札幌の影 ― 消されたメール
列車が札幌駅に滑り込む頃、空は灰色の雲に覆われていた。
雪はやみかけているが、冷たい風がビルの隙間を吹き抜け、街全体が薄い靄に包まれている。
悠真と茜は、ホームを出てタクシーに乗り込んだ。
行き先は、隼人が最後に勤めていた「ストラトン北海道支社」――
すでに閉鎖され、数年前に倉庫として貸し出されている建物だ。
「この街、全部があの人の影みたいね。」
茜の声は静かだったが、その瞳の奥には不安と決意が混じっていた。
「最後の端末がそこにあるなら、確かめないといけない。
“始まりのメール”を……あいつが何を託そうとしたのか。」
廃棄された支社ビル。
中はほこりっぽく、壁のカレンダーは五年前のまま止まっていた。
悠真が懐中電灯を点けると、机の上に黒いノートパソコンが一台残されていた。
電源は入らない。だが、傍らの引き出しの奥に、USBメモリが一つ。
茜が手を伸ばそうとした瞬間――
「動くな。」
背後から低い声。
二人が振り返ると、そこには年配の男が立っていた。
スーツの上にコートを羽織り、首元の社員証には“監査局”の文字。
「あなたたちがここに来るのは分かっていた。」
「……監査局? 今さら何の用ですか。」悠真が低く言う。
男は一歩近づき、冷たい目で彼を見た。
「“Report_0”の件だ。
正式には削除されたはずの内部記録が、なぜ再び世に出た?
そして、このUSB――おそらく“初期告発メール”の原本が入っている。」
茜が息を呑む。
「どうしてそれを……?」
「私もあの事件の一部だった。
だが、君たちが知らない“第三の名前”が、最初の送信ログに残っていた。」
悠真は眉をひそめる。
「第三の……?」
男は懐から古い書類を取り出し、机に置いた。
そこには、見覚えのない名前が記されていた。
“Tachibana Rui(橘瑠衣)”
「この人物が、最初に“匿名通報システム”を設計した開発者だ。
高城隼人でも、佐伯悠真でもない。
全ての通信ログは、最初から“外部の端末”を経由して送られていた。」
茜は唇を噛んだ。
「つまり……隼人も、私たちも、誰かに利用されていた?」
「そういうことだ。」
男は短く答え、USBを見下ろした。
「このデータが公開されれば、今度こそ国家規模の問題になる。」
悠真はそのUSBを取り、胸ポケットに入れた。
「なら、なおさら俺たちが確かめる。」
「危険だぞ。」男の声に、悠真は振り返らず答えた。
「真実が誰の手に渡っても、もう俺たちは逃げない。」
外に出ると、雪がまた降り始めていた。
街灯に照らされた粉雪が、まるで無数の記憶の欠片のように舞う。
茜は空を見上げ、静かに言った。
「橘瑠衣……あの人がこの事件の“始まり”なのね。」
悠真は頷いた。
「そして、隼人は“終わり”を選んだ。
なら、俺たちは――その“途中”を生きるしかない。」
雪が二人の肩に積もっていく。
その白さは、これまでに流された嘘も涙も、すべて覆い隠すように静かだった。




