第四の報告書 ― 生きていた男
夜の東京は、冬の雨に濡れていた。
タクシーのテールランプが滲み、街の明かりがゆらめく。
悠真は自室の窓際に立ち、黙ったまま封筒の中のUSBを見つめていた。
その小さな銀色の棒に、自分の過去すべてが詰め込まれている気がした。
パソコンに差し込むと、フォルダの中にひとつだけファイルがあった。
「Report_4.pdf」――開いた瞬間、手が止まる。
「通報者:佐伯悠真」
「証言協力者:佐伯茜」
「編集責任者:高城隼人」
スクリーンの光が、顔を青白く照らした。
背筋が凍る。
あの名――死んだはずの男の名前。
「……まさか。」
雨音の奥で、誰かがドアを叩いた。
悠真が警戒しながらドアを開けると、
フードを被った男が立っていた。濡れた髪の隙間から見える顔。
それは、確かに高城隼人だった。
「久しぶりだな、佐伯さん。」
静かな声。けれど、その笑みには冷たさしかなかった。
「……死んだと思ってた。」
「世間がそう思ってくれたおかげで、少しは自由になれたよ。」
隼人は無造作に部屋へ入ると、
椅子に座り、テーブルにタバコを置いた。
火をつけずに、ただ一本指で転がす。
「“正義”を信じた結果がこれだ。
あんたは全部を失った。俺は生き残った。皮肉だな。」
悠真は無言のまま、USBを机に置いた。
「これをお前が送ったのか。」
隼人は軽く笑った。
「そうだ。第四の報告書――最後の暴露だ。
あんたの言葉を少し借りただけだよ。似せるのは簡単だった。」
「目的は何だ。まだ足りないのか。」
「足りないさ。」
隼人の声が低く響く。
「俺はあんたにすべてを奪われた。仕事も、家族も、名前も。
だから俺は今度こそ“本当の通報者”になる。」
「……復讐のつもりか。」
「違う。俺はただ、あんたの作った嘘を終わらせたいだけだ。」
沈黙。
部屋の中で時計の針の音だけが響いた。
悠真は拳を握りしめ、かすれた声で言った。
「もうやめろ。これ以上誰も壊すな。」
「壊したのはお前だ。」
隼人が立ち上がり、顔を近づける。
「俺がやるのは、壊れた正義の“片付け”だよ。」
そのまま、隼人はドアを開けて去っていった。
ドアが閉まる音と同時に、悠真の膝が床につく。
頭の中で血の音が響く。
「……俺が始めたことなのに。」
***
翌朝。
ニュースサイトのトップに、新しい見出しが踊っていた。
「第四の報告書公開。内部通報事件、再び炎上」
「高城隼人、生存か」
テレビの前で茜が凍りついた。
彼女の手からカップが落ち、床に割れる音が響いた。
「……生きてたの?」
彼女は息を詰め、スマホを取り上げてニュースを開く。
画面には、あの三人の名前が並んでいた。
――佐伯悠真
――佐伯茜
――高城隼人
まるで、運命がまた彼らを並べ直したかのように。
茜は震える指でメッセージを打った。
「悠真、逃げないで。今度は、私も一緒に行く。」
画面の下で、送信ボタンが光った。
外では雪が降り始めていた。
その白い粒が窓を叩く音が、静かな宣告のように響いた。
「……これで、終わらせる。」
茜は立ち上がった。
十年前、初めて悠真と出会ったときと同じ目の色をしていた。




