潮見の灯 ― 失われた未来へ
夜の潮見公園。
海の向こうにはまだ冬の星が淡く瞬いている。
冷たい風が吹くたび、灯台の光が遠くの波を照らした。
悠真と茜は並んで立っていた。
雪の上に、三人分の足跡――けれど、今は二つだけが残っている。
「……あの人、本当にここが好きだったのね。」
茜が小さく呟いた。
「海を見てると、あいつの声が聞こえる気がする。」
悠真の言葉に、茜は静かに頷いた。
彼の手には、隼人が残したノート「Report_0」。
ページの間に、一枚の封筒が挟まっていた。
差出人の欄は空白。
封を切ると、タイプされた一行の文が現れた。
「この報告書を、俺の名前で出してくれ。
俺の最後の“正義”は、お前たちに託す。」
悠真はしばらく黙ったまま、紙を見つめていた。
「……また俺たちに、選ばせるのか。」
「そうね。あの人らしい。」
茜は微かに笑ったが、その笑みには涙が滲んでいた。
「これを出せば、会社も、事件も、全部再び世間に晒される。
だけど、あの人の名前は“悪人”のままじゃなくなる。」
茜は海の方を見た。
「それでも、彼が生きた意味になるなら――やりましょう。」
***
翌日。
二人は駅前のビジネスホテルに泊まり、夜明け前に行動を始めた。
ノートの内容を整理し、隼人の手記と共に匿名で報道局へ送る。
送り主の欄に、悠真は迷わず書いた。
「高城隼人」
送信ボタンを押した瞬間、茜が小さく息を吐いた。
「……終わったね。」
「いや、ここからだ。」
悠真は窓の外を見つめる。
朝日がゆっくりと雪の町を照らしていく。
「俺たちがようやく“真実”を取り戻したんだ。
あの人の声と一緒に。」
茜は頷き、机の上に残るノートを閉じた。
封面の角が擦れて、黒いインクがかすかに滲んでいる。
「この街を出よう。
もう、あの会社にも、東京にも戻らなくていい。」
「ええ。……でも、この海はきっと忘れられない。」
外に出ると、潮風の匂いが強くなった。
灯台の光が消え、空の端から朝が昇る。
茜が立ち止まり、手を伸ばした。
「ねえ、悠真。
私たち、あの日に戻れたと思う?」
「戻れないさ。
でも……もう逃げなくていい。」
悠真はそっと彼女の手を握る。
その手は冷たかったが、確かに生きている温度があった。
「もう誰のためでもなく、自分のために生きよう。」
茜は目を閉じ、静かに微笑んだ。
「そうね。隼人も、きっとそれを望んでる。」
風が吹き、雪が舞い上がる。
灯台の先で、海鳥が一羽だけ空へ飛び立った。
彼らはその姿を見送りながら、
長い長い物語の“最初の朝”を迎えた。




