表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/43

見えない罠、壊れゆく連鎖

 雨の朝。街の色が一段暗く沈んで見えた。

 佐伯悠真は、傘を持たずに家を出た。濡れる感覚を通して、皮膚の下に残っていた「感情」を確かめたかった。

 冷たさはある。だが、痛みはもうない。


 茜はリビングでニュースを見ていた。週刊誌の記事は、さらに波紋を広げている。

 コンサル企業の内部不倫、情報漏洩、匿名の証言。

 その記事に直接名前は出ていないが、誰のことを指しているか、関係者なら一目でわかる。

 彼女のスマホには絶えず通知が届き、ママ友グループは沈黙したままだった。


 「……どうして、こうなったの」

 茜のつぶやきに、誰も答えない。珠希は学校へ行き、家には彼女一人。

 その孤独は、悠真の設計図に描かれた“第二段階”の通りだった。


 ◇


 会社では、監査の波がさらに広がっていた。

 高城隼人は出勤停止処分を受け、社内での立場を完全に失う。

 彼の机は片付けられ、名札が外される。

 同僚たちは目を合わせず、ただ遠巻きに見ていた。

 悠真はその光景を遠くから眺める。

 静かな勝利。だが胸の奥では、何かが僅かに軋んでいる。


 「彼を完全に潰したら、次は何が残る?」

 ふと、そんな声が頭の隅で響いた。

 すぐに消した。思考に情を混ぜると計算が狂う。


 ◇


 昼休み。

 悠真はスマホを開き、「Operation AKANE」ファイルに新しいフォルダを作る。

 タイトルは《Phase2:Isolation》。

 そこに、茜のSNSログ、通話履歴、支出履歴を記録していく。

 銀行口座の動き、交友関係、メールの差出人。

 ――すべてを“見える化”する。

 彼にとって、復讐とは情報管理の延長線上にあるものだった。


 その時、一通のメールが届いた。差出人は不明。

 > 「あなたのやっていること、全部知っています。」

 添付ファイルには、悠真が匿名で送った通報メールのコピーがあった。

 時間、IP、宛先――完全に一致。

 背筋が冷たくなる。


 「……誰だ?」

 ファイルを開いたまま固まる。

 内部から漏れた? それとも――外部に観察されている?


 ◇


 その夜、由梨が再び彼を訪ねてきた。

 「また少し話がしたくて」

 雨に濡れた髪をかき上げ、彼女はリビングに通された。

 コーヒーの湯気の向こうで、彼女の表情は柔らかいが、瞳だけは鋭い。

 「あなた、彼のことを恨んでる?」

 「恨みなんて言葉では足りないよ」

 「でも……この騒ぎ、あなたが動かしているんじゃない?」

 悠真は微笑んだ。

 「人を動かすのは“正義”だ。僕じゃない」

 「その正義が壊れた時、どうするの?」

 返事をせず、ただ雨音を聞いた。

 由梨は短く息を吐いて立ち上がる。

 「もう少し、あなたを見てみたい」

 その言葉を残し、彼女は去った。


 ◇


 深夜。

 家の灯りをすべて落とし、悠真は書斎でメールのログを洗っていた。

 “あなたのやっていることを知っている”――その一文が頭から離れない。

 発信元を調べる。VPNを経由しているが、断片的に残る痕跡。

 接続元の一つが「自宅Wi-Fi」。

 ……誰かが、家の中から。


 寝室の扉を開けると、茜は眠っている。

 だがその枕元に置かれたスマホの画面が、うっすらと光っていた。

 覗き込むと、見慣れたファイル名が表示されている。

 《Operation_AKANE.xlsx》

 悠真の心臓が一瞬止まった。

 ファイルは開かれており、最新の編集者は――「AKANE」。


 茜は、すでに全てを見ていた。


 ◇


 夜風がカーテンを揺らす。

 悠真は静かに椅子に座り直した。

 自分の計画が、知らぬうちに誰かに監視され、解析されていた。

 茜の顔を見ながら、彼は初めて“恐怖”を感じた。

 これまでの冷徹な復讐、その正義、その理性。

 すべてが、誰かの掌の上にある気がした。


 見えない罠は、いつも自分の足元にある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ