崩れる鎖 ― 最後の報道
翌朝のニュースは、まるで地鳴りのように国中へ広がった。
テレビ、SNS、新聞――どの画面を見ても同じ文字が並ぶ。
「五年前の録音データ、匿名リーク」
「グローバル・ストラトン社、隠蔽と圧力の実態」
報道局の映像では、当時の上司の怒鳴り声と、
泣きながら告発を決意する女性の声が流れていた。
加工されたノイズ越しに、それが“茜”だと誰もが気づいた。
悠真はリモコンを握りしめた。
「……誰が、出したんだ。」
録音データのファイル名が画面に映る――“Takajo_H_Final”。
隼人。
もう逃げられない。
そして、もう誰も止められない。
***
会社の前には報道陣が押し寄せ、
社員たちは出口を塞がれていた。
通報制度を誇ってきた「正義の企業」の看板が、
その日を境に瓦解した。
「倫理」も「改革」も、誰も信じない。
残ったのは、“誰が嘘をついたか”という見世物だけ。
ネットのコメントは容赦がなかった。
「結局、全員嘘つきだったってこと」
「正義とか告発とか、全部ビジネスだ」
「あの女の声、今でも耳から離れない」
茜はテレビを消した。
手が震えている。
「……やっぱり、出したのは隼人なのね。」
悠真は黙って頷いた。
「俺たちに選ばせる気なんて、最初からなかったんだ。」
「復讐じゃなくて、破壊ね。」
「そうだ。あいつは“真実”なんか求めていない。
ただ、俺たちみたいに信じた人間を、全部壊したいだけだ。」
茜は深く息を吸い、ゆっくり立ち上がる。
「……会いに行く。」
「やめろ。」
「行かなきゃ。
あの人は、まだ私に何かを言わせようとしてる。」
「危険だ。」
「危険なんて、もうとっくに過ぎたわ。」
茜の瞳には、久しく見なかった強さが宿っていた。
***
午後、薄暗い工場跡地。
廃材の間を冷たい風が抜け、天井から水滴が落ちる音がする。
その中心に、隼人が立っていた。
テーブルの上には古いノートパソコンとレコーダー。
そして一冊の茶色い封筒。
悠真と茜が足音を立てて近づく。
「やっぱりここだったか。」
悠真の声に、隼人がゆっくり顔を上げる。
「ようやく揃ったな。俺たち三人。」
「もうやめろ、隼人。」
「やめる? 俺がやめたら、何が残る?
この国は嘘をつくやつしか出世しない。
だから、俺は嘘を暴く嘘つきになる。」
隼人の笑みは、悲しみと狂気の境目にあった。
彼は封筒を開け、中から一枚の契約書を取り出した。
「これが最後の報道資料だ。
お前の名前も、茜の署名もある。
お前たちはあの夜、俺を救う代わりに、
会社に“沈黙の誓約”を交わした。」
悠真は目を見開いた。
「そんなはずは……」
「嘘じゃない。
これが、俺を地獄に落とした“書類”だ。」
茜が震える声で言う。
「……あの時、私は……守るためにサインしたの。
あなたも、悠真も、誰も壊さないようにって。」
隼人は笑い、天井を見上げた。
「結局、全部壊したじゃないか。」
雪解けの水が天井から滴り落ち、三人の足元に広がる。
悠真は一歩踏み出した。
「この書類を世に出せば、会社は終わる。
でもお前も、本当に終わるぞ。」
隼人は目を閉じた。
「それでいい。俺の人生は、もうとっくに終わってた。」
彼はテーブルの上のライターを取り、契約書の端に火をつけた。
炎が紙を舐め、ゆっくりと文字が黒く溶けていく。
「これで、証拠も、正義も、全部灰だ。」
茜が叫んだ。
「隼人! そんなことしても何も戻らない!」
隼人は静かに微笑んだ。
「戻らなくていい。
“終わり”だけが、やっと俺たちを平等にしてくれる。」
紙が燃え尽き、炎が消えた。
その瞬間、外の雪がやんだ。
三人はただ黙って立ち尽くした。
それぞれが、もう取り返しのつかない場所まで来ていることを、
誰もが分かっていた。
悠真は、茜の肩を支えながら呟いた。
「……もう誰も救えないな。」
茜は小さく答えた。
「それでも、生きなきゃ。」
隼人は少し離れた場所で背を向け、ポケットからレコーダーを取り出した。
「録音は、ここで終わりだ。」
ボタンを押す“カチリ”という音が、廃墟の中に響いた。




