1997年、卓上の世界(4)
僕はまた土曜日に起きた。今までなら午前中は家にいることが多かったが、ここ最近は家からの出入りは自由だった。相変わらず僕は村には出られなかったけど、村のあちこちを行き来して村人と自由に話すことが出来た。いつも表で遊んでいる子供たち二人、そしてそばにその様子を立って見ている母親に私は挨拶をする。小さな牧場では牧畜を営んでいる髭を生やしたおじさん、農作業をしているおばあさんにも挨拶をする。時間があれば道具屋や武器屋の主人のところに行って会話するそれが僕の日課だった。
村人はみんな、いつも機嫌がよくニコニコと笑いながら僕と接してくれた。しかし村の皆はちゃんと僕と会話はしてくれるけど、会話の内容はだいたいいつも同じような話だった。例えば村長の家にもあれから何回も足を運んだけれど、毎回予言の戦士、北の小高い丘の向こうにある洞窟の話をしてくれる。そのあともフォイヤの炎という宝玉の話になったりする。僕も何回も預言書のことや村長がどこからやってきたのかを聞いても、結局同じことだった。何か都合が悪いのか、いつも「いいえ」か、何も答えないのだ。僕が同じ質問を繰り返しているのに村長は顔色一つ変えない。いい加減嫌になったり、またその話かと不機嫌になったりしないのだろうか。
僕は道具屋にも何回も行ってあの十ゴルトの硬貨を差し出しても同じだった。あの店の主人はいつも売れないよとしか言ってくれないのだ。まるで誰かにそう言うように頼まれたようだった。あのタツヤという人が頼んでいるのだろうか。あの人は多分何か知っている。いろんなことが不可解のはずなのに、あの人はちっとも不思議がらない。僕はずっとそれが気になっていた。でも最近はあのタツヤという人は全く来ない。
そのとき教会の鐘が鳴った。お祈りをささげる時間を知らせる合図だ。家々から村人が出てくる。牧場のおじさんも、農業のおばさんも仕事をやめて教会へと歩き出した。僕もそれに合わせて教会へ向かう。
教会でみんな誰かが決めたわけではないけど、いつも同じ席に座る。僕も同じ席に座る。それだけじゃない。教会に村人が来る順番はいつも決まっている。最初に外で遊んでいるあの二人の子供と母親が教会にやってきている。その次に僕がやって来る。そのあとに牧場のおじさん、農作業をしているおばあさん、武器屋の夫婦に防具屋の家族の順でやってくる。そして最後に村長がやって来る。
神父が祈りのような言葉をささげる。それにあわせてみんなお祈りをささげる。僕も誰かに教わったわけではないけど、それはそう言うものだと知っている。僕はこの村にやって来る以前にどこかの教会でも同じことをしていたのだろうか。
お祈りが終わると、みんなそれぞれもとの場所へと戻る。そして日が暮れるまでみんな同じことを繰り返すのだ。僕はいつも何をしているかと言うとノゾミという女性がここに来るまでに、しっかりと村のことを勉強しないといけないのだ。勉強といっても村の人と会話していろんな事を知るだけだ。でも最近ではもう勉強することは無いと思う。村長の話もそうだし、他の村人の話も聞き飽きた。みんな同じことを繰り返すだけだ。そして僕には不思議に思っていることがたくさんある。そしてそれは一向に減っていかないのだ。
教会を出ると僕は石造りの砦をみた。タツヤに聞きたいことがあるからだ。でも今日もタツヤが来る様子なんて無かった。少しがっかりして砦を見ていると、誰かが砦の中から出てきた。そして村に向かって歩いてくる。次第に近づく人影をみてタツヤではないことがわかる。女性だ。
僕は彼女が向かっている南の門へと近づいた。彼女も私に気付き、ニコッと微笑んだ。その微笑みは僕のことを知っているような感じであった。彼女は僕の目の前に立ち止まって言った。
「こんにちは。タツヤさんね」
やはり僕のことを知っているようだ。
「こんにちわ。ようこそ、シュタルトの村へ」
僕は彼女が多分ノゾミという人なのだろうと思い、そう言った。
「ええ。私がノゾミです。タツヤ君から聞いているわね」
「はい。ノゾミさんにこの村を案内するように言われました」
やはり彼女がノゾミであった。
「そうよ。だからさっそく案内してね」
ノゾミは笑顔でそう言った。僕はその笑顔と活き活きした口調から彼女がタツヤに似ていると思った。もちろん似ていると言っても顔が似ているということではない。似ているというより同じ分類の人間と表現すればいいだろうか。この村人の笑顔とは違うと思った。口調も違うと思った。彼女にしてもタツヤにしても、その一言、表情が村人よりも人間らしいのである。村人と話をしても僕には特にどうということはない。しかし彼女とタツヤにはその話し方、表情がなんと言えばいいかわからないけれど、僕には感動する何かを感じるのである。
「それではどちらからご案内いたしましょう」
僕はそう言うと彼女はクスクスと笑った。
「いいよ。そんなに堅苦しくしなくても。もっと気楽に接してよ」
彼女はそう言うので僕は考えるだけ堅苦しくしないように考えて言った。
「じゃあ、どこから案内しましょうか」
僕は自分で言ってなんか変な感じがした。それを彼女も感じたのだろう。僕の様子が滑稽だったのでまたクスクスと笑う。
「いいわ。その調子よ。でもよく出来ているわね」
彼女は僕の顔を覘き込む様にして言う。僕にはさっき言い方がどうにもうまくいかなかったけど、とりあえずお世辞で彼女はそう言っているようだ。
「とりあえず村長の家に行きたいわ」
「こちらへどうぞ」
僕は彼女を村長の家に連れて行った。彼女は僕のあとをついて来ながら村を眺めながら言った。
「それにしてもよく出来ているわ」
彼女はまたさっきと同じことを言う。それは僕の様子ではなく、次は村を見回していっている。一体何がよく出来ているのだろう。私は気になって聞いてみた。
「何がよく出来ているのですか」
「ううん、こっちの話よ」
彼女がそう言うので僕はそれ以上聞かなかった。
すぐに村長の家に着いた。
「こちらが村長の家です」
僕が案内すると、彼女はすぐに家に入ろうとしない。家の全体を見回している。そのあと村長の木造建築の家の壁を手で触っている。その様子はどうも感触を確かめているようだった。次に地面の砂を触って見てみたり、その辺の生えている草花をしゃがみこんで見ている。何から何まで珍しそうだった。僕はこの村に来たとき確かにいろんなことが不思議だった。自分がどこから来たのかわからないし、村人も村長もどこから来たのかわかっていない。突然教会が建ったりもした。それに僕が目覚めるのはいつも土曜日か日曜日なのだ。でも彼女は当たり前に存在するはずの家、草花、そして村全体が何もかも不思議そうだった。ノゾミというこの女性は遠い土地から来ているのだろうか。しかしその彼女の表情は不思議で戸惑っているよりも好奇心で満たされているような表情だった。きっと僕がこの村にやってきたときの表情とは全く違うものなのだろう。
「あ、ごめん、ごめん。ここが村長の家ね」
彼女は僕に気付くと、村長の家の玄関前に立った。僕は村長の家のドアをノックして中に彼女を案内した。
村長はいつもどおり部屋の中央の椅子に座っていた。
「村長、旅の方が参られています。ノゾミという方です」
僕は村長に彼女を紹介した。
「はじめまして、ノゾミといいます。よろしくお願いします」
彼女は村長にお辞儀をする。すると村長はいつもと違うことを言った。
「おお、ついに来なさったか。予言の戦士」
僕は驚いて彼女を見た。彼女が予言の戦士には僕は思えなかったのである。たしかに僕とは服装が違っていてどこか遠い国からやってきた人なのだろうと思っていた。しかし悪の皇帝を倒しにいく予言の戦士とは大きくかけ離れた体格であったし、好戦的な表情も読み取れなかった。村長は話を続ける。
「私は長年このときを待ち続けていた。しかしあなたが本当に予言の戦士か見極めるために試練を課さなければ行けません」
そこからはいつもと同じ話だった。小高い丘の向こうに洞窟がある。そしてその洞窟にあるフォイヤの炎という宝玉を持ってくれば予言の戦士と認めるという話だ。僕はもうこの話を何回も聞いている。ノゾミはその話をずっと黙って聞いていた。村長の話が終わると彼女は村長にお礼を言った。
「ありがとうございます。それでは行ってまいります」
彼女もそれ以上、村長に用が無かったので僕らは家を出ることにした。
「さてそれじゃあ、さっそく武器とか買いに行きましょう」
彼女は家に出るとそう言うので僕はお店に案内することにした。
この村の武器屋は夫婦が営んでいる。そしてその夫婦にもこの村に来る以前の記憶が無い。そして特に客が来ることなく、その店に一日中いるのだ。教会でお祈りをささげる以外は外へは出ない。僕は彼女を案内して店に入った。
「いらっしゃい、何か御用ですか」
武器屋の主人は言った。しかし店に来るのは僕以外ではノゾミが初めてなのに、彼には驚きの表情なんてひとつも無い。
「武器を見せて欲しいんですが」
ノゾミがそう言うと、主人は奥さんに言いつけて店にある武器を数点持ってこさせた。そして特に動揺する気配も無く淡々と武器の説明を始める。ノゾミは剣、ナイフ、杖といった武器を手にとって素振りをする。独り言を言いながら品定めをやっている。僕は彼女のそんな様子をじっと見ていた。やがて剣を買うことに決めたらしく、お金を払って購入した。
「すごいわね。本物そっくりだわ」
彼女は当たり前のことを言う。
次に防具屋へと案内した。ここでも店の人の反応は一緒だった。彼女は鎧やローブを鏡の前であてがっている。さっきの武器屋よりかは楽しそうに品を選んでいた。
「ちょっと、試着してもいいですか」
ノゾミの頼みに店の人は試着室を案内した。彼女はそこに入り着替え始めた。しばらくして試着室のカーテンが開く。
「どう? これ?」
彼女が僕に聞く。僕は返答に困ってしまった。
「もう。こういうときは似合うねって言うものなのよ」
彼女は呆れて僕に言った。そのときの彼女の表情はこの村人は誰もやらなかった表情だった。この村の住人は笑顔を作るものの、呆れ顔はしなかった。怒った顔もしないし、悲しい顔もしなかった。僕は彼女の見せる表情に新鮮な感情を覚えた。彼女は何点か防具を試着し結局ローブにしたようだ。
「でも着てきた服はどうしようかしら」
彼女が困っていると、防具屋の娘さんが笑顔で言った。
「こちらでお預かりしますよ。お帰りの際にまたお立ち寄りください」
「まあ、どうもありがとうございます」
ノゾミは店の娘さんに笑顔でお礼を言った。僕はノゾミと娘さんの笑顔を見比べた。やはりどこか違うのだ。一体この違いは僕のどこから感じるのだろう。店を出ると彼女は僕に言う。
「鎧のほうが丈夫なんだろうけど重いし、ちょっと恥ずかしいわね」
僕は何が恥ずかしいのかよくわからなかった。予言の戦士が鎧を恥ずかしがるのはどういうことだろう。
最後に道具屋へと立ち寄った。僕はお金を持っていたのに、何も売ってくれなかった道具屋に。しかし道具屋の主人はノゾミに商品を売ってくれた。僕とは何が違うのだろう。彼女がこの村へやってきてから次々と不思議なことが増えていく。
ひととおり買い物終えて、北の門まで案内する。
「じゃあ、行ってくるわね」
彼女は笑顔で言う。村の外は恐ろしい魔物がたくさんいると聞いている。彼女はそのようなことが怖くないのだろうか。そういうことは全く気にしていないようだった。確かに予言の戦士というだけの度胸はあるのかもしれないと思った。僕はそのまま彼女を見送った。彼女が小高な丘を登って見えなくなるまで、その姿を見送った。




