第30話*薄い記憶
俺は真っ白な世界にいた。
ここは―――??
俺は誰??
「―――――――――さき」
「え?」
誰かが叫ぶ声がした。
左右前後分からないこの世界で俺は振り向いた。
真っ白なワンピースを着ていた女の子。
どっかで見たことがあった・・・。でも、覚えがない。
「――――――わさき」
俺を知っている気がした。
声からしてかれている。泣いているのか?
太陽も光らないこの場所でその女の子の頬が光った。
涙??何で泣いてる?俺のために?
「泣くなよ・・・」
そう言いながら俺は女の子に足を踏み出した。
女の子はその場から動かない。でも、なぜか追いつけない。
それでも俺はひたすら足を前に進める。
「くそっ――――・・・」
俺はやけくそで走りだした。
でもその距離は縮まらない。
むしろ距離が遠のいてきている。
「何でだよっ・・・」
汗がぽたぽた鼻のくぼみを通って俺の着ているシャツをぬらした。
俺、何でこんなに走っているんだ?
知らない女子なんてどうでもいいじゃないか。
でも、追いつかなきゃ、『泣くなよ』って言ってやらなきゃ、何もかも失う気がした。
何でだよ?何でこんなに俺一生懸命なんだ??
何も思い出せない・・・何も分からない。ひたすら、“あいつ”のために走っている。
お前は誰なんだよ?俺、お前のこと知りたい。心が言っている。
「おっ・・・お前はっ・・・」
息切れをするのどに無理をさせて俺は走りながら叫ぶ。
真っ白の世界だと走っていても何も感じない。
景色だけは俺を馬鹿にしているみたいだった。
「だっ・・・誰・・・なんだよっ!!」
知りたい知りたい知りたい!!分かりたい!
お前は誰なんだよ。俺、お前知ってる気がする!
分からない!でも俺、お前が泣いてる姿見ると懐かしいんだ。
心が動くんだ。
お前だけが俺を知っていてもお前が傷つくだろ?
お前のこと今分からないと、全部失う気がする。
違う方向へ行ってしまうかもしれない。
失いたくないんだ――――――――!!
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
俺は気づいた。いつの間に汗は“涙”という液体に変わっていた。
伝えたいことがあったんだ・・・。でも、それがお前か分からない。
だから、教えてくれよ?何かあるんだ!なにかあるから!
待ってくれよ――――――――――――――・・・・・・・・・・・。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
俺はやわらかいベッドの中にいた。
「・・・夢か?」
夢でもリアルがあふれていた。
Tシャツは汗だくでぬれていた。
まるであの夢のように。
「あ、啓。おはよ」
玄関を出ると女の子がいた。
でも、夢とは少し感じが違った。
ロングの髪が風になびいている。かわいくて、守ってやりたい!っていう感じだけど、強気のようなオーラも出ていた。
「夏海」
彼女は俺が入院したら毎日お見舞いに来てくれた。
俺の記憶が見れるように写真を持ってきて俺に見せたりしてとても楽しんだ。
しかも彼女は俺の好きな人らしい。付き合ってる・・・というわけでもあるらしい・・・。
それは夏海からすべて聞いただけ。他のやつに否定されたくなかったから。夏海が俺の彼女でよかったから。
そう思ってた。
今日から俺は学校。昨日退院した。傷は完全じゃないけどほとんど完治していた。
でもひとかけらも取り戻せていない俺の人生の記憶がある。
自分の名前すら忘れてしまったんだから。友達・家族・大切な人までも残っていなかった。
「啓が学校来てくれるって嬉しいな♪」
夏海は明るい笑顔で言う。
俺も無理矢理笑ってみた。
「啓、そんな無理に早く記憶なんて取り戻さなくていいんだからね?」
夏海は心配そうに言う。
「え?俺お前のこと早く思い出したいのに・・・」
「ダメ。前のあたしなんて知っちゃダメだよ。今なら優しくしてあげるから♪」
前の夏海が意地悪だったなら、今が優しいから思い出さなくてもいいかもしれない。
心の片隅でそう思った。
俺はあまり話さずに学校へと向かった。
全然懐かしい感じもせず、俺は夏海と靴箱へ向かった。
クラスで向かい合わせで並んでいた靴箱は、1・2組3・4組5・6組と分かれていた。
夏海に3組だよと教えられ、俺はそこへ向かった。
そこには、見覚えのある女の子がいた。
「・・・川崎・・・」
夏海と違い、肩までの髪のセミロングの女の子。
こいつは病院で俺が目覚めたとき俺の記憶をぬりかえようとした。
でも、学校を思い出せなかったのに目が合った瞬間、昔の光景が見えた。
でも俺の頭の中には、ジャージしか思い浮かばなかった。
ジャージが何なんだ?
今俺はジャージを着ない。
あまり着なかったような気がする。
頭が痛くなってきた。
思い出せばするとするほど何がなんだか分からなくなってしまう。
目の前で戸惑っている女の子。こいつ・・・誰だったんだっけ・・・??
特別に感じた。でも、なぜか信じられない。
「啓?」
後ろで声がした。
夏海だった。
夏海は俺の目の前の女の子に目をやると顔が曇った。
「啓、行こうよ」
俺の体は勝手に動いて、俺は女の子に何も言わずに夏海の言うままに立ち去った。
夏海?何で“あいつ”を避けたの?“あいつ”と何かあるの?
“あいつ”、俺と夏海がいると不安そうな顔してた。
“あいつ”に聞いてみたかった。
でも、心にしまっておかなければならないような気がした。
・・・・・・――――――何故だろう??
啓は早く思い出したいのに、それを夏海が邪魔をする。
このまま“彼女”として啓の記憶を利用する夏海。
これからが見所かもしれません。