#5 僕(モブ)の彼女はイヅナ巫女
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翌朝、僕と環姫は通学路を歩いていた。別の高校の制服を着た男子が目の前を横切り、その顔には見覚えがあった。
「佑樹が元に戻ってる! よかった。体は何ともない?」
思わず駆け寄って手を取ると、佑樹が怪訝な顔をした。隣で環姫が身をこわばらせるのが分かった。
「お前誰? なんで月城さんと一緒にいるんだ?」
「同じ中学の碓井御影だよ。ごめん。実は今、彼女と付き合ってて」
「あー碓井か! カッコよくなってて分からなかった。月城さん、昔からお前の方ばかり見てたもんな。いつかはそうなるかもって思ってたけど、取られちまったか。俺の分も頑張ってくれよ。俺、翔太と同じ高校でサッカー部に入ったんだぜ」
「ありがとう」
僕と佑樹が握手すると、隣で環姫も微笑んで小さく頭を下げた。イヅナから解放された佑樹たちが、消される前に送るはずだった日常生活を何事もなく送っているのを見て安心した。
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僕と環姫は、学校の玄関に入る。
「イヅナって怖いね。まさかホイップとマカロンも元人間なんじゃ?」
「違うわよ。富や幸運をもたらしてくれるけど、お世話を怠ると月城家が祟られるのよ。何かを得るには、それなりの代償が必要なのよ」
そう言っていた所に彩園寺すみれが現れた。
「環姫さん、あなた神仏を味方につけて加護を得ているでしょう」
「なんで分かるのよ?」
「月城家は調査によると、巫覡の家系だとか。そこで我が彩園寺家も蛇をお祀りすることにしましたの。学者の家系で成績がいいからって目障りですわ。環姫さんも心に花を飾るような優雅さをお持ちになったら?」
「すみれこそ男と遊んでないで勉強したらどうなの」
「彩園寺の名にかけて、御影さんは私が戴きます。トウビョウよ、月城家の守護者を倒しなさい!」
すみれが制服のブラウスの第二ボタンを外すと、キャミソールに包まれた白い柔らかそうな胸が露わになり、男子たちが生きてて良かったと涙を流した。豊満な胸の谷間から蛇のトウビョウが飛び出すと、花瓶の花が枯れた。トウビョウとホイップ達が戦い始め、振動する空気と揺れる地面に「ポルターガイストか?」と皆が脅えた。
「何よ、あのブサイクな蛇は。御影くんと私の絆は誰にも引き裂けないんだから。彩園寺のお嬢様ならその大きいだけの下品な胸を早く仕舞いなさいよ」
「なんかめちゃくちゃ面倒くさいことになってる」
イヅナとトウビョウがぶつかり合うと下駄箱の扉が一斉に開いて、内履きシューズがばらばらと落ちてきた。熾烈な憑きものバトルの間で睨み合う女子二人の間にいた僕は、環姫の手を取って走り出した。
「もういいだろ。環姫、イヅナを鎮めて」
「ホイップ、マカロン、戻りなさい」
次は絶対に負けませんわ、と枯れた花を悔しそうに見つめるすみれのブラウスのボタンがはじけ飛び、「わたくしの美バストが!」と男子生徒に注目されて顔を真っ赤にして慌てふためくすみれの姿が見えた。
何の騒ぎだとざわつく廊下を僕は環姫と二人で駆け抜ける。元々モブの僕には気配を消すなど慣れた事だ。
「私たち、不審に思われてないかしら?」
「僕がいるから大丈夫。もし見つかっても、僕がきみの代わりに捕まるから」
「御影くん」
瞳を潤ませた環姫が僕を見つめた。幼かった日のあの時間が再び僕らの間に蘇る。
「と、とにかく御影くんは私の秘密を知った以上はその……責任取ってよね」
「責任?」
「責任ったら責任よ! 私に全部言わせないで」
僕に手を引かれながら顔を真っ赤にして告げる環姫に、誰かが「薄井くんがプロポーズされてる!」と悲鳴を上げた。
僕の中で時間が止まり、世界が鮮やかに色づいて見えた。顔が熱くなり、心臓の拍動が早くなる。この感情に名前をつけるのは環姫に負けたみたいで悔しいけれど、多分そういうことなのだ。
僕は、プライドの高い彼女が勇気を振りしぼって伝えてくれた言葉を心の中で強く噛みしめた。
「あんた何泣いてんのよ。そんなに嬉しいの?」
手の甲で涙をぬぐう僕に、環姫が瞳をきらきらさせて声を弾ませて問う。その頬が紅潮していて胸が切なくなる。
「いや。知らない生徒から初めて名前を呼ばれたことに感動してる」
照れくさすぎて恥ずかしさをこらえながら答えると、失礼ねと環姫にエルボーを食らわされた。
本当は天にも昇るような気持ちなんだけど今は言わないつもりだ。
「痛いよ! でも環姫は要るけどイヅナは要らない」
「ホイップたちは可愛いけど、私は人生がイヅナに侵食されそうで怖いの。夢の中でイヅナ達が『ボク達は環姫とずっと一緒。寿命を全部もらうまでは逃がさないよ』って囁いて白い毛が私の全身を縛るの」
小さく声を震わせる環姫の瞳が恐怖で潤み、僕は思わず彼女の手を握る手に力を込めた。
「じゃあ持ってるもの全部捨てて、僕と一緒に逃げようか」
「どういう意味?」
「そっちこそ僕に全部言わせないでくれよ」
今度は僕からの遠回しの告白。でも敢えてポーカーフェイスを貫きながら、頬を膨らませる環姫と手を繋いで走る。
友達以上の感情に気づいてしまった甘いときめきと、色鮮やかな世界の住人に仲間入りできた喜びに身を浸しながら。
(完)




