2009年、小さな地球(2)
ログアウトして元の世界に戻ると、少し休憩しようという話になった。私は特に今日の作業も無かったし、阿部さんはシナリオの監修がまだ終わっておらず、特に作業も無いようだった。青木君も今日は仕事はとりあえず終わったみたいだった。青木君が缶コーヒー買ってくるというので、3人分の金額を彼に渡した。私が年長者だからたまには奢るくらいはする。
制作部は私と阿部さんだけになった。その間好きな音楽の話をしていた。阿部さんはアニメソングとかそう言うのが好きらしい。逆に私はどういう音楽が好きかと聞かれたので洋楽とか邦楽とかもいろいろ聴くと答えた。男性アイドルの曲とかも好きというと阿部さんはとても意外そうに驚いていた。
その話題が落ち着くと阿部さんはモンスターの資料をチェックし始めた。
「全部モンスターは口から火を吹くとか、そういうのばかりなんですよね」
少しがっかりした口調で阿部さんは言った。
「え、そうなの」
私は意外に思って聞いた。
「噛み付くとか、引っかくとか襲い掛かるのはダメなんですって」
「なんで?」
「モンスターが襲い掛かるとかそういう行動はプレイヤーが怖がるだろうと」
私もリアルの出来たモンスターにそういうことされては、嘘とわかっていても怖いと思った。さっきの武器の攻撃で斬りかかる行為が出来ないというのもそうなのだろうが、プレイヤーにショックを与えるような描写は極力抑えようという狙いなのだろう。
「モンスターのデザインも動物とか鳥とかそういうのが多いのはやっぱり配慮なんでしょうね。ゾンビとかグロいモンスターは今のところ全然無いですもんね」
「だろうね」
私は阿部さんの言うことに納得した。私だってゾンビを作るのは勘弁だと思った。もちろん今まで見たことが無いが、自分でイメージして嘘をつくのに、死体の資料写真を見るとかそう言う仕事は嫌だと思った。
阿部さんは話題を変えて、また話し続ける。
「でもショックですね。防具が無いのは」
さっきの話を彼女はまだ引きずっていた。
「コスプレするのが趣味なのかい?」
「大好きですよ! よくイベントとかでやるんです」
彼女はそう言って携帯電話で撮影した画像を見せてくれた。そこには阿部さんと友達で撮った画像が映っている。阿部さんもその隣で写っている彼女も軍服のような服を着ていた。ただ軍服といってもデザインだけで、色はオレンジと青のカラーをした服だった。
「これはイクスに出てくる隊員の制服なんです。私の手作りですよ」
彼女はそこから勢いよくしゃべり続けた。私にはその話の半分もよくわからなかったが、とりあえず適当に相槌を打っておく。彼女の話を聞きながら以前コスプレのイベントを見たことを思い出した。それは大型娯楽施設の広場でたくさんのコスプレをした人たちが集まっているイベントだった。そこでみんな写真を撮ったり、そういう仲間の情報交換の場でもあるのだろう。何のコスプレをしているわからない人や、私でも知っているアニメキャラのコスプレをしている人もいた。やっぱり防具をゲームの内容から削除したとすると不満を言う人もいるのではないだろうか。武器があるのに防具は無い。私服であの剣をもつ姿はなんとも不恰好な気がした。でも反対にやっぱりそんな格好をするのは私には勇気がいる。彼女の話が落ち着いたとき、ちょうど青木君が帰ってきた。
青木君と私は缶コーヒー、阿部さんはジュースだった。青木君は私に缶コーヒーを渡しながらこう言った。
「松浪さんの話はなんでしょうね」
先ほどの松浪さんが上の十五階に呼ばれたことだった。
「やっぱり、街の計画書のことだろうな」
私は以前から抱いていた疑問を言った。
「ですよね。あの空き地に何を建てるのかということです。私はてっきりあの空き地にはショップを開くのだと思いました。武器屋と防具屋の」
私は防具の廃止されたことを思い出した。
「防具が廃止された以上、あそこで防具屋を出店することはありませんよね」
青木君の言うことに阿部さんが反応する。
「でも武器屋は出店しますよね。武器は今回登場するじゃないですか」
「いや、さっき話すのを忘れたのですが武器はあれひとつしかないのです。ゲームソフトと同梱して発売するのです」
「武器はあれひとつしかないの?」
私は驚いて聞いた。
「そうなんです。武器はあれしかないのです。あの武器には戦闘してモンスターを倒すほどレベルが上がるようになっているのです。武器がレベルアップすると攻撃力が上がったり、攻撃の種類も増えるのです」
「普通、キャラクターのレベルが上がるんじゃないのですか?」
阿部さんが言う。
「キャラ、つまりプレイヤーのレベルはブレスレットに設定しています。敵を倒せば倒すほどヒットポイントが上がったり、魔法の回数が増えるという設定のみです。それで嘘の上塗りが精一杯なのです。だから攻撃力は武器のレベルに依存します」
「そんなの初めて聞いたよ」
私は少し自分のイメージしたゲームとは違ったので少し動揺して言った。
「ええ、私と松浪さんも一週間ほど前に聞きました。それでとりあえず試作品を作って今日テストしたわけです」
話が武器のことに反れて来たので、だいたいもうわかっているが私は青木君の言いたいこと聞いてみた。
「つまり、武器がひとつと防具が無いということは?」
「武器屋、防具屋は出店されないのです」
青木君は私と同じ考えを言った。
青木君は街の見取り図を机の上に広げた。それに私と阿部さんは覗き込む。中央に噴水広場。そしてその周りに円形に民家などが立ち並んでいる。しかしその所々に大きな空き地がある。あとそれに加えて小さな空き地が十箇所ほどあった。
「ギルドはありますよね?」
まず阿部さんが予想した。
「ギルドは間違いない。ギルドはまず建設する」
青木君もそれに同意する。それは私もわかる。
「アイテムとかはあるんですよね?それだったらひとつはアイテムショップですね」
また阿部さんが予想した。
「うん、あるよ。回復アイテムとかね。そういう定番のアイテムはきちんとあるよ。最初の顔合わせのときに神谷さんからもらったゲーム制作の計画書あっただろ。あれにちゃんとゲーム内に登場するアイテムとか書いてあったじゃないか。でも気になることがある」
青木君がそう言ったとき、私は思い出した。そういえば半年前、最初の顔合わせのときに青木君は通貨システムがネクスト本社の担当になったことに関して仕事が減ったことに関して喜んでいた。
「通貨システムは僕の担当じゃない。ネクスト本社なんだ。するとその通貨は何を用いるんだろう?ゲーム世界内の通貨だとしたら、僕たちの嘘無しでどうやってつくりの出すのだろう」
青木君は自分の疑問を述べた。その彼の疑問で私は思い出したことがあった。私はさっきの戦闘で確認していないことがあったので聞いてみた。
「青木君、モンスターは倒せばアイテムをドロップするのよな?」
「ええ、ドロップします。倒すといっても、モンスターは自らのヒットポイントがゼロになったとき逃げ出すように設定してあります。モンスターが倒れるところを実際に見るのは人によってはショッキングだと思うかもしれませんから。モンスターの逃走時に、その場にアイテムを一定の確率で落とすんです。ですがこれは嘘つきと嘘の上塗りではじめて可能です。お金を落とすという設定も嘘つきの力がどうしても必要です」
青木君はアイテムドロップとお金のしくみをそう教えてくれた。
「つまり実際のお金でアイテムを買うということだな。それかお金で買うポイントで決済とか」
私は現実的に考えた。
「そういうことになりますよね」
青木君は考え込んで話した。
「えっ、それじゃあ勿体無くてアイテム使えない」
阿部さんがそういう。消耗品のアイテムを実際にお金で買うとなるとプレイヤーとしては不満を感じる人は多いだろう。そしてまた青木君が言った。
「でもこれはひょっとするとアイテムショップは無いかもしれませんね。いくらなんでも消耗品のアイテムを現実のお金で買うというのはゲームのイメージが悪いです。アイテムを手に入れる手段はやっぱりモンスターを倒してドロップしかないですね」
私も彼と同じようなことを考えた。
「あとはこの小さな空き地も気になりますね」
阿部さんが街の計画書に所々散見される空欄を指差して言った。
「それも気にはなるなあ。どれもだいたい同じ面積だから、おそらく似たような施設が建つのだと思う。」
青木君が分析する。
「たとえば自動販売機とか?」
阿部さんが笑いながら言う。
「それだと世界観ぶち壊しだな」
私も可笑しくなって笑いながら言った。
「このゲームはオートセーブだから、セーブポイントは要らないから違いますよね」
今日の青木君はずっと考え込んで話している。いろんな疑問が湧き上がってきたが、結局わからずじまいだった。ここで私たちが考えても仕方が無い。遅かれ早かれ街の建設計画は明らかにされるはずだ。そういう結論になり私たちはこの話題をやめた。
それからしばらくすると、松浪さんが戻ってきた。様子はいつもと変わりが無かった。私たちもさっきまでの会話でさまざまな疑問があったが、いつものようにお疲れ様とかそんな声をかけた。一体何の話か気にはなったが、もちろんそう言うことは聞かない。企業の人間は秘密が得意だ。とにかく社外秘、そういう知られてはいけないものを持っている。社外はもちろんのこと社内でもそうだ。各部署に共有されている情報は他部署には漏らせないのもある。そして企業秘密のほかに、人間関係を秘密にするのも得意だ。誰が嫌いか、誰が仕事出来ないか、そして今、あの人は何をやっているのだろうと噂していることまで。松浪さん個人でこの制作に秘密にしていることもあるし、それは青木君も阿部さんも同じだ。そして松浪さんが何をやっているか噂話をすることも秘密なのだ。私たち三人はさっきまでの会話を悟られること無く、作業に没頭している。
私はこういうことも嘘なのではないだろうかと考えた。嘘つきは私が人形からモンスターを作り出すように、何らかのリアル感を作り出す人間だ。でも自分が何かを秘密にしていることも嘘をついているような気がするのだ。何も知らないふりをしているけど、本当は何かを知っている。それを普通なら秘密にしているとはいうが、これも嘘なんじゃないかと思った。見た目は本物だけど触るとニセモノとわかってしまうというように私の嘘に似ている感じがした。私たち嘘つき以外の一般の人も日常たくさんこういう嘘をついているんじゃないかと考えた。
私は阿部さんのパソコンを借りて、インターネットで「嘘」と検索してみた。すると嘘について書かれた百科事典のような項目を見つけた。
【嘘・うそ】
本物でない物体、事象を生み出す能力のこと。能力を使うものによって様々なタイプに分かれる。
続きがたくさん書いてあるが私は面倒くさくなって読むのをやめた。当然のことだが、私の考えたもうひとつの嘘は見つけられなかった。




