第37話*キスの痛み
『キスぐらい、できるよね?』
あたしが驚いたのはその言葉の意味じゃなかった。
キスぐらい。という言葉。
キスぐらい??それ以下には何があるっていうの?
てか、啓とキス!?
「はっ?!何で俺がお前と?!」
「そんなのっ・・・恋人同士だからじゃない!!」
夏海は頬をふくらせて言う。
「やっ、俺別に恋人同士なんかじゃ――――」
。。。。。
「・・・ね?」
あたしは今見た。
背伸びをして、夏海の唇が啓の唇に重なったのを。
「っ・・・・・・」
啓は何も言えずに放心状態。
「昔もいろんな人にキスしてたんじゃないの?『たらし』だったし?」
『たらし』懐かしい響き。
啓は思い出すどころか夏海の行動に何もいえない状況。
啓はゆっくり指先に唇をあてた。
今の感触はなんだったのかと言うように。
「お・・・俺・・・今・・・」
「何か思い出した??あたしのことで」
あたしは耐えられなくなった。もう限界だった。
逃げたかった。でも、逃げ道は啓たちがいる廊下しかない。
「・・・誰かいる」
夏海があたしの雰囲気をとらえた。
「隠れてないで、出てきなさいよ。そこにいるのは分かってんだから」
夏海の視線はあたしがいる2−3の教室。
もうばれてる。今出たほうが身の為かもしれない。
あたしは立ち上がってゆっくり廊下に身を出した。
「やっぱり、あんたなんだ」
夏海はニヤリと笑う。
「見てたでしょ?さっきの」
「・・・」
あたしはゆっくりうなずいた。
「あたしの・・・勝ちね?」
首を横にそらして満悦の笑みであたしを嘲笑う。
啓は何も言わないままあたしたちの会話を見つめている。
「あんたも啓に自分からキスすれば?そしたら勝負も引き分けかもよ?」
「っえ――――――――・・・?」
あたしは反射的に啓の顔を確かめた。
目を丸くしていた。
唇を指でなぞっていた。
あたしには・・・・できない。
もう啓の顔なんて見れない。
あたしは、帰る方向へとトボトボ歩き出した。
「陸ー!!」
背中の先では夏海の声がした。
「あんたの負けねー!!」
あたしの頭にこだました。
靴箱までようやく来ると膝の力が抜けてくの字に曲がって膝をついた。
「夏海と・・・“あいつ”・・・キスした」
まだ受け止められない現実。
「あたしがキスすれば・・・引き分け?」
あの時の啓の表情がよみがえってくる。
「そんなこと・・・できるわけ・・・」
でも、まだ今なら間に合う。
「やめて・・・あたしなんかできない・・・」
話かけるにも苦労する。身体が触れるのにも精一杯。
1番あたしにとって感じる部分が触れられるはずがない。
「“あいつ”だから離れたくないの。“あいつ”だから受け止めたいの。お願いだから体っ・・・動いて・・・」
あたしは1番の孤独を感じた。
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「あんた、大丈夫なの?隈がひどいよ?」
朝の登校。真奈美が聞いてくる。
昨日は全然眠れなかった。それも泣き疲れて。
というよりか、啓が事故にあってからまともに寝ていない。
「・・・大丈夫」
「もうっ!!とか言って前の時みたいに倒れるんじゃないの!?」
「じゃあ・・・大丈夫じゃない」
「じゃあって何よ・・・」
真奈美の呆れ顔。
「なんかあったでしょ?」
「いろいろ・・・」
「耐えられなくなったらいつでも言ってね?」
「うん・・・」
でも、真奈美に迷惑はかけられない。
自分でできるところまで、自分でやろう。
靴箱でいつも会うはずの啓が今日はいない。
「あれ?」
上履きはもう靴に変わっていた。
「あ・・・教室か」
教室で1人、啓は窓にうっかかって外を眺めていた。
何も言えない。それも、啓は夏海とキスしてしまったんだから。
あたしにとっては最大のダメージ。
「あ、陸・・・。はよ」
「・・・おはよう」
曖昧な啓の笑顔。
どのような表情を見せたら良いのか分からない。
「俺・・・ゴメン」
「え?」
「何であやまってるか分かんねぇ。でも、陸になんか悪いことした」
「え・・・?あの・・・」
あたしに?
「あのっ・・・夏海にキス・・・されても・・・思い出せねぇんだよ・・・。何も」
啓は顔をそらす。
すでに赤面。
「ししし・・・しかも勝負なんてお前っ・・・『男嫌い』のくせにできないしっ!って思って・・・」
「うん・・・できないよ」
受け止めたいけど、離れたくないけど、体が受け付けない。
キスは、勝負するようなことには使わないから。大切な、ファーストキスだから。
「気にしてないよっ!」
明るくあたしは言った。
「そうか・・・」
啓の表情は、さっきより曇ってしまった。
夏海は日常生活では普段のおとなしい、かわいい女の子を演出している。
あたしと啓の前だけで、裏の夏海を見せる。
そんなの・・・ずるいよっ・・・。
「啓」
「ん?」
「今日の放課後、いい?」
「え?」
啓の表情は朝と比べものにならないくらい曇っていた。
「別・・・いいけど」
あたしは決意して、いいそびれた事を言うことにした。
啓がくれたエンゲージリングまでの、思い出を思い出してもらう為に。