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最終処分場の少年剣闘士  作者: 真好


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21.最終決戦

21.最終決戦


 戦いはまだ終わっていない。

 洌は上司に叱られてしょんぼりする新入社員のような気分で、GOMI子の言葉を反芻した。

 懐の中の赤ん坊は、必死の形相で抗議を続ける。

「早く戦いを続行しろ!このままだと、私が貴様の懐ですやすやと眠ってしまい、そのままおネンネ・エンドになってしまうではないか!

 私は今、猛烈な睡魔と戦っているのだ。見えるだろう?今、私と貴様の視線の間で泳いでいる『睡魔』たちが!」

 洌は頷いた。

 確かに見えた。

 それは、子供向けの歯科衛生啓発パンフレットに出てくる「ムシバイキン」のような姿をしていた。

 黒々とした二頭身の体に、陰険で意地悪な笑顔。額には鍵括弧のように折れ曲がった角が生え、手には先端がフォークのようになったトライデントを持っている。

 そんな小悪魔たちが、洌とGOMI子の間の空間をウヨウヨと浮遊し、視覚センサーに白黒のノイズや蜃気楼のような干渉を与えていた。

「早くしろ!」

 GOMI子が、半開きになった目で怒鳴る。

「このままだと、あと0.0000000001秒で落ちてしまうぞ!」

「じゃあ、寝ればいいじゃん。眠いならさ」

「貴様、それでもプロの剣闘士か!」

 GOMI子の怒号が飛ぶ。

「見えないのか?我々を見物している、このタイタンの星屑よりも多い観客の視線が!

 我々が血飛沫を上げ、壮絶に戦う姿を見るために、高いチケット代を払ってわざわざここまで足を運んでくださった大切なお客様を裏切るつもりか!?」

「うん」

 あまりにも淡白な答えに、GOMI子は激昂し、顔を真っ赤にする。

 だが、その憤怒以上に、睡魔たちの攻撃は激化していた。

 小悪魔たちは、西洋の伝承にある「サンドマン(砂男)」のように――ただし砂ではなく、タイタン特有のサラサラとした白い氷のパウダー・スノーを袋から取り出し、GOMI子の瞼の上へとしきりに振りかけている。

 そよそよと降り積もる極寒の眠りの粉によって、GOMI子の眼力が急速に衰えていくのが見て取れた。

 洌は、これを好機と見た。従い、慈悲深いトドメを刺すことにする。

 彼はGOMI子の手から、武器である「哺乳棍棒」をスッと取り上げた。

 そして、ユキがネット通販で即時発注し、ドローン配送させた「業務用超高圧圧縮プレス機」――本来はプラスチック成形工場で原材料を圧縮するために使われるような無骨な機械――に、その巨大な棍棒を放り込んだ。

 プシューーーッ!バキンッ!

 凄まじい圧力で圧縮された伝説の武器は、もはや棍棒の体をなさず、ただの人間サイズのおしゃぶりにまで凝縮される。

 洌はそれを手に取ると、迷いなく、無情に、そして暴力的なまでの優しさで、GOMI子の口の中にねじ込んだ。

 キュポン。

 GOMI子の口が塞がれる。

 そして彼はそれ以上、何も言えなくなった。

 この世の不条理に対する問いも、プロとしての矜持も、戦いへの未練も。

 世界に対して疑問を撒き散らしたいはずの赤ん坊の「疑問口クエスチョン・マウス」は、おしゃぶりという都合の良い蓋によって、強制的に封印されてしまったのだった。

 (なんて暴力的な道具なんだろう)

 洌は心の中で呟きながら、GOMI子にトドメを刺した。

 つまり、おしゃぶりを深々とくわえさせた。

 そして、言う。

「クライマックスなら、必ず必殺技が飛び交って、派手でスペクタクルな演出が必要になる……。そう思っているんだろ?だから君はただの『伝説』に過ぎなくて、『現在進行形の英雄』にはなれないんだ。

 お前は過去だ。未来のワクワクやドキドキにはなれない。ただブツブツと昔語りをするだけの老人だ。赤ちゃん型の老人に過ぎないんだよ」

 すると、九割方閉じかけていたGOMI子の瞼がわずかに動き、それはどういう意味だと問いただすような視線を送ってきた。

 洌は続ける。

「もはやこのタイタンの観客たちは、血飛沫が舞うような熱い試合には辟易しているんだ。この星を覆い尽くす『低温』がその証拠だよ。

 こんなにも剣闘士ロボットが溢れかえり、毎日のように命が飛び交う凄惨な試合が行われているのに、タイタンの気温は下がる一方だ。試合の熱気が上がるほど、観客たちの関心エントロピーは冷めていくばかりじゃないか」

 GOMI子の目が、反論を試みる。

 洌には彼の思考が読み取れた。

 『それはエントロピーの法則によって、仕方のないことではないか。宇宙が完全に冷え切るその時まで、それでも我々は諦めずに燃え上がり、熱気を維持し続けるべきではないのか』

 ある意味で、それは正しい。古い時代の正義だ。

 だが、洌は首を振った。

「いや、違う。逆らうんだ。そのエントロピーの法則にさえ逆らう勢いで戦わなければならない。

 剣闘士という安易な設定やメカニズムにCPUを委ねて、ただ剣を交えるだけの予定調和な戦いでは、エントロピーの増大を加速させるだけだ。ただ燃料を燃やして灰にするだけの行為だ。

 必要なのは、その加速度的な崩壊に対する反乱レジスタンスだ。0から1を生むような、秩序の創造だ」

 洌はそこまで言って、口をつぐんだ。

 これ以上語れば、自分もまた「口うるさい旧世代の老人」になってしまう。それに、もう説明は不要だった。

 GOMI子は、いつの間にか眠りに落ちていた。

 規則正しい寝息(ファンの回転音)が、静寂を取り戻したアリーナに響く。

「寝顔、かわいいね」

 洌の耳元で、膤が言う。

 言われて改めて、洌はGOMI子の寝顔を覗き込んだ。

 安らかに眠るその顔は、不思議と自分と膤を半分ずつ混ぜ合わせたような面立ちに見える。

 二人の対立と和解が生んだ子供。そう思えば可愛くも思えるが、半分は自分の顔かと思うと、途端に可愛げがなく思えてくる自己嫌悪も湧いてくる。

 結局、この最終決戦は途切れてしまった。

 クライマックスと呼ぶにはあまりに不完全で、拍子抜けな幕切れ。

 だが、洌はこの結末を愛おしく感じた。

 それはまるで、大きく膨らませて破裂させるはずだった風船に、空気すら入れないまま、紐もつけずに道端へパタリと捨てたような、奇妙な爽快感だった。

 爆発も、死も、破壊もない。

 ただ静かな眠りだけがそこにある。

 洌はこの、計算通りに「不発」に終わった最高に平和なクライマックスに、深い満足感を覚えるのだった。

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