慎重過ぎる霊能者
「時刻は深夜0時です。本日は後ろに見えますこちらの廃校に潜入していきたいと思います。」
とある心霊系バラエティ番組のロケ。司会者の芝沢が背後にある廃校を示す。スタッフが持つ照明の光で微かにその汚れた壁が見える。
「遊内さん、あの廃校どうですか?」
芝沢に話を振られるのは若手女性アイドルの遊内レイ。
「も~ほんとに~実際に見ちゃったら~私行きたくないです~」
苦い表情を浮かべながら身を縮めている遊内。
「ですよね~。僕も今少し鳥肌が立っています。しかし、今回は何かあった時に備えてこの方に同行していただきます。こちらへどうぞ!」
「悪霊退散…悪霊退散…悪霊退散…悪霊退散…安産祈願…」
芝沢が呼びかけると、黒の法衣を身に着けた男が、通る先の地面に塩を撒きながらゆっくりとフレームインする。
「と、というわけで今回同行していただくのは、霊能者の光壱光さんです。よろしくお願いしま…」
「待って!」
「えぇっ!?」
「え? あ、キャァッ!!」
頭を下げようとする芝沢を制する壱光。それに合わせて甲高い悲鳴を上げる遊内。
「むやみに頭を下げるのはやめなさい。そのまま地に吸い込まれるわよ。」
「そ、そうなんですか…気を付けます。」
突然の出来事に意表を突かれつつも進行を続ける。
「で、では、早速ですが、あちらの廃校の方に潜入していきたいと思います。」
「悪霊退散…悪霊退散…悪霊退散…悪霊退散…安産祈願…」
ロケ隊が移動を始める。壱光は塩を進行方向に撒きながら進んでいく。
廃校の昇降口に到着する一同。再び芝沢が進行する。
「我々は今、昇降口に到着しました。いよいよこの中に入っていきます。さあ、どうですか遊内さん、ここまで来ちゃいましたけども。」
「や~やだ~も~中真っ暗じゃないですか~も~足震えてきた~」
ガラス張りのドアの向こうに広がる暗闇を前にして大刻みに震える遊内。
「そうですよね。得体の知れない何かがいるようにも見えます。壱光さん、この中からは何か感じるものはありますでしょうか?」
「悪霊退散…悪霊退散…悪霊退散…悪霊退散…悪霊退散…安産祈願…」
「壱光さん、壱光さん?」
「アンザンキガーーーーーン!!」
「わぁっ!!」
「は? きゃ、キャァァァッ!」
突然の絶叫に驚く芝沢とテンポ悪く叫ぶ遊内。
「壱光さん!? どうされたんですか!?」
「ここで邪気を充分に払っているんです! じゃないと何が起きるかわからないわよ!」
「そ、そうなんですか…」
「それに私の妹が来月出産するの。元気な子が生まれるように祈りを…」
夜空に向けて手を合わせる壱光。
「中に入っていきましょうか…。」
芝沢が沈黙する壱光に後ろから呼びかける。
「わかったわ。言っておくけど、こういった場所では無闇な行動は慎むのよ。亡者から何をされるかわからないわ。」
「了解しました。」
「特にお嬢ちゃんは特に注意よ。あなたみたいに若い女の子は亡者からどんな冷徹な目で見られるかわからないわ。」
「は? ひえっ、こわ~い! 気を付けます~!」
裏返らせた声を上げて怯える遊内。その様子を芝沢は真顔で見つめる。
「お気遣いありがとうございます。それでは早速、中に入っていきましょう。」
芝沢がドアに手をかける。
「待って!!」
「はい!?」
芝沢が数センチほどドアを引いたところで壱光が制止する。
「いい? こういう閉ざされたところはね、開放した瞬間堰を切ったようにたくさんの何かが蠢き出すの。あなた、まだ終わりたくないでしょ?」
「お、終わりたくないです。」
「終わりたくないでしょ。でもあっち側にいるのはそれが叶わなかったものたちよ。SNSで炎上したり、FXで大損したり…。」
「……は…はい…。」
「だから、やらかした亡霊たちに敬意を持ってゆっくりと、失礼の無いように、謝罪行脚の一環かのようにお邪魔しなさい。」
「わ、わかりました。失礼します!」
深々と頭を下げながらドアを引く芝沢。
「地に吸い込まれるわよ!」
「あ! すいません!」
芝沢と壱光の掛け合いを遊内は髪をいじりながら退屈そうに見つめていた。
ようやく廃校の中へと入った一行。まずは古びた木製の靴箱が彼らを出迎える。タイルの床を進むと錆びた傘立てや割れた木製の踏み板が見え、長い時間の経過を感じさせる。
「あ~も~すごいこわ~い…」
身を縮こませる遊内。
「我々は今、昇降口の中にいるのですが、もうこの時点で異様な空気を感じますね。」
カメラに向かって実況する芝沢。
壱光は手を合わせてたくさんの色とりどりの数珠をならしながら周囲の様子を伺う。
「気を付けるのよ、我々はここにいるものたちにあまり歓迎されてないわ。」
「えー! やだー! なにされるかわかんな~い!」
「落ち着いてお嬢ちゃん! 炎上した者たちは炎上と隣り合わせの者に共鳴しやすいの。気を緩めるんじゃないわよお嬢ちゃん。」
「え? それどういう意味?」
「まあまあまあまあ! いや~やはりこういった場では、我々の常識が通用しないのかもしれませんね。」
司会者・芝沢の軌道修正能力が光る。
―フッ…
「キャーーーーーッ!!」
「なんだ!?」
絶叫が響く。スタッフが持っていた照明が突如消えて辺りが暗闇に包まれたのだ。
「キャーッ!キャーッ!どこー!?」
「落ち着いてください遊内さん! スタッフさんどうしました!?」
―ドスドス、ガンッ、ガコッ、パキッ、カカンッ
謎の物音が絶え間なく、けたたましく響く。
「な、なんか凄い音してる!」
異常事態に芝沢も冷静さを失いかけている。
―パッ!
照明が復旧し、ようやく視界が復活する。
「あっ、点いた。びっくりした…。遊内さん大丈夫ですか!?」
「大丈夫ですよ?」
「あれ?」
遊内は、先ほどまで悲鳴を上げていたとは思えないほど静かに、そして平然と立っている。
「あ、こ、怖かったです~」
ハッとした顔をした後、急に大刻みに震えだす。
「………そーすか。ところで壱光さんは…え?」
「悪霊退散…悪霊退散…悪霊退散…悪霊退散…悪霊退散…悪霊退散…悪霊退散…悪霊退散…合格祈願…」
壱光は金属製の傘立ての上に仁王立ちしている。法衣は乱れていてなおかつ薄汚れており、周囲の下駄箱は押し出されたかのように位置がずれ、木製の踏み板はさらに破損していた。
「壱光さん…壱光さん…? 壱光さん!?」
「アキャー!! アクリョータイサン!! ゴーカクキガン!!」
「どうされたんですか!?」
「ハァハァ…ど、どうってことないわ。く、暗闇という隙を狙って…怪しいビジネスマンが来ないように祈祷していたのよ!」
身を震わせ、息も絶え絶えでそびえ立つ壱光。
「そ、そうなんですね。この周りの荒れ具合は…」
「邪悪な力によるものよ!」
「本当ですか?」
「本当よ。」
「なぜ傘立ての上に…?」
「い、位置が高いほうが祈祷の効果があるの。」
「さっきまで悲鳴が鳴り響きましたが、それは悪い存在に対して影響は…」
「私は悲鳴を上げてないわよ! あ、あの甲高い声はお嬢ちゃんの声でしょ! お嬢ちゃん、本当に気をつけなさい! 悪いものに魅入られないように!」
早口で捲し立てる壱光を怪訝な顔で見つめる遊内。
「とにかくここにいる者たちは何をしてくるかわからないわ。私たちを惑わすために今みたいに光を奪おうともしてくるわ。」
「あ、バッテリー切れだったみたいです。」
スタッフが原因を明かすと冷たい沈黙に包まれる。
「ま、まあ奥の方に進んでいきましょう…。」
芝沢は固まっている壱光を先へと促した。
昇降口を過ぎて左を向くと暗闇に包まれた廊下が奈落の底に続くかのように伸びている。
「それでは廊下の先へ進んでいきたいと思います。」
歩を進めようとする芝沢。
「待ちなさい!」
「はい!?」
壱光が芝沢の前に出る。
「先を急ぎ過ぎないのよ! 暗闇に蠢く者たちの怒りを買わないように…ゆっくりと…。」
「わ…わかりました…。ゆっくりと…」
「ゆっくりと…」
「ゆっくりと…」
壱光は横から両腕を芝沢の前に出し、一歩一歩進ませる。
「足を出しすぎないで!」
「でぇ!?」
「私の足についてきなさい!」
「壱光さんの足についていく!?」
壱光は片足を前に出す。
「この足と並ぶように足を出しなさい。」
「あ、はい…。」
壱光の片足の隣に自分の片足を出す芝沢。
「さあ次も同じように。」
壱光がもう片方の足を前に出すと、芝沢も同じようにもう片方の足を壱光と同じ距離だけ進める。
「はい次、はい次、一歩一歩いくわよ。急ぎすぎちゃダメよ。前に出すぎるんじゃないわよ。」
「わ、わかりました。」
壱光に鈍足ガイドをされながらノロノロと進むロケ隊一行。
「目を合わせなさい!」
「あーはい!」
至近距離で見つめあう芝沢と壱光。
「気をつけなさい。油断すると投資詐欺に遭うわよ。」
「…はい。」
目を合わせ、歩幅を合わせ、邪気を避け、ゆっくり二人は歩いて進む。
「わぁ!」
「「ワーッ!」」
二人の背後から遊内の驚く声が響く。二人は思わず前方に倒れてしまう。
「びっくりした~人の顔かと思ったら~校内放送のスピーカーだった~」
遊内が見上げる先には壁から突き出しているようにも見える四角いスピーカーだった。
「なんだもうびっくりした…壱光さん大丈夫ですか?」
「キエァァァァァァァァァツ!」
芝沢が呼びかけるとうつ伏せに倒れていた壱光が飛ぶように起き上がった。
「地に伏してしまったぁ!! 来るわよ! アンダーグラウンドが私たちをいざないに来るわよ! 悪霊退散! 悪霊退散! 炎上鎮火! 借金完済! 合格祈願!」
「大丈夫ですか!? 壱光さん!? 壱光さん!? 壱光さん!!」
「大声を出さないの! 悪い虫が寄ってくるわよ!」
「あなだが一番うるさいですよ!」
「これは祈祷よ!」
「大体なんなんですか!? その祈祷! 悪霊退散はわかるけど炎上鎮火とか借金完済とかなんの効果があるんですか!?」
「亡き者というのは命を落とした者だけとは限らないのよ! 社会的に亡くなった者だっているのよ!」
「それ霊能者の取り扱い範囲に入るんですか!?」
「僅かな邪気でも徹底的に祓うの! それに来月に控えた霊能力検定1級の試験にも悪影響が無いように…!」
「合格祈願ってそういうことだったのか…」
―ガラガラガラガラガラガラ…
「「「⁉」」」
暗い廊下の奥から引き戸を開けたような音が聞こえ、ロケ隊一同は一斉に固まる。激しい祈祷とするものを行っていた壱光も手を合わせたまま動きを止める。
「………今、どこか開きました?」
芝沢がスタッフの方に振り向く。スタッフも廊下の先を見つめて困惑した表情を浮かべている。
「………や、やだぁ~こわ~い! ねぇ、もう帰りましょうよ~」
遊内が芝沢に擦り寄る。
「今、そういうのいいから。」
芝沢の言葉に遊内はむくれた表情を浮かべる。
「………」
壱光は廊下の先を見つめたまま固まっている。
「壱光さん、壱光さん!」
「ふゃ! ふゃい!(は! はい!)」
芝沢の呼びかけに対し、歯を食いしばり、目を大きく開きながら、少し跳ねて振り向く壱光。
「今、この廊下の先はどういう状況になっているのでしょうか?」
「ど、どうもなにも得体の知れないものが私たちを拒絶…して…」
―タタタタタタタタタタタタタタタタ…
「キエァァァァァァァァァァ!!!」
暗闇から迫る謎の足音が響くと同時に壱光は芝沢らを置いて一目散に逃げだした。
「壱光さん! 壱光さーん! なんでアンタが一番怖がってんだよー!!」
芝沢は壱光の後を追っていく。
「もーなにあの霊能者! アイツ絶対なんとか検定1級とか受かんないっしょ!」
先ほどまでのビジネス怯えを保つのが面倒になった遊内。
スタッフらも芝沢と壱光の後を追って廃校の外へと走り去っていく。
―タタタタタタタタ…
足音が一人残された遊内のそばで止まる。
「やぁ、お嬢ちゃん…」
足音の主が遊内と目を合わせる。薄汚れた白いTシャツと膝に穴が開いたズボンを身に着け、髪がボサボサになった男がニヤニヤしながら佇んでいる。
「僕が亡霊だよ? 別に命が終わったわけではなく、FXに失敗して、ねずみ講に加担して社会的に終わってしまった悲惨な社会の亡霊だよ? だから今はこうやって社会から去って、『自称幽霊』になったんだ。」
「………」
自称幽霊の顔を冷気の漂う目で見つめる遊内。
「お嬢ちゃん、なんだか君からは僕らと同じ匂いがするんだ。なにか問題を起こしそうなとても香ばしい匂いが。」
「はぁ?」
遊内の目に険しさがこもる。
「さあ、炎上と隣り合わせのお嬢ちゃん、僕と一緒に楽しい自称幽霊ライフを…」
「うっさい黙れ。変態、負け犬、ボケナス野郎。」
「………フッ…。」
放心した表情から微かな笑みを浮かべながら自称幽霊は姿を消した。




