歩いて帰るには疲れすぎている①
ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な。YES。
か、み、さ、ま、の、い、う、と、お、り。YES。
………この方法には欠陥がある!
指折り字数を数えながら、この「迷える緊急時の即席意志決定法」を発明した偉大な先人を呪った。
「どちらに」は九文字、YESではじめればYESで終わる。
「かみさまの」は十文字なので、そのままつづけてNOからはじめると、やはりYESで終わる。
つまりどちらにしようか悩んでいるときにこの方法を採用しても「どちら」をどちらの選択肢に振ったかですでに結果はみえており、これは数学的真理であって、是非もない。つまり採用したい選択肢から始めれば確実にそちらに決定できるのだけどそもそもそれを迷っているからこんな方法に頼っているというのに、それは自分で選択しなければならない。本末転倒である。
もう一度指を折り、また開いては握り、もしかしたら数え間違いがあったのではと、むなしく字数を数え直す。けれど、やはり九文字と十文字。
神さまの言うことなど信用ならない。とすればもはやこれは自分で決めるしかない。
「んん……」
女性の死体が苦しげにうめいた。死体は吐瀉物に沈んでいた。
いや、まだ死んでない。
でもこのままではそうならないとも限らない。そこまではいかなくても、あまり安全とはいえないだろう。真夜中の公園に女性の身体。ジーコジーコと蝉がやまかしく合唱している。あたりには誰の影も見えない。我しらず嘆息が漏れた。
深夜、近所の公園のベンチに、誰かが倒れていたのを見つけたのだ。
どうやら女性のようだったが、珍しいこともあるな、と思っただけだった。そのまま素通りして帰ろうと思った。
その女性が突然ゲーッと吐いた。
ベンチに横たわったまま下の地面に吐きはじめ、ううんと唸ってまた頭を垂れるとそのままずるずるとベンチから滑りおち、自分の吐瀉物のなかに頭からべちゃっと墜落した。
その一部始終を目撃してしまい、しばらく思考が固まった。
今日はバイト忙しかったし、疲れてるんだな、とぼんやりと思った。そういえば最近は試験の準備もあってちょっと夜更かし多くなってるし歩きながらでもちょっと夢見られるようになってるのかもしれない危ない危ないやっぱりちゃんと休息はとらないとダメなんだよな最近バイトも忙しいしそれにしても幻覚なんて嫌だなぁ。
そんなわけがなかった。
急いで駆け寄るとものすごく酒臭くて、早くも猛烈に後悔した。だらしなく着崩れた服を自分のゲロにまみれさせて唸っている。突然吐きだすから何事かと思えば、ただの酔っ払いかよ………けれどその顔色はちょっとどころではなく青い。体もこまかく震えていた。ゆっくりと口を動かすので何か言うのかと思ったら、おえッとまた一吐きした。喉に詰まってはいけないので慌てて俯かせ、急いで近くの自販機にはしった。
「ちょっと、大丈夫ですか! 水、買ってきたんで、口に含んで、漱いで! はい、ぺッってして!もう一回!」
上半身を抱き起こして顔を拭うと、口をこじ開けて、ペットボトルの水を流し込み、顔をうつむけ吐き出させ、もう一度二度繰り返す。三度目で女性は水を吐かずごくごくと飲み下しはじめた。しだいに呼吸は落ち着き、顔色もマシになってきた。
よかったと胸を撫でおろして、ようやく、気づいた。
……それで、これ、どうすればいいんだ、この状況?
『真夜中にゲロお姉さん拾いますか?』→《YES/NO》
ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な。YES。
か、み、さ、ま、の、い、う、と、お、り。YES。
絶対にこの方法には欠陥がある!
真夜中では、叫ぶわけにもいかなかった。