第38話*『男嫌い』が消えた日
思い出してもらうんだ。
あたしのこと、悪く思ってても、昔のままの“あいつ”がいい!!
お願いだから、全部じゃなくて良いから。
あたしのことどう見てたのだけでも思い出して!!
人の気配がなくなった教室にあたしと啓は残った。
幸い今日は夏海は休みだった。これ以外もう、チャンスはない。
「・・・何?」
啓はまゆをよじらせている。
そうだ、あたしが喋んなくちゃ始まんない。
「ねぇ、コレ覚えてる?」
あたしは掃除用具入れの前に立った。
「あたしさぁ、2年の最初の始業式のときドアにぶつかって・・・その衝撃でこのドア開いてモップ出てきてあたしモップまみれになったんだよなぁ〜。そしたらそのとこ啓に顔見されててさぁ〜。ほらこんな風にっ!?」
再現で開けたつもりがモップは雪のなだれのように崩れ落ちてきた。
いつの間に、あたしはあの時のようにモップまみれ。
「いったた〜・・・」
「プッ」
啓は今日初めて吹きこぼした。
「あ、笑った!」
「え?」
「ねぇ、思い出した?」
「あ、ゴメン何も・・・」
「そうかっ」
あたしは常に明るさを保った。
まだ・・・次があるから!!
あたしは次々教室から体の表現を使って話した。
でも、あたしが啓を好きだったことのことは言わなかった。
啓と関わる思い出は全部、言わなかった。
だから体育大会の事、『たらし』のこと、合唱コンクール、夏休み・・・それから・・・それから・・・。
ポタッ。
「あ・・・」
またいつもの泣き虫だ。
でも、これ以上ほかのことで話す事は何もない。
ただでさえ啓とは関わりはほとんどなかったんだから。
1番に・・・1番にあたしのことを思い出してほしい。
『男嫌い』まで啓の口からは出たんだよ?可能性は充分有るじゃない。
ダンッ!!
ビクッ。
啓は教室の壁を痛々しく叩いた。
「け・・・啓?ゴメン、あたしひどいこと言った?」
「違うんだ!!」
啓は顔を下に向け表情を見せない。
汗のような雫が落ちた。
・・・な・・・みだ?
啓が泣いたところなんて見たことがない。
や・・・絶対これは汗だ。汗なんだ――――・・・
「・・・啓?」
啓の顔が、あたしの肩に埋もれていた。
暖かくて、ちょっと湿っぽくて・・・。
悲しみが、伝わってきた。
『男嫌い』の症状が出ない。でも、あたしの心がパンクしていた。
啓の長い腕があたしの背中を縛っていた。
大きな手のひらは、両肩に乗っていた。
顔が赤くなるのではなく、意外と冷静になっていた。
両腕には力が入らずだらんと下がっていた。
「あやまりたいのは・・・・・・こっちだよ」
え?
「俺・・・何もっ・・・努力しないで・・・人の言う事だけで記憶取り戻せると思ってさ・・・実際、陸の話聞いても全然、お前の事すら思い出せなかった。お前の『男嫌い』は消えたのに・・・俺は何にも変わっちゃいねぇ・・・」
「え・・・」
消えた?あたしの、『男嫌い』が??
本当に?だから、あたしこんなに冷静なの?
受け止められるの?何にも怖くないの?
昨日までの怖さはなんだった?
決意したから?
啓に思い出して欲しい気持ちが、一杯いっぱいだったから・・・?
「啓に・・・1つ、言いたい事があるの」
「え?」
「あたしが左手にしてるエンゲージリング、海からもらったんじゃない」
「じゃあ・・・ほかの誰か・・・?」
啓はそっと腕をほどいた。
あたしの顔の前に、涙でぬれた顔を見せる。
その間に、あたしは左手のこうを啓に見せるようにする。
「見覚え・・・ないの?」
啓はあたしの右腕をつかんだ。
「お前これエンゲージリング・・・結婚する奴いる・・・とか?なんか・・・見覚えあるようでないような・・・」
啓の眉は複雑にくねる。
「っ・・・・!!これは、啓がくれたものなの!!」
「・・・お、俺?」
まだ思い出せない様子。
「啓がバレンタインのお返し、ホワイトデーにあたしにくれたものなの!!」
銀色のリングは光った。
「それって・・・俺・・・・え?」
「あたしが言う!!」
もう自分の気持ちなんて隠したくない。引き込めたくも閉じ込めてもいたくない。
「あたしっ・・・・」
伝えるんだ。初めて好きになった人に、“あいつ”に。
「啓が好きなの!!」