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小さな地球 / 卓上の世界  作者: 板日優子
小さな地球の始まりと卓上の世界の終り
12/44

2009年、小さな地球(4)

 私は仕事を終えると、事務所に電話した。もう七時を回っている。電話には武田君が出たので、今日は直帰すると彼に伝えて電話を切った。地下鉄の駅に行くと今日はいつもより人が多い。階段を降りようとすると、たくさんの人がのろのろと行列を作って並んでいる。一応階段を降りようと進んではいるが、その歩きは遅い。反対側でもたくさんの人が階段を上がっている。明らかにいつもと様子がおかしかった。なんとかホームまで下りることは出来たが大勢の人が電車を待っている。人身事故の影響で電車が遅れているらしい。私はしばらく待っていたが一向に運転再開する様子は無かった。私はあきらめて階段をのぼり、別の帰宅手段を探すことにした。私と同じことを考える人も多く、タクシー乗り場も行列が並んでいた。この分だと他の鉄道も混雑しているだろう。仕方なく私はすぐそばの駅まで歩くことにした。今日は地下鉄を使わず、普通の電車で帰ろうと思った。

 駅までつくと地下鉄の影響でやはり多くの人が広場にいた。タクシー乗り場も込んでいる。広場にいる人は自宅やあるいは友人に連絡しているのだろう。いたるところで携帯電話を使って電車が動かない、だいぶ遅れるなどと会話している。駅の改札は地下鉄をあきらめた人で混雑をしていた。私はこんな多くの人ごみはうんざりであったのでしばらくどこかで時間を潰そうと思った。とりあえず携帯音楽プレイヤーで好きな洋楽の曲を聴くことにした。テクノミュージックのサウンドが広場を行き交う人の歩き、仕草にリズムを与える。普段の街の風景とは違って見える。そんな様子が動かない電車のせいで苛立っていた私の心を次第に落ち着かせていった。私は曲を聴きながらこれからどうしようか考えた。


 すると広場で松浪さんが私のすぐ正面にいることに気付いた。彼女は携帯でメールか何かを読んでいるみたいだったが、私に気付いてにっこりと微笑んだ。

「お疲れ様。赤羽さんも地下鉄だったの?」

「ああ。でもこっちも混んでいるみたいだね。参ったな」

イヤホンを自分の耳から外しながら私は答えた。

「これからどうするの?」

私は彼女の問いにしばらく考えたあと、

「しばらく混雑が収まるまでどこかで時間でも潰すよ」

と答えた。

「私も付き合うわ」


 私はこうして女性と二人で歩くのは久しぶりだった。社会人になって初めてのことだと思う。それ以前は綾香と一緒に歩いたくらいだった。そして今、松浪さんが私とこうして二人で歩いているのは不思議な組み合わせだと思った。彼女はとても綺麗な顔立ちで背も高く、体つきもスレンダーな体型をしていた。黒いロングコートにヒール、イヤリングそして化粧。それらがうまく組み合わさってモデルのような人だった。私は女性の容姿には大きく二つに分かれていると考えている。それは可愛い女性と綺麗な女性だ。可愛い女性は私の日常でイメージしやすい女性だ。それはやさしくて、どこか抜けている。どこにでもいるような女性と考えている。そして松浪さんは綺麗な女性だ。容姿も美しくそして私の日常では手に届かない。ファッション雑誌で見るような架空の存在なのだ。もちろん綺麗な女性は街中でたくさん見かけるし、間違いなく実在する女性である。でもそんな人と私はあまり関わってこなかった。単に私の好みが可愛い女性というだけでもあるが、自分のような男に綺麗な女性が関わってくるということも当然無かった。だから今こういう風に松浪さんのような綺麗な女性が隣で歩いているのは少し不思議なことだった。

 社会とは面白いものだとたまに思う。高校くらいまではみんな似たもの同士でグループを作る。例えばイケてない男子、イケてる男子。極端だと思うが、そのような分類とされる。しかしそこから先はそうではない。様々な年齢、出身、思想、好みを持った人と関わりを持っていくことになる。阿部さんと松浪さんは仲が良い。しかしこの二人は例えば同じ高校のクラスになったとしたら友達になれただろうか。ゲーム制作という同じ目的でそれぞれ違う作業をする繋がりで、今こういうことになっているのだと思う。そして今、この繋がりで私と松浪さんとで二人で歩いている。



 私たち二人は近くの居酒屋のチェーン店に行った。彼女には不釣合いな店のような気もしたが、私には彼女を口説く気なんて無いし適当に店を選んだ。彼女はそれに不満を言わず同意した。私たちは店員にカウンター席に案内された。とりあえず生ビールを二つと料理を三品注文した。そして先にビールが来たので乾杯した。

「石川さんはついに動いてきたわね」

「そうみたいだね」

「これからあの人の本領発揮ね」

「どういうことだい?」

私は今まで石川さんのことはよく知らなかった。数々のゲームソフトの販売に今まで携わってきたという話は聞いたことはある。ただ彼の仕事の詳細までは私は把握していない。

「とにかく頭が切れるのよ、あの人。最初からこうするつもりでゲーム制作をしていたんでしょうね」

「まあ、あれだけの企業と業務提携を成し遂げるわけだからね。」

「これからはやかましくなるわ。とにかく数字にうるさい人だから。いつも十五階のフロアでは神谷君に怒鳴っているわ。気の毒なくらいに」

それを聞いて私は意外に思った。温厚そうに見える石川さんにそう言う一面があるということに。

「神谷君はどういうことで怒られているの?」

「さあ、知らないわ。何回かそういう所を見かけたけど、売り上げがどうとか、進捗がどうとか。多分、神谷君は石川さんのことを嫌っているわね」

私は黙って聞いていた。

「私もあまり好きじゃないわ。数字、数字って。あの人、嘘つきがゲームを作ることを理解してないみたいだし。社内で高い地位にいる人だから、数字にこだわるのはわかるわ。でも今回面白いゲームになるかは少し疑問ね」

「会社は利潤を追求するものさ」

「でも打算的過ぎるわ。私は言われたとおりに建築物を作るわけだし、来てもらった人に喜んでもらえるなら、もちろんうれしいわ。でも何か足りないことも感じるの」

「例えば?」

「具体的には思い浮かばないけど、あまりにもゲームを作ることに意識が集中しすぎている気がするわ。私たちは確かに制作チームよ。でもネクストの人間も作ること、そして業務提携に意識が行き過ぎている気がするの。一ヶ月前に石川さんと国見さんからこの話を聞いたときにね、私は思ったのよ。宿屋のデザインとか、ショップのデザインとか、これは出来るのかどうか詳細に聞かれたわ。でも本当にそれだけで良いのかって感じもするのよ。ゲームが正常に動くことを考えているのかしら」

「青木君も似たようなことを言っていたよ。業務提携には複雑な気持ちだって。阿部さんはとても楽しそうだって言っていたけど」

彼女はそれを聞いて声を出して笑った。

「確かにね。あの二人の反応はよくわかるわ。教授らしいし、阿部ちゃんらしいわね」

ここで注文していた料理が運ばれてきたので話を中断した。今日は何か話の内容が愚痴っぽいことが多いので、私は話題を変えて食べることに専念した。互いに青木君と阿部さん、そして国見さんの話題で盛り上がった。そしてお互い今までどんな仕事してきたかを話した。普段は松浪さんと仕事しないのでたくさん話をすることが出来た。


 二時間ほどで私たちは店を出た。駅の広場を見ると相変わらず人で混雑していた。もう九時を回っている。私はあきらめて電車に乗ろうと思った。

「まだ混んでいるわね。どう?もう一件?」

彼女がそう言うので私は驚いた。でも私は嫌な気はしなかった。

「いいよ」

次は松浪さんの知っている店に行くことになった。



 私たちはバーに行った。小さなお店で松浪さんはそこの常連らしい。マスターと久しぶりだねとか最近はどうとか会話をしてからカクテルを二つ注文した。

「よく彼氏と一緒に来るのかい?」

私は彼女に彼氏がいるとか聞いたことは無いけど聞いてみた。

「いいえ、いないわ。ここ二年ほどフリーよ」

彼女は笑いながら言う。それを聞いてマスターは彼女をからかう。

「もう、マスターはあっち行っててよ」

彼女はそう言うとマスターはニヤニヤしながら隣のお客さんの相手をした。

「それはお気の毒に」

一応形式的に私は彼女を慰める。

「赤羽さんは彼女できたの?」

「いいや、あまり出会いは無くて」

「休みの日は何をしているの?」

「本とか読んだり、音楽とか聴いたりかな」

「うわ、根暗ね」

彼女はドン引きしているリアクションで話した。その彼女の笑顔からはもちろん冗談でそうやっていることが伺える。

「そう。根暗だよ。あとは地球儀に嘘をついたりするんだ。本物そっくりの小さな地球を作るんだよ」

「小さな地球?」

「そう。小さな地球。青く輝くんだよ、本当に」

「小さな地球って詩人ね。ポエマ―だわ」

松浪さんはからかうような口調で言った。

「君だって家でたまに嘘をついたりしないのか。仕事以外で」

私がそう言うと彼女は少し表情を変えた。その表情からは何か不味いことを聞いたのかと読み取れるような感じだった。

「ごめん、何かまずいこと聞いたかな」

「ううん、別に大丈夫よ」

彼女はカクテルに口を付ける。そして話し始めた。

「私は前から赤羽さんと話をしてみたかったのよ。同じような嘘をつくしね」

「同じような?」

「そう。最初は私がモンスター制作の予定だったの。私が嘘を描いてモンスターの姿を現実に現すのよ」

「確かに君にもそうできるだろうなとは思うよ」

「でもあとでね、建物を作る必要があるからその担当に変わったの。でも私ひとりじゃモンスターまで手が回らないわ」

「それで僕のところに依頼が来たんだね」

私はこの話をはじめて聞いた。

「私も赤羽さんも嘘を現実に現すことが出来るじゃない。触ればバレちゃうけど」

「うん、確かにそうだね」

私は彼女の言いたいことは理解した。

「赤羽さんは何で嘘つきになろうと思ったの?」

「ただなんとなく。普通の会社も面接受けたけど、結局嘘がつけるから嘘つきになろうと思ったね」

「私もよ。嘘つきになって特にやりたいことなんて無かったわ。でも今の仕事にはやりがいがあるわ。あんな大きなものを作ったことは無いもの。教授の嘘の上塗りであんなに立派な本物そっくりの人が住めるお家になったわ。それはすごく嬉しいわ」

彼女も私と同じようなことを考えていた。私もこの人形の嘘にやりがいを感じていた。

「でもね、たまに思うのよ。私も嘘を描いて、その嘘を動かせることが出来るの。簡単な命令なら。でも自分のよく知っているものなら話をさせたり、意思を持たせることも出来るわ。教授や阿部ちゃんの嘘の上塗りも必要ないわ」

「そうだね。僕も君と同じだ。よく作っている小さな地球はそうだね。教授なしでも海洋上の雲や台風を動かせることが出来る。相当練習したけどね」

私はそう答えながら、彼女との同じ接点を見つけて親近感が湧いてきた。

「話は少しそれるかも知れないけど、赤羽さんは彼女がいたって話をしたわよね」

「うん、そうだよ」

彼女は何を言いたいのだろうと思った。

「じゃあ、人形に彼女の嘘をつける?」

彼女は私の目を見てはっきりと話した。


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