第3話*女たらし
「俺、学級委員します」
“あいつ”は右手をだるそうに上げて答えた。
あたしは右手の力が抜け、すっかり机に落ちてしまった。
クラス、先生も驚いている。
「他に立候補はいませんか?」
先生はクラスを見回す。
手を上げようとする生徒はいない。
先生も諦めたようだった。
「川崎くん、学級委員頼んでもいいですか?」
先生は笑顔で聞く。
「大丈夫です。まかせてください」
余裕の表情で手をひらひらさせて答える。
勢いにまかせすぎてつい席を立ってしまっていたあたしを先生は見た。
「神崎さん、座ってていいですよ」
先生の笑顔に言われると、足の力が一気に抜け、イスに一直線に座り込んだ。
あ・・・・あたし、学級委員立候補したんだよね??
でも・・・何で“あいつ”も立候補なの!?
朝は楽な仕事がいいって言ってたのに!!学級委員メッチャ大変じゃん!
えぇ・・・やだよぉ、こんな人と学級委員やるなんて。誰か他手ぇ上げてくれないかな?
「―――――――でいいですか?神崎さん」
「えっ?」
あたしが頭の中でマイナス思考しているうちに先生があたしに問いかけることを話していたようだ。でもあたしは全く聞いていなかったが・・・・。
「あ、はい」
こう答えるしかなかった。『聞いていませんでした』なんてとても言えない・・・。
「じゃあ学級委員は“川崎くん”と“神崎さん”に決まりですね」
へ?
先生は『学級委員』という欄にあたしの名前と“あいつ”の名前を書く。
あたしはようやく気づいた。
『川崎くんと、この1年間学級委員でいいですか?神崎さん』
って聞いたんだ・・・たしか。
あたしのマイナス思考がどんどんマイナスの方向に加速して進んでいく間に、その他の人は自分がなりたい専門委員に立候補して・・・
キーンコーンカーンコーン・・・
授業が終わりました(泣)
休憩時間になると、あたしは真奈美のもとに飛んでいった。
そしてついさっきの時間のことを話した。
「学級委員すごいじゃ〜ん。・・・でも、唯一男嫌いの陸が川崎と・・・」
真奈美はうつむいて黙り込んだ。
「え?やっぱ問題でもあるの?」
あたしはますます学級委員なんかに立候補したことに後悔を感じた。
「川崎ってね、学年1の『たらし』なんだよ?」
『たらし』??いや、『たらこ』か??
「陸、あんた分かってないでしょ・・・『たらし』=『女好き』ってわけ」
『女好き』って・・・。女の子大好き?
・・・『女たらし』??
「あんたたちは対照的なのよ。女好きと男嫌い。陸には耐え難いことだと思うけどなんかこれで陸の男嫌いが川崎のよって治りそうだから面白いと思うけど」
えぇ!?・・・それは・・・。
キーンコーンカーンコーン・・・
休み時間終わりのチャイムが鳴った。
「じゃあ後は頑張って、陸」
真奈美は廊下から教室へと笑顔で帰っていった。
あたしは廊下に取り残されてしまったが、諦めて教室へ戻った。
説明し忘れましたがあたしの左斜め後ろは“あいつ”の席です。
あたしが席に座ると、後ろの席からゴトッと席をはずす音が聞こえた。
「おい」
このひと言にあたしの心臓は一気に縮まった。
すぐ隣から聞こえてきたので、びくびくしながら顔を上げた。
すると、目の前にはプリントの束。
「は・・・はひ?」
「これに各専門委員の名前書けってさ」
体育委員やら学習委員の細かい欄に専門委員の部長を書いた。
あたしの字は自分じゃ言わないけど奇麗なほう。
丸っぽくもなく、角ばってもいない国語の教科書のような字。
突然、右肩に重みを感じた。
おそるおそる右肩を見る。そこには心霊写真に写っていそうな置き方で、大きな手があった。
「神埼・・・だっけ?何度も呼んでんのにシカトすんなよ!」
眉を逆のハの字に上げながら肩に置いている手の力を強くする。
男子だけあって少し痛いとも思ったが、あたしには重みしか感じなかった。
重みしか感じなくても今あたしの肩の上に乗っているのは“男子”の手。
男嫌いのあたしには痛み以上の大ダメージだ。
置いてある手から、猫のように肌を逆立てさせて、体全体に広がった。
「お前・・・震えてんの?」
川崎は顔を少しゆるめて言うが、あたしには答えることができない。
いつのまにか喋ることすら困難になった。
あたしの頬には冷や汗が伝った。あたしの視線は鋭く川崎の手に集中いている。
「あ・・・悪ぃ・・・」
川崎はやっと手を放した。
あたしは解放されたかのように1つ、大きなため息をついた。
「お前全然喋んないじゃん、朝と大違い・・・」
川崎の目はあたしを見つめる。
男子と目を合わせるなんてもってのほか!!絶えられない!
「まさか、男嫌いとか?」
川崎は冗談で聞いたつもりだった。
でもそれも違った。あたしは川崎を横目で見ながら大きく首を縦に振った。
川崎の目は一瞬で丸くなった。
「へーえ、おもしろいじゃんあんた。やっぱこの1年間楽しくなりそう」
え?
すると、川崎は何をしたか?あたしも一瞬理解できなかった。
「あれ?反応しないの?ならもう1回やってあげようか?」
何のことか理解ができなかったが、あたしが答える前に川崎は行動に出た。
CHUッ。
この効果音が似合う行動はあたしにとってもっとも刺激的で未体験のものだった。
やわらかい感触で、この効果音が聞こえてきたのは額だった。
頭ならまだましも、額となると顔が近すぎて倒れそうになった。
「1年間、ヨロシクな♪」
スキップするような言い方で、川崎はあたしの額をポンッとたたいた。
あたしはこの反応が大脳にいくまでに時間がかかった。
額を押さえて自分の席へ帰っていった川崎を見つめていた。
ようやく、川崎のしたことが分かった。
でこチュー・・・。
あたしの顔は熱くなり、恥ずかしさが溢れ出てきた。
「うっきゃ―――――――――――――――――!!」
普段のあたしからは想像できない声が、教室中に響かせた。