#1 僕(モブ)と学園最強プリンセスとの偽装恋愛開始
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教室の窓の外で桜吹雪が舞う中、僕は隣の席の月城環姫の肩の上で二匹の白い小動物が追いかけっこするのを偶然見かけた。
オコジョ? いや、そんなはずはない。でも、彼女が涼やかな声で英文を読み上げる声とは裏腹に、奴らの視線が僕を捉えぞくりと背筋が凍り、僕は慌てて瞳を逸らした。
月城環姫。ストレートの艶のあるロングヘアはレースのリボンでまとめたハーフアップクラウンで、清楚な容姿だが濡れた瞳に宿る妖艶さが学校中の男子生徒を瞬殺する。成績は常に学年トップでスポーツ万能、生徒会書記をこなしつつ合唱コンクールではいつも伴奏もこなす才色兼備だが、おしとやかで控えめで知的な環姫が窓際で読書をしているところにクラスメート達が集まってきて、彼女が口元に手を当てて微笑みながら談笑している姿を目にする。
彼女に想いを寄せる男は星の数ほどとの噂だが、環姫がハイスペックすぎて、告白できる勇者はあまりいないらしい。
僕と環姫は幼なじみだが、存在感の薄い僕と眩しいオーラを纏った才色兼備のプリンセスでは生きる世界が違うためほとんど話したことがない。
「じゃあ次は月城さんの隣の黒縁メガネの……あ、ごめんね。キミの名前忘れたわ」
「碓井御影です」
教師に当てられてむっとして立ち上がると、あれじゃ空気だよねと誰かの嘲笑が聞こえた。
僕はクラスでは独りぼっちのメガネ君で、多くの友人に囲まれた環姫とは対極にあるモブ、いわば「その他大勢」の存在だ。
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「パパのドイツの学会お土産、良かったら使ってね」
「これ有名ブランドのハンドタオルじゃん。ってか環姫のパパ、大学教授って凄いよね」
休み時間、取り巻き達にかしずかれて微笑む環姫を男子たちが眩しそうに見つめ、深いため息をついた。
「二組の彩園寺すみれも色気あるけど、やっぱ学園ナンバーワンは月城環姫だな。おしとやかで優しくて」
「休日は家で優雅にアフタヌーンティーしながらピアノ弾いてるのかな。交際したいが俺達には難攻不落の高嶺の花!」
噂話をする彼らに、僕は友達になれるかも知れないという一抹の期待を胸に思い切って話しかけた。
「環姫って幼稚園の時から彼氏がいた噂がないよ。好きな男子の理想が高いんじゃないかな」
僕の言葉に、クラスメートの奴らが目を丸くした。
「お前誰?」
「碓井御影。ってか、もう四月も中旬なのになんで僕の名前覚えてないの?」
ごめんなメガネ君、と肩を叩かれたがさすがに落ち込む。
僕らにとって、人生という名のゲームは親ガチャだ。経済力、容姿、知力に恵まれた親の元に生まれるかどうかは全て運で決まり、その要素で存在が構成される。だから僕は、環姫が嫌いだった。
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昼休み、屋上で一人寂しく弁当をつつきながら、僕は幼き日の記憶をたどっていた。
環姫は昔から才色兼備で完璧で、文化祭ではいつも主役だった。中学の時はサッカー部の佑樹と翔太が環姫に想いを寄せていた。
「あれ? 佑樹と翔太って誰だったっけ?」
いきなり彼らの顔が思い出せなくて焦っていた時、派手な音を立てて環姫が屋上のドアを開けた。
よろめくように走ってきたかと思うと、いきなり屋上のフェンスにしがみついて泣き始めた。恐る恐る近づくと、いつも完璧な彼女が子どもみたいに涙を袖で拭いながら、潤んだ瞳で僕を睨み、声を小さく震わせた。
「……み、見ないでよ!」
「大丈夫? あの、よかったらこれハンカチ」
「何よ。そんな安物じゃなくてドイツ製の持ってるわよ。あ、でもさっき皆に配っちゃったんだった」
僕が差し出したハンカチをひったくって環姫が涙を拭く。いつも教室の隅で疎外感を感じていた僕には、こんな光り輝く存在でも傷つくことがあるのかと、己の孤独と劣等感が薄らいだ気がした。
「ありがと。ってか、この私が泣いてるのに何で理由聞いてこないの」
「君と僕は違う世界で生きる人間だから関係ないかなって」
そう言った瞬間、胸倉をつかまれた。
「あームカつくムカつくムカつく! そうだ、御影くん。あんた私の彼氏になりなさいよ」
一応存在を認識してくれていたのは嬉しかったが、突拍子のない言葉に僕は体をのけぞらせた。それにこの女、こんな性格だっただろうか。
「か、彼氏? なんで僕が?」
「すみれにマウント取られたの。環姫さんは彼氏いなくてお可哀想ねって」
彩園寺すみれと言えば華道の家元のお嬢様で、環姫とは双璧をなす学園の美少女だ。
「だからって別に僕じゃなくても」
「他の男と違って御影くんは無害だし、幼稚園から一緒でしょ。一定期間付き合ってから別れた事にすれば万事解決よ。むしろこの私と交際できる栄誉を噛みしめなさいよ」
環姫が存在感のない僕を幼なじみとして認識してくれていたのは嬉しかった。
「人をアクセサリーみたいに言わないでよ。それに、今日肩に乗せてた白いオコジョは何?」
「あんたには見えるのね。この子はホイップとマカロン。オコジョじゃなくて、選ばれた人間にしか飼えない希少な存在なんだから」
「オコジョじゃないなら何? まさか違法で絶滅危惧種を飼ってるとか」
「誰にも言わないなら教えてあげる。飯綱って言うの。でも、この名前はすぐ忘れてね」
「イヅナ? そうやって希少動物手に入れて、選民思想で承認欲求満たしたい? 大体君は性格に難が……」
だが学園のプリンセス月城環姫の彼氏になれば、僕の存在も皆に認識してもらえるかも知れない。だったら逆に利用してやろうじゃないか、とずるい打算が生まれた。
「何か言った?」
「いや。僕でよければ喜んで」
ひざまずいてダンスを申し込むように手を取ると、なぜか環姫の頬がほんのり赤くなった。でもこれはあくまで演技で、僕はこの性悪女に恋愛感情なんてない。
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「いい御影くん? 私の彼氏になるからにはそれなりの容姿にならなきゃダメだからね」
「人間って中身が一番大事なんじゃないの?」
「うっさい」
放課後、僕は環姫に髪型と服の変更を命じられた。
「ああ疲れた。じゃ、僕はこれで」
「何言ってんの。今からコンタクトレンズ作りにいくわよ」
「え?」
環姫が腰に手を当てて、僕の眼鏡の鼻のあたりを指さした。
「そのダサイ眼鏡があんたの個性を抹殺してるわ。存在感を出したいんでしょ?」
そう言われると、反論の余地がなかった。
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その後、僕は公園のベンチに並んで座らせられ、環姫が片耳にイヤホンを押しつけてきた。お気に入りの曲らしい。
「ねえ聞いてる? 黙ってないで感想を述べなさいよ」
「いや。僕と趣味が似てて驚いた。何ならこっちのアーティストもお勧めだよ」
「ほんと? 私も聴きたい」
目を輝かせながら身を寄せてくる環姫。トワイライトの夕暮れの中で輝く彼女の澄んだ瞳に、僕の心臓がなぜか高鳴る。
「でもあたしより詳しいのなんかムカつく!」
子供みたいに頬を膨らませた環姫が、僕の脇腹を軽くこづく。
「この狂暴な姿を見たら、皆が幻滅するだろうな」
「うっさい」
でも、今まで孤独だった僕が、夕暮れのベンチで誰かと一緒に大好きな音楽を聴いて語り合う。その時間がただひたすらに楽しかった。




