裏切りの設計図 ― 隼人が残した最後の言葉
ホテルの部屋。
暖房の音だけが静かに響き、
外では吹雪が窓を叩いている。
USBのファイルを読み終えたあとも、
悠真と茜はしばらく言葉を失っていた。
黒瀬の計画書――“PROJECT SILENCE”。
そこには五年前から続く全てが、
まるで機械のように冷酷な手順書として書かれていた。
隼人の追放。
茜のメール改変。
悠真の孤立。
夫婦の崩壊。
すべて“予定されていた事実”。
茜が震える声で呟いた。
「私たち……人生を奪われていたんだね。」
悠真は深呼吸し、USBの別フォルダを開いた。
「まだもう一つ、隼人が残したものがある。」
フォルダの名前はただ一つ。
“HAYATO_VOICE”
音声データ。
サイズは小さいが、拡張子は“.wav”。
録音された日付は――隼人が消息を絶った前日。
悠真の指が微かに震えた。
「……再生するぞ。」
茜はそっと頷いた。
再生ボタンを押す。
静かな風の音。
薄いノイズ。
そして――隼人の声が聞こえてきた。
「……これが俺の、最後の記録になるかもしれない。」
その声は弱っていたが、
確かに“笑おうとしている声”だった。
「もしこのファイルを見つけたのが悠真なら……
お前はやっと“本当の敵”に気づいたってことだ。」
悠真の胸が締め付けられる。
「黒瀬は俺を憎んでいた。
俺が一人で正しさを振り回すのが気に入らなかったんだ。」
風の音が強くなり、隼人は続けた。
「でもな……俺が本当に悔しかったのは、
お前たち二人が間違った方向に殴り合ってたことだ。」
茜が口を押えて泣き始める。
「茜。
あの日お前が送った告発メールは、
本当は“誰も責めないための言葉”だった。
俺のためじゃない。
悠真を守るためだったろ?」
茜は声を震わせた。
「隼人……あなた……気づいてたの?」
録音は続く。
「茜の優しさも、悠真の不器用な正義も、
黒瀬は最初から利用した。
全部“計画通りの崩壊”だった。」
数秒の沈黙。
そして、隼人の声が低くなる。
「でもな……俺は最後に選んだんだよ。
“沈黙”じゃなくて“真実”を。
だからこのファイルを託す。
二人なら、必ず辿り着くって信じてる。」
風の音が一度止まり、
隼人は最後の力を振り絞って言った。
「もしもう一度生まれ変われるなら――
三人でもう一度、あの海を見たかった。」
音声はそこで途切れた。
静寂。
深く、重く、悲しい静寂。
茜は泣き崩れ、顔を覆った。
悠真は目を閉じ、声を殺して肩を震わせた。
隼人の声が、
部屋の空気にいつまでも消えずに残っていた。
やがて悠真はゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、涙よりも強い光が宿っている。
「隼人は……俺たちに“選択”を残した。」
「彼の死を、ただの悲劇で終わらせるのか。
それとも“真実”を世界に突きつけるのか。」
茜は涙を拭き、静かに頷く。
「私はもう……逃げたくない。」
「たとえ誰に責められても、
隼人が信じた未来を選ぶ。」
悠真はUSBを両手で握りしめた。
「黒瀬の“沈黙計画”を破る。」
「隼人の名前を取り戻す。」
「茜……そして俺自身の人生も。」
窓の外で吹雪が止み始め、
遠くの夜景が透けて見えてくる。
悲しみが静かに溶けて、
代わりに“決意”だけが残った。




