表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/52

匿名の亡霊 ― もう一つの報告書

 午前八時。

 ネットのトレンドが再び燃え上がった。


 > 「第二の報告書流出」

 > 「内部通報、複数存在の可能性」

 > 「佐伯悠真、再び企業秘密を暴露か?」


 タイトルをクリックすれば、そこにあったのは——

 悠真が書いた文体と酷似した“報告書PDF”。

 だが、その内容は全く異なる。


 > 「企業の不正は止まらない。

 > 次はあなたたちの番だ。」


 文章の最後には、あの癖のある句点。

 悠真の“声”にしか見えなかった。


 SNSは一瞬で爆発し、

 会社、検察、そしてマスコミが同時に動き出した。


 > 「またお前か」

 > 「正義の狂人」

 > 「通報者が企業を破壊する」


 悠真は自宅でそのニュースを見つめていた。

 モニターの青白い光が、顔の半分を照らす。


 > 「俺じゃない……だが、俺だ。」


 それは、自分の過去が勝手に歩き出したような感覚だった。



 グローバル・ストラトン本社。

 幹部会議室では、怒号が飛び交っていた。


 「誰が再流出した?」

 「佐伯の旧アカウントを使った形跡がある!」

 「警察への通報は?」

 「その前に広報が止めろ!」


 だが、情報の波は止まらない。

 報道番組は“正義の闇”を特集し、悠真の顔をモザイク付きで流した。

 「匿名は、まだ匿名のままでいられるのか?」

 その問いが日本中を駆け巡る。


 社内の後輩が彼にメールを送ってきた。

 > 「悠真さん、本当にあなたなんですか?」


 悠真は返信できなかった。

 言葉の一つひとつが、もう“武器”になっていたから。



 その頃、長野県の山間。

 茜は古びたペンションに潜んでいた。

 ニュースの音だけが薄暗い部屋を満たしていた。


 「……また、あの人の名前。」


 彼女はテレビを消し、

 ポケットから小さな写真を取り出す。

 珠希と三人で笑っている、あの頃の家族写真。


 > 「あの人、あのとき……

 > “誰も傷つけないようにする”って言ってたのに。」


 指先が震えた。

 涙が落ち、写真の端を濡らした。


 それでも、彼女の胸の奥にはまだ消えない思いがあった。

 “悠真の正義”が壊れていくたびに、

 “妻としての後悔”もまた蘇っていく。



 夜。

 東京の高架下のカフェ。

 悠真は一人でコーヒーを飲んでいた。

 そこに、またあの声が響いた。


 「……やっぱりここにいたのね。」


 振り返ると、中條理沙が立っていた。

 彼女の目には、取材者の冷たさではなく、

 “人としての疲労”が滲んでいた。


 > 「見た? “第二の報告書”。」

 > 「ああ。俺じゃない。だが、俺の影が書いた。」

 > 「つまり、“正義の仕組み”が、

 > あなたの言葉を素材にして動いてる。」


 悠真は小さく笑った。

 > 「俺の声は、もう俺のものじゃない。」


 中條は静かに席に座った。

 「取材をやめる気はないわ。でも、ひとつだけ聞かせて。

  あなたが最初に“正義”を信じた理由は?」


 悠真は長い沈黙のあと、

 窓の外の街明かりを見つめながら呟いた。


 > 「あの人が……茜が、苦しんでたからだ。

 > 彼女を守りたかった。ただ、それだけだったんだ。」


 中條の目が一瞬だけ揺れた。

 「守りたかった人を、壊してしまったのね。」


 悠真は答えなかった。

 ただ、冷めたコーヒーを見つめながら微笑んだ。



 深夜。

 中條が去ったあと、悠真は外に出た。

 ビルの窓に映る自分の影が、ふたつに見えた。


 > 「正義の亡霊は、まだ俺の中にいる。」


 その瞬間、スマホが震えた。

 差出人不明。件名:【第三の報告書、準備完了】。


 悠真の心臓が止まりそうになった。

 指先で画面を閉じる。

 だが、もう遅かった。

 外の世界では、次の炎が点り始めていた。



 翌朝、ニュース速報。

 > 「企業リーク、第3波」

 報告書の文体はさらに精巧になり、

 悠真自身ですら区別がつかないほどだった。


 茜はテレビの前で息を呑む。

 「……もう、止まらないのね。」


 そして彼女は立ち上がった。

 > 「だったら、私が止める。」


 次の瞬間、彼女の瞳に決意が宿る。

 それは、復讐の連鎖を断ち切る唯一の光だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ