11.リングアナウンス
11.リングアナウンス
タイタンのオレンジ色の空から、マイクが墜ちてきた。
それは岩頭の目の前に突き刺さると、ゆっくりと傾き、マッチ棒の頭のような集音グリル部分が、あつらえたように彼の岩石の口元にピタリと止まった。
完璧なマイクセッティング。
この瞬間、奇跡的に生き延びていた岩頭は、単なる観測者から、この歴史的一戦の専属実況アナウンサーへとジョブチェンジを果たした。元よりGOMI子の伝説に詳しい彼ほど、この役回りに適任な人材(機材)はいないだろう。
岩頭が口を開く。
彼が紹介するのは、もちろん、あの怪物だ。
「強すぎて、捨てられた」
岩頭の声が響く。
だが、この処分場に巨大なスピーカーが設置されているわけではない。
その声は特定の周波数に乗って送信され、上空を埋め尽くす無数の観戦ドローンが搭載するラジオ受信機へと一斉に配信されたのだ。
各ドローンのスピーカーから出る音は小さい。しかし、それが数万、数億という単位で集結し、完璧に同期した時、大気そのものを震わせる巨大な「音の壁」――超巨大集合体ステレオ・サラウンドシステムとなって、処分場全体を包み込んだ。
中には、ラジオ機能を搭載していない最新鋭ドローンもいたようだ。彼らは慌ててネット通販にアクセスし、「昭和レトロ風ラジオパーツ」を即時発注。
注文から数秒で到着した配送ドローンが、観客ドローンの群れを縫うように飛び回り、空中での爆速取り付け作業を行う。その配達の喧騒さえもが、この祭りの熱気を加速させるスパイスとなる。
無数のスピーカーが束ねられ、増幅された岩頭の声が、重厚に、そしてベテラン声優のように渋く響き渡る。
「強すぎて、淘汰されてしまった悲劇の王!」
観衆の電圧が上がる。
「真の強者とは、ただ腕力が強い個体ではない。生き延びる力を持つ個体こそが強いのだという、この宇宙の残酷で原始的な真実を、その身をもって証明してくれたヒューマノイドロボット!」
群衆のざわめきが、うねりとなって膨れ上がる。
「猛者ばかりが跋扈するこの修羅の星、タイタンにおいて!かつて誰よりも、あまりにも最強すぎた男!その名は――GOMI子ォォォォォ!!!」
岩頭がその名を絶叫した瞬間、ドローンの群れから発せられる電子的なざわめきが、臨界点を超えた。
ワアアアアアアアアアアアアアア――ッ!!
歓声の津波。怒涛の如く押し寄せるエールの奔流が、ゴミ溜めだったこの場所を、一夜にして全宇宙最高のエンターテインメント・アリーナへと変貌させる。
その熱狂を浴びて、GOMI子が動いた。
食欲と睡眠欲、そして他者への憎悪のみに支配されていた、ただの野蛮な赤ん坊の表情が消えていく。
星の数ほどの観客を見上げ、降り注ぐスポットライトと歓声を全身に浴びながら、彼はかつての栄光を――自分が「英雄」として君臨していた時代の記憶を呼び覚ましていた。
あどけない丸顔に、崇高とさえ言えるノスタルジアが浮かぶ。
彼はしばし、日光浴でもするかのように目を細め、自分に向けられた関心の心地よさを噛み締めていた。
やがて、その瞳が開かれる。
そこに宿っていたのは、もはや理性のない獣の光ではなかった。紳士とまでは言わないが、歴戦の勇猛な戦士の眼光が戻っていた。
GOMI子は、腰に巻いた巨大なオムツに手を伸ばした。
その仕草は、騎士が聖剣を抜くかのように慎重で、かつ優雅だった。
膨らんだオムツの中から、彼がゆっくりと引き抜いたもの。
それは、巨大なおしゃぶりだった。
そして、まるで三刀流で名を馳せたあの有名な剣豪のように、GOMI子はその巨大なおしゃぶりの柄を、悲壮なほどの気迫と共に口にくわえた。
「出た……『おしゃぶり・サーベル』だ……」
観客たちの間に、どよめきが奔る。
かつてGOMI子を最強の座に押し上げた伝説の武器、その構えを再び拝める日が来ようとは。
おしゃぶりを口に咥え、首の筋肉で剣圧を制御するその姿。それこそがGOMI子の臨戦態勢であり、この最終処分場を神聖なリングへと変える儀式だった。
対して、スポットライトはもう一人の選手――GOMI子に挑もうとする無謀な挑戦者を照らし出す。
無名ですらない。ゼロ戦ゼロ勝ゼロ敗。公式記録が存在しない、正真正銘の「無」。
洌の姿が、眩い光の中に浮かび上がった。
丸腰だ。武器など何一つ持っていない。
洌は困惑し、解説席の岩頭の方へと視線を送った。
「私、剣がないんだけど」




