2009年、小さな地球(3)
さらに一ヶ月が過ぎた。私のモンスター制作も事務所の仕事も相変わらず順調だった。進捗に遅れは無い。最近は戦闘の動作確認作業でネクスト本社の人が嘘と現実の世界を行ったり来たりしている。それでたまに私にモンスターのデザインを一部修正して欲しいとか、青木君、阿部さんに設定を修正して欲しいとかそう言う話が度々あった。それも特に目立った問題は無かった。松浪さんに関してはもう作業がほとんど完了したようだった。国見さんも神谷さんも十四階と十五階を登ったり、降りたりの繰り返しの日常だった。
*
そんなある日。私は午前中に事務所の仕事を終え、午後はゲーム制作のため制作部に来たことだった。私はその日、いつものように人形に嘘をつきモンスターを制作した。青木君がそれに嘘の上塗りをする。その点ではいたって変わりの無い日常だった。ところが少し違うのは私たち制作チームが全員十五階のネクスト本社に呼ばれたことだった。会議を今から開くということである。私たち嘘つきは五人全員会議室へと足を運んだ。
本社の会議室へ行くとゲームの最高責任者である石川さんが会議室に座っていた。私は石川さんとはこの制作チームに入って以来、数回しか会ってなかった。石川さんは小太りで背もやや低く、年齢は私より上のようだった。国見さんと同じくらいに見えた。私はほとんど石川さんとは話したことなく、がんばってねと簡単に声をかけられるくらいだった。私の名前を多分覚えてくれて入るとは思うが、お互いにどういう人物かわからない状態だった。基本私たち制作チームはネクストの指示で動いているだけで、その指示は神谷さんかチームリーダーの国見さんから伝えられる形態だった。そのため特に彼とは連絡を取っていなくても仕事上の支障は全く無い。国見さん以外の四人のメンバーは石川さんのことはよく知らないのだ。
「全員そろいましたね。それでは始めますか」
石川さんが全員席に着いたのを確認してから話し始めた。
「今回ですね、現在制作しているゲームのことですが街のことです」
私は街の空き地を思い出した。
「現在、建設中の街に宿屋とショップを立てることになりました」
みんな黙って聞いている。
「これに際してホテルの経営会社と小売店業者、外食産業、そして清掃業、人材派遣業
の方々と業務提携をすることが決定しました。これは近く発表されることになります。ホテルといってもちゃんとゲームの世界観を崩さないデザインの宿屋です。ショップは飲食店とゲームグッズを販売する小売店を出店する予定です。あと大勢のプレイヤーが来ることを想定して清掃スタッフやゲームのNPC役の方を配置します。あと街のあちこちに公衆トイレの設置もします。突然のことで驚いているとは思いますが、ゲーム制作チームの皆さんに今後お手伝いをお願いするかもしれません」
石川さんがそう言い終えると国見さんが話し始めた。
「松浪さんにはだいぶ前にこのことを話したんだけど、これから青木君にもお手伝いお願いするかもしれない。よろしくな」
国見さんがそう言うと青木君はうなずいた。そして石川さんが他社との業務提携を詳しく話し始めた。
「プレイヤーの皆さんにはゲームの世界を楽しんでいただくために、宿屋を建設します。プレイヤーさんには宿泊料金を実際のお金で支払っていただきます。今回RPGでよく見られる架空の通貨とかそういうシステムは採用しません。飲食店に関してはいくつかの店舗を出店します。それぞれ違う料理が注文できる違う店です。ゲーム内のモンスター名の入った料理が出ますがもちろん全部牛肉とか豚肉とかの料理です。そしてグッズのショップですがこれはモンスターのストラップとかそういうお土産屋さんみたいなものだと思ってください。アイテムを販売するという訳ではありません。建物建設にはすでに松浪さんが各業者の皆さんと打ち合わせを進めております。内容が固まり次第、青木さんにも設定の嘘の上塗りの相談が来ると思いますのでよろしくお願いします」
それを聞いて私はゲームよりもテーマパークのようなものだと感じた。
いつか私は松浪さんが作った街を散歩したことがある。噴水広場から周りを見渡すといつかテレビで見たヨーロッパの古い街並みのような建物が並んでいた。私は海外に言ったことが無いのでその景観の美しさに感動した。都会のように騒音も無く、ごみごみとした雰囲気も感じない。まさに生きている街並みに見えた。だがその一方で、あまりにも静まり返っているので不気味さ、異様な不思議な感覚もある。誰もいない街を散策するとなんとも言えない満足感も感じた。今この街にいるのは私ひとりだけという開放感だった。
狭い路地に入ってみる。私は建物の壁、足元の石畳を触って青木君の嘘の上塗りを確かめる。壁のしみ、ドアの材質に使われている木材の模様、それは松浪さんの描いた嘘だ。一体何枚のスケッチを描いたのだろう。大雑把に見ても、詳細に見てもそれは街そのものだった。本当にこれが嘘で作られているのだろうか。
私は円形の街を一周しようと思った。でもそこでトイレに行きたくなった。もちろんその辺でする訳に行かないので、ログアウトした。あのとき、小さな空き地を見たが、あれは公衆トイレだったのだ。私は現実的な観点からの納得と、夢の世界からの観点の軽い失望の両方を感じた。私たちはまさしくリアルなRPGを嘘で作り上げようとしている。でもそれを目指そうとすればするほど現実的な日常になってしまう気もした。
石川さんは話し終えると、こういった。
「さて、皆さんからは何か質問はあるでしょうか?」
私は手を上げてたずねた。
「宿屋やショップにはたくさんの物資がいると思います。例えば食材です。さすがに青木君の嘘の上塗りをしても食べることまでは出来ないと思います」
「その点に関しては大量に物資を転送するウムラウトがあります。業務用ウムラウトといえばいいでしょうか。通常のウムラウトはあまりにも大きい、重い、そういう物資までは転送できません。業務用ウムラウトは一度に大量の物資を転送できるように、カーペットくらいの大きさのマットに物資を乗せて転送します。500キロくらいまでなら転送できるので大丈夫です。もちろん一般にはその機械は販売しませんけどね」
石川さんはそう答えてくれた。私の知らないところでいろんなことが起きていると思った。
「他に何か質問はございませんか」
誰も何も聞かなかった。私も何か無いか考えたが、特に思い浮かぶことは無かった。
「それじゃあ、会議は終わりです。お疲れ様でした」
石川さんはそう言うと足早に会議室を退出した。
*
私たちは制作部に戻った。松浪さんはこれからホテルの提携先との打ち合わせ、国見さんは本社にまだ用があるらしく残ったままだった。作業部は阿部さんと青木君と私の三人になった。
「他社と業務提携だったんですね」
阿部さんが納得したように言う。
「確かにそれは面白そうだね」
私はそれに同意するが、青木君はそうではないみたいだ。
「でも少し今までとは違ったイメージで作業することになりそうですね。僕は今まで従来のRPGをリアルな再現したものにすると思っていたのですが。これは遊園地みたいですね」
「そうか。遊園地か。僕はテーマパークだと思ったけど」
私の見解と青木君の見解は違ったみたいだったが、もう同じようなものだ。私には遊園地とテーマパークの違いはわからないが。
「面白そうじゃないですか。遊園地もテーマパークも」
阿部さんは無邪気に笑う。でも青木君はそれとは正反対な表情をしている。
「でも僕はすこし複雑な気持ちがします。自分の想像としたゲームにならないなんて。なんかちょっと残念な気持ちです」
彼がそう言うので私は言った。
「仕方ない。業務提携の話は簡単に漏らせないだろうから、結果的に遅れた報告になっちゃったんだろうけど、今はやるべきことをやるしかないよ」
青木君のモチベーションが下がりそうだったのでそう言うしかなかった。おそらく業務提携の話はずっと前から進んでいたのだろう。石川さんとごく限られたメンバーでこの計画を進めているのだろうと思った。国見さんもおそらくこの話をだいぶ前から、ひょっとしたら最初から知っているのかもしれない。石川さんという人は頭の切れる人物なのだろう。このゲームを作るにあたって詳細に計画を盛り込んで来たに違いない。しかし彼は一体どちらの視点でこのゲームを見ているのか疑問に思った。RPGとしてなのか、それともテーマパークという視点で見ているのか。戦闘にはグロテスクな描写を極力抑えているつくりだった。女性や子供にも楽しめるゲームを目指しているのかもしれない。考えてみれば戦闘のとき思ったが、特に運動神経が無くても遊べるつくりだった。プレイヤーに体力差があると、このゲームに向く人と向かない人が出てくる恐れもある。いろんな人が気楽に参加できるシステムだ。RPGそのものを楽しめるプレイヤー、そうではなくて違った世界を堪能したいプレイヤー、楽しみ方は人それぞれではないか。そう考えると業務提携も間違った話ではないと思う。実際に私が街にひとりでログインしたとき、散歩するだけでもとても楽しかった。あのミニチュアにある火山、森、砂漠そういった自然の中を見て周るだけでも満足だった。散歩だけではつまらないと思う人もいるかもしれないが、旅行感覚でログインするプレイヤーがいても、それはひとつの楽しみ方だろう。
「戦闘を楽しむ人もいる。遊園地だと思ってくる人もいる。楽しみ方は人それぞれさ」
私は青木君にそう言った。
「そうですよ。ギルドもあるし、私たちで楽しいところをいっぱい作りましょう」
阿部さんが元気よくそう言う。青木君はしばらく考えこんでから、
「そうだね。そうだよね」
と笑って答えた。だがそれは心から笑ってはいない様子だった。相当ショックを受けたんだろう。実際のお金で決済をする宿屋、ショップ。それはゲームの世界観を壊すような設定でもある。モンスターを倒してお金を得るシステムがこのゲームは無い。プレイヤーにログインしてお金を落としてもらう。それで利益を上げる。これをプレイヤー側でいいと思わない人もたしかに多くいるだろう。私もその点には少し違和感がする。青木君はそう言うことを気にしているのだと思った。
「青木君、面白いと思えばプレイヤーはお金をかけるし、つまらないと思えば一銭も払わないしさ」
私は青木君にそう言ったが彼は素っ気無く、
「そうですね」
と答えただけだった。




