Bittersweet Chocolate
ウエストウッドは中西部に位置する典型的なアメリカの田舎町だ。
その人口のほとんどを共和党支持者のクリスチャン白人が占める、いわば保守的な町だ。
エミリーはリンカーン高校に通う18歳だ。
リンカーンは完璧な階層社会だ。
そのトップに君臨するのはクリスティーナ率いる美女軍団で、それに続くのが学校の花形と呼ばれるアメフト選手達である。
エミリーはと言えば、彼らとは間逆の高校生活を送っていると言ってもいい。
心を許せる友達はわずか2~3人で、ランチの時間にはカフェテリアでぽつんと一人で座ることもある。
運動は全く駄目、勉強だってものすごくできるというわけではない。
何でもオールマイティーにこなし、先生達に好かれ、更に顔とスタイルまで良いクリスティーナ達とは違うのだ。
――なんて不平等な世の中なんだろう。
エミリーはその言葉を今までに100万回は心の中で唱えたであろう。
長い夏休みが終わり、高校最終学年の年がスタートした。
エミリーはスクールバスに揺られながら、ぼんやりと外の風景を眺めていた。隣には親友のマッケンジーが座っている。
マッケンジーはエミリーにとって一番の親友だ。彼女と出会ったのは確か小学校1年生の時だったとエミリーは記憶している。
彼女は意見を求められたらその場で泣き出してしまうような極端にシャイな少女だった。
ここまでエミリーとマッケンジーは一緒に成長してきたのだ。来年の夏には二人とも進学のためにこの町を離れるであろう。
そして、それぞれの夢に向かって羽ばたいていく。
それは来年のことでありながらも、ずっと先のことのようにも思えた。
「まじキャンプ最高だったわ。ハメ外しすぎちゃったもん。あれはパパとママにバレたらこっぴどく怒られたわよ」
バスを降りると同時に、クリスティーナ率いる美女軍団のキーキー声が近くから聞こえてきた。「出た出た、ビッチ集団」とマッケンジーはエミリーに耳打ちをする。
「ねえ、見て見て。あの服、夏休み中にスーパーで買ったのかしら。超ださーい」
美女軍団の一員、ガブリエラがエミリー達を見ると、それに続いて全員がこちらを見てきた。そして、皆で顔を見合わせて一斉にゲラゲラと笑い出す。
「ほんっとださーい。でもよくお似合いよ」
彼女達のキーキー声を尻目にエミリー達は無言で校舎に入っていった。
もはや何も聞こえないという風に強気な姿勢で校舎に向かいながら両腕を振ることはいつしかエミリー達が覚えたスキルだった。
「あっ、エミリー、マッケンジー。おはよう」
ロッカーへと向かう大廊下で友人のアレクサと会った。
「おはよう。久しぶりね。会いたかったわ」
エミリーはアレクサにハグをした。それに続き、マッケンジーもアレクサにハグをする。
マッケンジーがアレクサから離れたところで、アレクサは何やら口をぱくぱくさせはじめた。
「ねえ、あのね。聞いて。私、ボーイフレンドができたの」
「へえ、良かったじゃない!」
エミリーとマッケンジーは同時に声が出た。二人は一瞬顔を見合わせると、再びアレクサの顔へ視線を戻した。
エミリーは18年間彼氏ができたことが一度も無いどころか、ある一定の男の子に恋らしい恋をしたことさえもない。
「隣町のアブラハム高校の子なの。フェイスブックで仲良くなってさ。夏休み中にはじめてデートした時に付き合ってほしいって言われて。
本当に嬉しかった。彼、すごくキュートなのよ。もう、幸せで幸せでたまらないわ」
アレクサは本当に幸せでたまらないと言った表情を見せた。
「いいなあ。私なんて一生ボーイフレンドできる気がしないもん。いいわ、たくさんの猫を飼って一緒に暮らすから」
マッケンジーとアレクサはゲラゲラとお腹を抱えて笑った。
「それ寂しすぎるじゃん!」
エミリーは二人と一旦別れ、一時間目の国語のクラスルームへと急いだ。
エミリーは三列目の席を確保し、ふうと溜め息を漏らす。
キョロキョロと辺りを見回してみると、このクラスで自分と仲良くなってくれる人なんて居ないだろうとエミリーは検討がついた。
エミリーとは違うグループに属する生徒達が目立つ。
エミリーの前の席に座るアリシアという女の子は夏休みにボーイフレンドとシカゴへ旅行したことを嬉しそうに話している。
――皆、私とは違う世界を生きているんだ。アレクサも幸せそうだけど、私には一生彼氏なんてできるはずないわ。
削ったばかりのエンピツの先をぼんやりと眺めていると、甘ったるい香水の匂いがエミリーの鼻をかすめた。エミリーはハッと顔をあげる。
"学園のマドンナ"と称されるクリスティーナがモーガンとともに颯爽とクラスルームに入って来たのだ。
クリスティーナは美女軍団の中でも郡を抜いて美人だ。
彼女が来た瞬間、生徒達の視線が"クリスティーナが来たぞ"と言わんばかりに彼女のほうへ一斉にいくのがわかる。
――もし彼女のように美人だったら私はどんな人生を歩んできたのだろう。