第32話*信用の勝負
「陸」
あたしは放課後夏海から呼び出しをくらった。
放課後の廊下には誰もいなかった。
吹奏楽部のハーモニーがどこからかの教室から聞こえてくるだけ。
あとは、沈黙だった。
鋭い目つきであたしを睨む夏海。
あたしは少しひるんだが、それに耐えてあたしも弱みを見せなかった。
「なっ・・・何?いきなり」
かみそうに言い切った。
「啓のことなんだけど」
またなんか言われる。
川崎に近づくなとか?川崎があたしを嫌ってるとか?
そんなの、本人の口から聞かないと分からない。
でも実際、夏海の言う内容は違った。
「真っ白な記憶の中で、啓はあたしと陸、どちらを信用してるんでしょうね?」
余裕のある笑みであたしに問いかけた。
「そんなの・・・本人しか分からないじゃない」
「ずいぶん余裕だね。でもほとんど分かってるんじゃない?」
「え?」
「真っ白な記憶からやり直せば啓はあたしを選んでくれた。勝負はもうついたんじゃない?」
「そんなのまだ・・・分からないじゃない」
「じゃあ、その目で確かめてみることね」
何を企んでいるのか分からないでも、いやな予感はよぎっていた。
「陸、まだ『男嫌い』なんでしょ?無理しないほうがいよ。啓はもうあんたの『男嫌い』を直すことには協力なんてしてくれないわよ」
ドクンッ。
今思えばそうだったのかもしれない。
あの4月の当初、“あいつ”はあたしの『男嫌い』を面白半分で直すことに協力した。
あたしに『男嫌い』がなんかったら・・・。
学級委員に立候補する勇気がなかったら・・・・。
あたしは川崎と一切関係なかった。
思い出の中には夏海のおかげで関係を持てたこともあった。
自然に話せた。笑い合えた。
でも、もうあたしには唯一の昔の“味方”はいない。
あたしが・・・負け??
「夏海?」
廊下の窓からは川崎が顔を出した。
「啓、ちょうど良かった」
あたしにはなんとなく夏海がこれからすることが分かった。
「啓は、あたしと陸、どっちを信用してる?」
川崎は顔の表情を変えなかった。
でも、黙ったまま何も言わなかった。
迷っているの?それとも言いずらいの??
「俺は今は、夏海しか信じていない」
夏海には期待通りの言葉だった。
口元にかすかに笑みを浮かべている。
「さすが啓♪彼女だもんね」
夏海の言葉全部が胸に突き刺さる。
抜こうとしても抵抗が大きすぎて抜けない。
痛い・・・痛い・・・。
ぽろぽろと涙が頬を伝って落ちてくる。
「陸、勝負はついたんだから。2度と、啓には近づかないでくれる?」
円満な笑みを見せる夏海。
あたしにとって嘲笑うかのような笑顔。
でも、啓の表情が変わった。
あたしのこと、見ていた。
何か思い出すような目で。
でも、あたしはその場にいることに耐えたれなかった。
すぐに教室を飛び出した。
涙が視界を邪魔する。
そういえばこの頃泣いてばっかだなぁ・・・。
――――――――――――――――もう、“あいつ”と昔には返れない。
勝負に負けたんだ・・・・あたし。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「夏海、あの人誰だったっけ?」
俺は泣いたあの子が帰った後、夏海に聞いた。
「え、あの子?うぅん、別に気にしなくてもいいんだよ。ただのクラスメイトだったから」
「ふぅ〜ん・・・」
でも、俺が夏海を信用してるって言って泣いた・・・。
あの子、俺のことが好きだったのか?
何かひっかかる・・・・。俺、大切なこと失ってる気がする。
1番思い出さなきゃいけないことが。
「俺・・・お前のことが好きなんだよな?なのに・・・あいつが泣いて走ってたとこ見たら、なんか切ねぇんだ・・・。何でだろ?何でこんなに胸が痛いんだ?」
夏海は何も答えなかった。
目を丸くして目をそらし、黙っているだけだった。
何かあるのか?夏海と“あの子”の間に。
俺と“あの子”の間に。
失ってはいけなかった、大切な物が―――――――――。