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最終処分場の少年剣闘士  作者: 真好


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16.情状酌量的軌道飛行

16.情状酌量的軌道飛行


「いい音だったね」

 遥か上空。

 見事なスイングに乗せられ、最終処分場の場外へと一直線にカッ飛ばされながら、洌は背中の膤に話しかける。

 この飛翔感は、殴られたというよりは、大空へ招待されたかのような爽快感すら伴っていた。

 この強烈な打撃音を目覚まし時計代わりにしたのか、背中の膤もすっかり覚醒している。彼女もまた、自分たちが「ホームランボール」と化したこの非日常的な空の旅を、満更でもない様子で楽しんでいた。

「うん、すごかった。完璧なスイングだった」

 膤が同意する。

 敵ながらあっぱれと言うべき打撃だった。だが、洌の中に一つの素朴な疑問が浮かぶ。

「でも、なんで僕たちは平気なんだろう?これだけの特大ホームランになるほどの衝撃を受けたのに、ボディがひしゃげるどころか、装甲にヒビ一つ入っていない。ただ物理的に飛ばされているだけだ」

「それはね」

 膤は、さも当然のことのように、即興の(しかし妙に説得力のある)理論を展開した。

「さっきの打撃があまりにも見事すぎたからだよ。この宇宙の運営側アドミニストレータも、この美しいホームランボールになってしまった私たちに対して、『情状酌量』をしてくれたんだと思う」

「……え?」

 洌は風を切りながら、腑に落ちない声を上げた。

「情状酌量って……。それじゃ、物理法則――作用・反作用の法則に違反してしまうんじゃないか?」

「だから、『法則を破ってもいいくらい見事なホームランだった』ってこと」

「いくら見事だからって、物理ルールを無視する許可を与えるなんて……。そんなことがまかり通ったら、この世は無秩序カオスになってしまうよ」

「それでいいんじゃない?」

 膤の声は、どこまでも軽やかで心地よかった。

「無秩序をキャンバスにして、また新しいルールが生まれたりする方が、ガチガチの法則よりも強固で面白い世界になるかもしれないじゃん」

 膤の言葉には不思議な説得力があった。レイはそれ以上の反論をやめ、この物理法則を超越した「情状酌量的軌道飛行」を楽しむことにする。

 現状を俯瞰する。

 洌は今、タイタンの上空を猛スピードで飛翔している。だが、不思議なことに高度が下がらない。地面の湾曲に沿って水平移動を続けている――つまり、衛星軌道に乗ってしまったのだ。

 眼下には、タイタンの壮大な景色が広がっていた。

 極寒の氷の星。地表には巨大な氷山脈が、まるで削りたてのかき氷のように美しく連なっている。

 興味深いことに、所々で人為的に「夏」が演出されていた。

 神話の巨人が遊ぶ箱庭のように、局所的な熱源サマー・スポットが点在している。そこでは小学生サイズの巨人型ヒューマノイドたちが、まるで海の家でくつろぐかのように、巨大なスプーンで氷山を削り、エタンやメタンのシロップがたっぷりかかった「天然のかき氷」を口に運んでいた。

 彼らの多くは、耳に巨大なラジオを当てていた。

 GOMI子と洌の伝説的な試合は、この極寒のバカンスを楽しむ巨人たちの間でも話題沸騰中なのだろう。

 楽しげに夏休みを謳歌する巨人たちを眺め、洌は微かな羨ましさを感じた。そして同時に、「羨ましい」という感情を獲得できた自分自身に対し、メタ的な喜びを感じる。

 背中のユキが、温かく寄り添っている。

 その重みは不思議と心地よく、まるで背中に翼が生えたような錯覚を覚える。

 愛というシステムは、ヒューマノイドのCPUパフォーマンスを劇的に向上させるオーバークロック・ツールなのかもしれない。あるいは、存在論的な「翼」そのものなのか。

 愛こそが翼。

 ロケットにおけるメインエンジンのように、洌の存在を推進させる駆動力。

 思考を巡らせている間に、彼らはタイタンを一周してしまった。

 再び最終処分場の上空を通過するが、高度は一向に落ちない。落下しようとする力と、地面が丸く逃げていく速度が完全に釣り合っている。

 地球で言うところの第一宇宙速度。

 今の洌は、さしずめ「第洌ゼロ宇宙速度」で安定軌道に乗っている状態と言えるだろう。

「すっかり軌道に乗ってしまったよ」

 洌は背中の膤に話しかけた。

「このまま永遠に回っていようか」

 半分本気で、半分冗談の提案だった。

 だが、視覚センサーを使わずとも、膤が首を横に振ったのがデータとして伝わってきた。

 洌は苦笑する。

「だって」

 膤の声が優しく響く。

「洌だって、本当はそんなこと望んでないでしょ?」

 降りたいんでしょ?と彼女は言外に告げていた。

 洌は小さく頷いた。

 確かに、このままこの安全な軌道上で、永遠に怠惰なランデブーを続けたいという誘惑はある。だが、安全地帯コンフォート・ゾーンに安住し続けることは、逆説的に最も危険な停滞スタグネーションを招く。

 変化を止めた時、それは機械としての「死」と同じだ。

 膤は、そのことを静かに教えてくれようとしている気がした。

 すると、膤が独り言のように、あるいは告白するように、静かに語り始めた。

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