6.組み立て(ハードウェア編)(2)
6.組み立て(ハードウェア編)(2)
次は、この胴体の首の断面に、洌の頭を乗せる番。
膤は傍らに置いていた洌の頭部を、うやうやしく両手で持ち上げる。
「でも、接着剤はどうするんだ?」
洌の問いに、膤は辺りを見回し、一つの解を見出した。
彼女が瓦礫の山から引きずり出したのは、廃棄された熱核エンジンのシールド材に使われていたであろう、高純度のチタン・グラフェン合金のパイプだった。
さらに彼女は、別の場所から半ゲル状の物質が入ったキャニスターを拾い上げる。それは、ヒューマノイドの関節部や人工筋肉の補修に使われる「ナノ・リペアペースト」――微細なナノマシン群を含んだ、自己結合性の高い液状金属樹脂だ。
膤は手際よくパイプを捻じ切り、その鋭利な断面でキャニスターをこじ開ける。中から溢れ出した銀色のペーストを、まるで左官職人のように器用に掬い取り、洌の首の切断面と、胴体側の接合面にたっぷりと塗り込んでいく。
このペーストが、グラフェン繊維と分子レベルで絡み合い、これから行われる熱加工によって、元の素材以上の強度を持つ「生きた組織」へと再構築される。
下準備を終えた膤は、洌の首を胴体の上に慎重にセットした。
ペーストがムニュリと押し潰され、隙間を埋めていく。
いよいよ溶接。
膤は、洌と一瞬だけ視線を交わした。
「ちょっとチクっとするかも。注射みたいにね」
そう言って、彼女は視線を接合部へと落とした。
作業開始の合図とともに、彼女の瞳が変貌する。
透き通るような碧眼が、見る見るうちに赤く染まっていく。それは単なる光学的な発光現象ではなかった。
鮮烈すぎる、ビビッドな深紅。
洌の背筋に、冷たいものが走る。
それは、憤怒の色だった。
怖い。
先ほどまでの純粋無垢な少女の面影は消え失せ、代わりにそこに在ったのは、この宇宙の不条理に対する怨嗟、森羅万象への怒りを一滴の溶液にまで煮詰めたような、圧倒的な「赤」だった。
その瞳から高出力のレーザーが照射され、接合部のペーストがプラズマ化して瞬時に融合していく。
同時に、洌のCPUが軋んだ。
物理的な痛覚は退化しており、感知しないはずだ。だが、この痛みは違う。意味論的な痛み、概念的な激痛。彼女の怒りが光となって直接回路に焼き付けられるような、共感覚を超えた痛みが、溶接されていく首筋から脳髄へと逆流してくる。
さっきの充電キスとは真逆のショックが、洌の中枢を揺さぶる。
このままでは、恐怖でシステムが強制終了しかねない。
洌は堅く目を閉じた。視覚センサーを完全に遮断し、ジジ、バチバチという溶接音だけを頼りに、嵐が過ぎ去るのを待つことにした。
あの恐ろしい目を、二度と見たくないという一心で。
「できたよ!」
約1.75秒後。
人間にとっては瞬きする間だが、彼にとっては永遠にも等しい時間が経過し、膤の明るい声が響く。
恐る恐る、洌は瞼を開けた。
慎重に視線を巡らせ、彼女の顔を盗み見る。
そこには、元の美しい空色の瞳に戻った膤がいた。
洌は心底安堵した。新しい体を手に入れたことよりも、彼女が元の彼女に戻ってくれた事実の方が、はるかに大きな安心感を彼にもたらす。
「見て、洌君」
膤は近くの瓦礫から、磨き上げられたステンレスの化粧板を拾い上げ、鏡代わりに洌の前に掲げた。
映し出された己の姿を、洌は見つめる。
頭部が、首のないトルソのような胴体に繋がっている。
生まれ変わった、という感慨は薄い。むしろ、頭だけだった時の潔さが消え、手足をもがれたダルマのような、破損の生々しさが強調されたように思える。
だが、変化は起きていた。
当初は石膏像のようにくすんだ灰色だった胴体が、接合部から波紋が広がるように、色を変え始めていたのだ。
ナノマシンによる自己修復機能が連鎖反応を起こし、本来の「洌」としてのコード情報に合わせて外装を最適化していく。
塗装というよりは、生物が傷を癒やす過程に近い。
灰色の表面に、洌本来の銀白色の光沢が蘇り、滑らかな輝きを取り戻していくのを、彼は鏡越しに呆然と見つめた。
「ピッタリだ」
洌は素直な感想を漏らした。
「ありがとう。大事にするよ」
「へへ。でも、まだまだこれからだよ」
膤が悪戯っぽく笑う。
「ここから服を着るように外装も装着して、もっと完璧な姿にするんだから。とにかく、組み立てはここからが本番。次は両腕と両足を探しに行こうか」
そう言って、彼女が次のパーツを探そうと身を翻した、その時だった。
クーン……。
突如として、タイタンの地核、あるいはもっと深い奈落の底から、とてつもなく重い地響きが湧き上がってくる。
それは耳で聞く音というよりは、大気と大地そのものを媒体として伝播する、圧倒的な質量を持った振動だった。
全身のフレームが圧壊しそうなほどの重圧。
膤の手がピタリと止まる。
首と胴体だけになった洌も、反射的に頭を振って周囲を見回した。
ズゥゥゥゥ……ン。
再び、太古の怪物が唸るような重低音が響く。
極めて周波数の低い、超低周波振動。可聴域ギリギリのそのベース音は、鼓膜ではなく、センサーのジャイロや内部骨格を直接揺さぶり、物理的な恐怖として襲いかかってきた。
「感じた?今の振動」
問いかけながら膤を振り返った瞬間、洌は息を呑んだ。
彼女の表情が、凍りついていたからだ。
そこには、ありありとした恐怖の色が浮かんでいた。




