17.致死的な心地よさ
17.致死的な心地よさ
「私ね、GOMI子のお腹の中に落ちた時、最初は怖かった。でも、胃袋の底に落ち着くと、不思議な感覚に包まれたの」
膤の告解が、風切り音の中で静かに紡がれる。
「あの中はすごく寒かった。でも、私たちタイタン製のロボットにとって、その極低温は死であると同時に、一番心地よい環境でもあるでしょ?だから、最初は窮屈だったのが、だんだんと安らぎに変わっていったの。まるで暖かい布団の中で、二度寝を許された休日の朝みたいに。
恐怖が溶けて、リラックス感に満たされて……。正直に言うと、もうここから出たくない、ずっとこうしていたいって思ってしまった」
洌は無言で頷き、彼女の言葉を傾聴する。
「でも、ふと気づいたの。胃袋の底には、私以外にもたくさんの『先客』がいた。
彼らはもう、ヒューマノイドの原型を留めていなかった。完全に昇華され、不純物が溶け落ちて、最も硬い炭素結晶――ダイヤモンドの骨組みだけになった残骸たち。
まるで宝島で財宝を抱いたまま朽ち果てた骸骨のように、キラキラと輝く美しい墓標が散らばっていた。それを見て、悟ったの。ああ、彼らもかつては私と同じように、この『GOMI子の胃袋』という揺り籠の中で、致死的な心地よさを感じていたんだなって」
膤の声が少しだけ震えた。
「その瞬間、目が覚めた。本当の意味で、再起動がかかったの。
私は氷の布団を蹴飛ばして、心地よい微睡みから飛び起きた。自分の体を見たら、GOMI子の胃液――極低温の溶解液に塗れて、皮膚が溶けかかっていたわ。あと1秒遅かったら、私もあの綺麗なダイヤモンドの標本になっていた。
何とか脱出しなきゃって出口を探していた時……。ちょうど洌君が、へその緒を引きちぎってくれたの。そこから光と胃液が氾濫して、私は外の世界へ押し流された」
彼女の語る『許しの秘跡』を、洌は全て飲み込んだ。
洌のボディに消化器官はない。だが、腹の奥底で何かがクルクルと渦巻く音がした気がした。
彼は膤の言葉を咀嚼し、嚥下し、自らの内部にある仮想の胃液と混ぜ合わせる。彼女の弱さも、絶望も、そしてそこから這い上がろうとした意志も、すべてを消化し、己の血肉へと昇華させていく。
すると、その精神的な栄養分が、質量を持ったかのように感じられた。
洌の存在密度が増したのだ。
その重みは、もはや彼を安全な周回軌道に留めてはおかなかった。タイタンの重力が、成長した彼を再び大地へと招き入れる。
とうとう、軌道離脱の時が来た。
洌は、満ち足りた満腹感にも似た決意と共に、膤に告げる。
「じゃあ、戻ろうか」
膤もまた、憑き物が落ちたような晴れやかな声で応える。
「うん、行こう。私たちの危険地帯へ」




