましょう」

ノゾミは切り株へ腰掛けるので、僕も彼女そばへと腰掛けた。僕は切り株に腰掛けながら周りを見渡す。森の奥から魔物がやって来ないか確かめたりした。茂みの向こうからも魔物がこちらを狙っているのではないかとも思った。彼女の顔を見るとニコニコ笑っている。

「心配なの? 」

「うん。やはり魔物が住む森なんだろ。」

「大丈夫。何も来ないわ。」

「何でそんなことがわかるんだい? 」

彼女は黙った。そして話を逸らすように喋り始めた。

「向こうであなたに合わせたい人がいるのよ。」

「僕に? 」

「そう。」

「タツヤさん? 」

「タツヤ君じゃないわ。初めて会う人よ。あなたも私も。」

あの村にいて僕に会いに来たのはタツヤとノゾミの二人だった。そしてこれから行くウルストの城にも僕に合わせる人がいるという。きっとそれは今まで僕が関わったような村人みたいな人ではないのだろうと思った。タツヤとノゾミのような何かしらの感動を与えてくれるような人なんじゃないか僕はそう考えた。僕はそれを聞くと少し楽しみになった。

「どう人なんだい? 」

「落ち着いてよ。私も会ったこと無いってさっき行ったじゃない。」

ノゾミは声を出して笑った。そうだった。僕はさっきその話を聞いたはずだった。僕は焦るようになっていた。楽しみすぎて夢中になっていたのかもしれない。今日だってノゾミが来ることが待ち遠しくて南の門でずっと待っていた。その前には彼女の服をとりに行こうかと思った。あの母親の手を握って彼女の温もりを思い出していた。昨日、というよりこの間の土曜日だったが彼女と出会ってから僕のやること、感じることはどんどん変わっていった。


 休憩が終わると僕らはまた森の奥へ進んだ。森は分かれ道も無かったので僕らは迷うことなく進むことが出来た。やがて奥から外の風景が見えた。出口だった。

「出口よ。」

ノゾミも気づいた。僕らは結局何ひとつ障害も無く、森を出ることが出来たのだ。森を出ると平原だった。少し村の周りの平原とは違っていた。足元に生えている草は村周辺に生えている種類とは違った。そして遠くには城が見えた。

「あれがウルスト城ね。」

僕らは城に向かって歩き始めた。


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