15.タイトルマッチ(フェーズ2)(2)
15.タイトルマッチ(フェーズ2)(2)
GOMI子のリーチは圧倒的だ。巨大な体躯に加え、あの長大な哺乳棍棒がある。遠距離から一方的に粉砕される未来しか見えない。
懐に飛び込むしかないが、両手が塞がっていては戦えない。
膤をどこか安全な場所に隠すべきか?
いや、と洌は考え直した。
この戦場に安全地帯などない。それに、彼女を離したくない。
ふと、腕の中の膤を見る。
GOMI子の胃袋から吐き出された彼女の体は、未消化の溶解液や半溶解した他のロボットの成分により、透明なシロップのような粘性のあるゲル状物質で覆われていた。
ところどころ皮膚の塗装が剥げ、銀白色の合金が剥き出しになっているその痛々しい姿に、洌は胸を痛めつつも、ある物理的特性を利用することを思いつく。
「膤、背中へ」
洌は彼女をお姫様抱っこから、背中へとおんぶの姿勢に移行させた。
そして、自身の背面装甲の温度を急激に下げた。タイタンの極低温環境を逆手に取り、彼女の体を覆う粘液を瞬間凍結させたのだ。
接着剤代わりのゲルがカチリと固まり、膤の体は洌の背中に完全に固定された。
これで、両手が自由になる。
見た目はただ女の子をおんぶしているだけだが、その結合強度は溶接に匹敵する。
意識を取り戻し始めた膤も、状況を察したのか、洌の重心移動を妨げないよう、絶妙なバランス制御を行ってくれた。
『装備:膤』
効果:攻撃力(勇気)大幅上昇、防御力(回避難易度)低下。
いわば「諸刃の剣」ならぬ「諸刃の少女」。
背中という死角に最大の弱点を晒すことになるが、同時にそれは、洌のコアに無限の勇気を供給する最強のブースターでもあった。
「重くない。むしろ、速い」
質量は増えたはずなのに、体は羽根のように軽い。
これがプラシーボ効果だとしても構わない。背中の温もり(実際は極低温だが)が、恐怖を塗りつぶしていく。
逃げ回って死ぬくらいなら、愛を背負って突っ込む。
それが、洌という個体の最適解。
「うおおおおおおおおっ!」
洌は咆哮と共に大地を蹴った。
真正面からの猪突猛進。
GOMI子が驚愕の表情で再び棍棒を薙ぎ払うが、今の洌には止まって見える。
愛という名の演算加速装置が弾き出す回避ルートをなぞり、洌は暴風のような一撃を紙一重でかわし、懐へと潜り込んだ。
怪物の足元、至近距離へ到達する。
洌は跳躍し、狙いを定めた。
ターゲットは、先ほど引きちぎられたへその緒――腹部の傷口。
だが、そこは既に変貌していた。驚異的な自己修復能力により、傷口は分厚い装甲板で塞がれ、あまつさえ溶接ビードが幾重にも盛られた、全身で最も堅牢な「ハッチ」へと強化されている。
あそこをぶち抜くのは不可能だ。
ならば、次なる弱点はどこか。
洌は空中で0.00000074秒の高速検索を行った。
過去のGOMI子の戦闘ログと、有機生命体の新生児データを照合する。
ヒットした。
赤ん坊の頭蓋骨は未完成であり、特に頭頂部には「大泉門」と呼ばれる骨の隙間――柔らかい急所が存在する。
ここだ。ここしかない。
だが、今のジャンプ力ではへその高さが限界だ。脳天までは遥かに届かない。
そこへ、GOMI子の迎撃が来た。
丸太のような脚が、空中の洌を蹴り飛ばそうと迫る。
空中にいる洌に回避行動の術はない。直撃コースだ。
終わった、と洌が思った瞬間――奇妙なことが起きた。
猛烈な勢いで迫っていたGOMI子の足が、インパクトの瞬間にフッと減速したのだ。
破壊的な蹴りではない。それは、サッカー選手がボールをコントロールするような、絶妙に力みを抜いたタッチだった。
ポンッ。
GOMI子の足の甲が優しく洌を捉え、リフティングのように上方へと打ち上げる。
洌の体がふわりと浮き上がり、絶好の打撃ポイント――ストライクゾーンのド真ん中へとセットされる。
GOMI子は、ニヤリと笑った。
両手で「哺乳棍棒」のグリップを握りしめ、腰を沈める。
その構えは、よちよち歩きの赤ん坊のそれではない。数々の名勝負を生んできた伝説のスラッガー、その全盛期を彷彿とさせる、あまりにも完璧で美しいバッティング・フォームだった。
そして、スイング。
カキィィィィィィィン!!
澄み渡った、この世の誰が聞いても胸のすくような、完璧な打撃音が鳴り響く。
哺乳棍棒の芯が、膤と合体した洌を捉えたのだ。
洌はライトスタンド方向へ、美しい放物線を描いて弾き飛ばされた。
その芸術的な弾道を見送りながら、岩頭の実況が叫ぶ。
「おおっと!入ったか!?入ったー!GOMI子選手、これは文句なし!場外への見事な特大ホーーームランッ!!」




