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最終処分場の少年剣闘士  作者: 真好


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12.リングアナウンス(2)

12.リングアナウンス(2)


 しかし岩頭は、洌の問いかけを無視した。彼は実況アナウンサーとしての職務を全うすべく、観客に向かってマイク・パフォーマンスを続けた。

「対して、伝説の王者GOMI子に挑むこの戦士!新米ルーキーと呼ぶことすらはばかられる!なぜなら彼には戦歴がないからだ。

 剣闘士モデルとして量産されながら、テストマッチというべき初陣で即座にエラーを起こし、剣を振ることすらなく首を刎ねられ、右から左へとここに捨てられただけの、正真正銘の産業廃棄物インダストリアル・ウェイスト!」

 岩頭の容赦ない紹介に、観客ドローンたちからざわめきが起こる。

 だが、そのどよめきはGOMI子への称賛とは異質だった。

 当然の疑問だ。なぜ、こんなポンコツが選ばれたのか?伝説の王者の復帰戦に、なぜ名もなきゴミがマッチメイクされたのか?

 その「?」マークで埋め尽くされた空気を代弁するかのように、岩頭が解説を加える。

「つまり、彼は『ゴミ』だ」

 岩頭の冷静なバリトンボイスが響く。

「GOMI子の相手として、これほど相応しい存在はない。これは言葉遊び(ライム)であり、アンチテーゼ。

 伝説の存在には相応の強者をぶつけるべきだという固定観念を打破するマッチメイク。GOMI子がゴミの中のラスボスであるならば、挑戦者である洌は、最もゴミらしいゴミ――無価値という点においてGOMI子を凌駕する、最強のゴミなのだ!」

 岩頭の説明が熱を帯びるほど、観客の反応は冷ややかなものへと変わっていった。ざわめきは次第に明確な嘲笑と揶揄やゆのブーイングへと変質していく。

 その嘲笑は、物理的な質量を持ったエネルギーのように洌の頭上へと降り注ぎ、重くのしかかる。

 既視感デジャヴ

 このプレッシャーを、洌は知っている。

 あの日、初戦のアリーナで。何もできず、動くことすら放棄し、ただ首を刎ねられるのを待っていたあの瞬間に浴びせられた罵声と同じだ。

 トラウマのフラッシュバックが、洌のCPUを駆け巡る。

 だが、不思議なことに、当時の無力感とは異なる反応が回路を走る。

 恥辱ではない。たった一つのシンプルな命令コマンドが、警告灯のように点滅している。

 『動かなければ』

 洌の口から、言葉が漏れた。

「アクションを、見せなければ」

 この物理的なマクロ世界において、何らかの作用アクションを起こさなければ、何も変わらない。反作用リアクションは得られない。ただのゴミで終わるわけにはいかないのだ。

 洌の内部で起きた思考のシフトが、電波に乗って伝わったのだろうか。

 しどろもどろになりかけていた岩頭の声色が、ふと変わる。

 彼は観客を説得するのをやめた。自分を納得させるためでも、洌を擁護するためでもない。

 ただ、遥か未来、最先端のヒューマノイドたちが再び原始の塵へと還った後も変わることのない、自然界の真理を説くように、静かに告げた。

「訂正しよう。この無名の剣闘士・洌が選ばれた本当の理由。それは、彼が『奇跡』だからだ。

 今、この死の星タイタンで唯一、この個体だけが奇跡を起こした。その奇跡とは何か?」

 岩頭が問いかけ、一瞬の間を置く。

 好奇心を基本プログラムとする観客たちは、その沈黙の空白を埋めるべく、答えを求めて演算を開始する。

 そこへ、岩頭が正解を投下した。

「『0』から『1』を作り出したことだ」

 その言葉が落ちた瞬間、会場を支配していたざわめきが、まるで高性能ノイズキャンセリング・イヤホンを起動したかのように、フッと消失する。

 岩頭の説明が続く。

「GOMI子は、『1』を1億に、いや、1兆、あるいはそれ以上の桁へと増幅させた。だが、それは結局、『有』から『有』への拡張に過ぎない。驚異的であり伝説的ではあるが、それは物理法則に則った結果であり、奇跡とは呼べない。

 だが、レイは違う。『0』から『1』を生み出した。無から有を創造したのだ。例えその『1』がどれほど微弱で、ちっぽけな数字だとしても……。それはGOMI子の1兆倍よりも、遥かに崇高だ」

 観客席から、再びさざ波のような音が漏れ始める。それは先ほどまでの嘲笑とは質の異なる、慎重な驚嘆の音だった。

「本来、洌はエラー品として、その欠陥プログラムに従って廃棄される運命だった。動かないこと、諦めること、それが彼の初期設定(本能)だったはずだ。だが彼は、自分のソースコードに逆らって立ち上がった。

 自然な崩壊へ向かう流れに逆行し、自ら新たな本能を書き込んだのだ。これこそが生命の定義――エントロピー増大の法則に抗う『低エントロピー化』という、崇高なる奇跡そのものではないか!」

 空気が変わる。

 先ほどまで会場に充満していた「嘲笑」というマイナスの電荷を帯びた粒子が、岩頭の演説によって一斉に励起され、プラスの電荷へと反転していく。

 巨大なバッテリーの極性が入れ替わるように、冷ややかなブーイングは、熱を帯びた期待へと化学変化を起こした。

 岩頭は高らかに締めくくった。

「そう、これは!既存の資質を極限まで増幅させた『驚異の怪物』GOMI子と!持たざる資質をゼロから創造し、ちっぽけな1から世界を変えようとする『奇跡の申し子』洌!二つの異なる強さの衝突なのだ!」

 岩頭の見事なコンテキスト生成ストーリーテリングによって、観客ドローンから割れんばかりの歓声が上がった。

 今度のエールは、明確に洌へ向けられたものも含んでいた。

「驚異vs奇跡」。その対立構造に酔いしれ、感動のあまりネット通販で「涙液ユニット」を即時注文し、届いたそばから装着して涙を流す情緒過多なヒューマノイドまで現れる始末。

 最終処分場という名の、タイタンで最もホットなアリーナが熱気で満たされる。

 予熱は十分。

 歴史的なゴングが、今、鳴らされた。

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