表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/53

雪の証言 ― 三人の罪

外は一晩中降り続いた雪で、街が白く沈んでいた。

人の足跡も、車の轍も、夜のうちに覆い隠されている。

その静けさが、まるで何かを“やり直す”準備のようにも感じられた。


悠真は駅のホームに立っていた。

マフラーの中で息が白く濁る。

スマホの画面には、茜からのメッセージ。


「会って話そう。逃げないで。」


短い文なのに、指が動かなくなった。

“逃げないで”――それは十年前、結婚前夜に彼女が言った同じ言葉だった。


列車が到着する音が響く。

悠真はゆっくりと歩き出した。


***


昼過ぎ、郊外の古い旅館。

外は雪に包まれ、屋根の上の氷柱が静かに光っている。

茜は窓際で立ち尽くし、時計の針が進むのを見つめていた。

部屋のテーブルの上には、一通の封筒。

差出人:高城隼人。


封筒を開けると、中には手書きのメモと一枚の写真が入っていた。

写真の中には、三人――若かった頃の彼女と悠真、そして隼人。

会社の新人研修の懇親会。

三人とも笑っている。

まだ何も失っていなかった頃の笑顔だった。


「この写真を最後に返す。

真実は俺だけのものじゃない。

佐伯も、あんたも、あの会社も。

みんな同じ場所に立ってた。

会おう。明日、あの公園で。」


茜は写真を胸に押し当て、静かに息を吸った。


***


翌日。

雪がやみ、空が淡く曇っていた。

悠真は約束の公園に着いた。

ベンチの上には、雪がうっすら積もっている。

その中央に、隼人が立っていた。

黒いコートの襟を立て、煙草を口にくわえている。


「……やっぱり来たか。」

「お前を止めに来た。」

「止める? まだ何も始まってない。」


隼人は煙を吐き出し、灰皿代わりに雪へ押しつけた。

その仕草が、なぜか哀しかった。


「俺はもう復讐なんてしてない。

 ただ、あのとき何が真実だったのか、それを残したいだけだ。」


悠真は答えられなかった。

胸の奥で、何かが軋む。


そのとき、後ろから小さな足音。

茜が、雪を踏みながら近づいてきた。

黒いコートに雪が降り積もり、頬が赤く染まっている。


「……二人とも、もうやめて。」

その声は震えていた。

けれど、その瞳には決意が宿っていた。


「隼人、あなたが何をしたいのか分からないけど、

 これ以上、誰かを傷つけないで。」


隼人は笑った。

「俺が誰かを傷つけた? 違う。

 俺たちは皆、同じ罪を分け合って生きてるだけだ。」


そう言って、上着のポケットからUSBを取り出す。

「この中に、当時の録音が入ってる。

 お前たちが忘れた“最初の夜”の記録だ。」


「最初の夜?」

茜が眉を寄せる。


隼人は静かに頷いた。

「五年前。茜、お前が上司に呼び出されたあの夜。

 俺は同じ会議室にいた。

 あの“通報書”を作るきっかけになった、会話の全部を録ってある。」


悠真の呼吸が止まった。

茜の手が震える。


「どうして……そんなことを……」

「俺はずっと見てたんだ。

 あの夜、あんたは泣いてた。

 でも佐伯、お前はその涙の意味を、最後まで知らなかった。」


悠真の胸が刺すように痛んだ。

彼の知らなかった過去――茜が、なぜあの時に会社を告発することを許したのか。

その真実が、いま初めて姿を現そうとしていた。


「お前たちは俺を裏切った。

 でも、俺もあんたたちを裏切った。

 だから、これで帳消しだ。」


隼人はUSBを雪の上に落とした。

白い雪に黒い小さな金属片が沈んでいく。


悠真はそれを拾い上げ、強く握りしめた。

冷たさが掌を刺す。

茜はただ静かに泣いていた。


「真実なんて、もういらない。

 私たちは、もう十分罰を受けたわ。」


隼人はその言葉を聞いて、かすかに微笑んだ。

そして背を向け、雪の中へ歩き出した。


「罰はまだ終わっちゃいない。

 本当の償いは、ここから始まるんだよ。」


彼の足跡が雪に刻まれ、すぐに風で消えていく。

悠真は黙ってその背を見送った。

茜の肩に雪が積もり、彼がそっと手を伸ばして払った。

二人の間に、かすかに温度が戻る。


「茜……俺たちは、もうどうすればいいんだろうな。」

「分からない。

 でも、あの人が言った“最初の夜”を確かめなきゃ。

 それを知らない限り、私たちは何も終われない。」


風が吹き、雪が再び舞い上がる。

白い世界の中で、二人の影が並んで揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
オイオイ!今度は猿がデカいツラするようになったよ!!(娘をはさんで蓋親が行ったり来たりとか、一瞬にして東京⇔札幌ワープしたりとか、相変わらずの突っ込み処漫才ぶりな訳ワカメな奴。)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ