灰の中の声 ― 最後の録音
夜の街は、静まり返っていた。
雪解けの水がアスファルトを濡らし、街灯の下で反射している。
悠真は、机の上に置かれたレコーダーを見つめていた。
隼人が残していった最後の物――「録音 No.7」と書かれた白いラベル。
彼は深く息を吸い、再生ボタンを押した。
――ノイズ。
――そして、隼人の声。
「これを聞いている頃、俺はもうどこにもいないだろう。
けど、俺がやってきたことを“復讐”だと思うなら、それは間違いだ。
俺が壊したかったのは、人じゃない。
嘘の上でしか立てなかった自分自身なんだ。」
静かな語り口。
いつもの皮肉も、怒りもなかった。
ただ淡々と、自分を見下ろすように話している。
「茜……
あの夜、泣いてた君を見て、俺は初めて“正義”なんて言葉を憎んだ。
君が俺を守るために、嘘をついたことも、知ってた。
でも、それを言えなかったのは、俺が弱かったからだ。
君に罪を背負わせてまで、生きる資格なんてなかった。」
悠真は拳を握りしめた。
彼の中で、怒りも、憎しみも、すべてが静かに溶けていく。
「佐伯……
俺はお前を恨んでた。
でも今は違う。
お前のやり方が間違ってたとは思わない。
ただ、お前はあの時、自分が誰のために戦ってるか、見失ってたんだ。」
茜は隣で、口を押えて泣いていた。
涙が頬を伝い、レコーダーの上に落ちる。
「俺が消えることで、少しでも君たちが自由になるなら、それでいい。
俺の名前なんて、もう誰の記録にも残らなくていい。
でも――」
短い間があり、息を呑む音が録音に混じった。
「茜、
あの時君が見せた笑顔を、俺は今でも覚えてる。
嘘のない笑顔を。
それだけが、俺が生きた証だ。」
再生が止まった。
しばらく、誰も言葉を発せなかった。
部屋の中には、レコーダーの赤いランプが微かに光っている。
悠真が、低く呟いた。
「……あいつは、最期まで自分を責めてたんだな。」
茜は涙を拭いながら首を振った。
「違うわ。
あの人は、自分の罪を“形にした”の。
その形が、私たちのこれまでの全部だった。」
窓の外で風が吹き、灰色の雲の隙間から朝日が差し込んだ。
茜の頬を照らすその光が、まるで赦しのように見えた。
「……茜。」
悠真がそっと彼女の手を握る。
「俺たちも、ようやくここから始めるのかもしれない。」
茜は小さく微笑んだ。
「始まりじゃないわ。
これが、“終わり方を選ぶ”ってことよ。」
二人は窓を開けた。
冷たい風が部屋に吹き込み、机の上の灰がふわりと舞い上がる。
それはまるで、誰かの魂が空へ還るようだった。
レコーダーの赤い光がゆっくりと消える。
静かな余韻だけが残った。




